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ZSーゼット・ストライカーー  作者: ひびき澪
EP1ーヴァルヴァロス
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そしてもう一つのエピローグ


 試合から数日したある日の事だ。須賀谷は赤髪の少女が最近校舎の屋上に居ると聞きつけ、気遣いを兼ねて訪れる事にした。……確かに現地に辿りつき視線を動かしてみれば、此方に背を向けて隅で膝を抱えて佇んでいる、イフットがいる。その髪は風で、揺れていた。

「……士亜?」

 近くまで歩いて行くとイフットが此方の存在に気付き、自嘲的な笑いをしてきた。今の彼女は生気が抜けたようで、かつてのような活発な様子は態度が感じられない。

「……シケたツラをするなよ。黒岩田が生きていたようだな?」

「あれで全治3ヶ月だってさ。まぁもっとも、腕のいい治癒師が来ればもっと早く治るでしょうけどね」

 彼女はそう言い、達観したような微妙な表情をした。

「殺すつもりでやったのに、タフなことだ。そうか……今までお礼を言いに来れなくてすまなかったな、イフット。剣は壊れてしまったが、お前には数えきれないほどの恩があるよ」

 取りあえずだが、礼を言っておく。

「言われるほどの事をしたわけじゃないよ、私は。……それにしても士亜、思えばすごく強くなったんだね。あの黒岩田なんかと正面から殴り合って勝つなんて、今考えても信じられないくらいだよ」

「まぁな、俺も自業自得だが相当な苦労をした。俺は一貫して渡辺がが憎かったのもあるが、それ以上に黒岩田が許せなかった」

「……そう言えばその、渡辺が死んだんだってね」

「あぁ」

 世間話ついでに頷きつつも、イフットに近寄る。そして、横の地面に腰掛けた。

「恐らくはあの子供だと思うが。……色々と出し抜かれてしてやられた気分だ」

「だよね……でも、あんな無理はもうしないでね? 身体は大丈夫なの?」

「今の調子を言うならば、あの後飯も食えたし肋骨以外は問題は無いさ。内臓を復元してもらわなかったら今頃はお陀仏だったって聞いたけどな。個人的には、あそこまでやれただけで満足だ。……そう言えば話は戻るが、試合前にお前の動けなかった理由も……渡辺だったんだろう?」

「うん、直接そちらの家にいけないように個人で変なカリキュラムが組まれてたよ。もう解除されたけれど」

「あの敵は変な奴だったが、そのお陰で俺達が自由にされたというのも中々悔しいな……」

「だよねー……」

 ――人の一生には、思いがけない事がある。もしかしたら自分は奴に救われたのかもしれないと、須賀谷はそう、思った。

「……ねぇ」

「ん?」

「あの時の続きを、しない?」

 唐突にイフットが、そう言った。

「……あぁ、そうだな、学校であるのがアレだけど……」

 言われるままに肩の後ろに、手を回す。

 それから唇を近付けようとした時ーー。


 背後でガタッと、ドアの開く音が聞こえた。

「……あー、お前達、此処にいたのか。……不健全だとは言わんが、邪魔だったか?」

 するとその時突然、いきなり順と薮崎会長が屋上のドアを開けて乱入してきた。

「……順に……薮崎さん?」

 少しお預けを食らったかと思いながらも、須賀谷は目を向けてきょとんとする。

「須賀谷君、すまないが君に通達がある。……突然のことになるが、君とイフット、群雲 順を生徒会所属と認定しようか。異界の人間を退けた……褒美の措置となる。特に須賀谷君は自らの危険を冒してまで奴の右腕を斬ってくれたからな、順の戦闘記録も含め、それがいいデータにもなった」

 しかし薮崎は此方が反応をしている間に須賀谷に対して指を刺し、有無を言わさず堂々と胸を張りながら歯を見せてそう告げてきた。

「……貴方は何を、考えているのですか? 僕は亡命科学者がどうこうといった話は知らなかったのですが」

 妙な事をと思いそこで、奇妙な物を見る目付きをする。

「そこは追々私から言おう。士亜には前に話そうとしたんだが、色々と切羽詰まっていた状況で言いだせなくてな。……人間関係の感情面では今は一段落したようだし、そろそろ機ではないかな……と。実は仇討ちの為にも汚い異界の人間と戦うには戦力が必要なので、君達には新生騎士団計画の為に私の戦力となってもらいたいのだ。昔、薮崎会長に打診したところでは、実はこの大会で優勝をすれば許してくれるとのことだった。だから、私自身も私をよく買ってくれる戦力を探していたのだ。お前の剣も恐らくその科学者の物であろうと思うよ」

 割り込みながらも順がそう口を開き、説明をしてきた。

 ーー成程、向こうは向こうで人定めをしていたということか。

「……スカウトの条件は?」

 何かあるだろうと思い藪崎会長のほうを見ながら、尋ねる。

「提案では……学生寮の半額での提供と、食券を月に20枚でどうだ? 在宅手当てほどおいしいものはないと思うが」

「……イフットは?」

「私はそれでもいいと思うけど、士亜に合わせるよ」

「そうか……」

「どうせ行くあてもないのだ、人生のソロプレイをしている間があったら来い来い。実績制作や訓練の為に新しい部活として、ダンジョン踏破を目的とした戦闘クランも立ち上げたいしな、新装備を試しつつロボットとか魔獣とかドラゴンを皆で倒しにいきたいだろう? あわよくば秘密基地でも作りたいだろう? アームドパラディン群雲順の力を見たいだろう? ……私は時間を無駄にし過ぎたのだ、書類を作りたいから協力をしていただきたいのだよ」

 するとまた順が、仲間が欲しいのか誘ってくる。ここはひとまず、口を開くべきだな。

「……順個人の思いを断るつもりは無いけれど、組織となるなら思うことはあります。だから、一つだけ条件をお願いします、会長」

「何だ? 言ってみろ」

「食券については別にいりませんが、その代わりに騎士団計画を部のような形式にして、イフットと自分が居れる時間も増やしてください。それに出来たら、ニリーツとかも誘いたいです」

「……いいだろう、任務の無い日は自由に過ごせるよう承認する。ニリーツ達の事は別途試験の結果、入れるかテストをする。まぁ、巨大イソギンチャクでも召喚してみるか」

 それに対しうむと頷き満足げになると薮崎は、書類のコピーをとってくるといい引き下がっていった。

「ありがとうございます」

 それから須賀谷は礼を言いつつも視界に入った青空を見て、ふと、ある事に気が付いた。

 ――今、順が此処に現れた理由。それは俺やイフットにかつての自分の姿を、見たからなのかもしれない。

 自分がボロボロになった時に偶然俺が現れたように、落ち込んだこいつに何らかの話をしたかったのかもしれない。――薮崎会長にかつて言われた話が、ここで脳内で繋がった。

(人の、コンプレックス……孤独、それからの、解放……)

「……救い、か」

 俺は小さな声で、回想しつつ呟いてみた。甘ちゃんな上に人一人を中々動かす事が出来ない、社会的なスキルさえもが大した事がない自分が、彼女にとってそんな存在であると思い込むのは傲慢だとは思う。

 だが、順。……自分が彼女の重荷を少し軽くする程度にはなったのかもしれないとは感じていた。そして今ここで、須賀谷の横でイフットが笑っているのが見える。

 ――そんな彼女は自分の……希望だ。

 ……自分がこれからどうなるかなど、未熟な俺には分かりはしない。だが、無為に怠惰に腐り落ちていく人生を歩むよりは、人とつるむのも悪くはないだろうとも思えるのが事実だ。

 そんなのはぬるい集団だという、自覚はある。だが、それでも俺にはこれはチャンスだとしか思えない。

「――これで俺は、人生のスタートラインに立てたのか」

 俺の視点。……この先には何も見えないが、生きてやる。執着心を見せて、這い上がってやろう。喩え自分が高所から落ちた、歪んで潰れた青い果物のような情けない存在だとしても、生きざまを見せてやろう。……誰かに屈しやしないさ。

 大会での決勝の最中さなか、無能な働き者は処刑されるべきだとそう、黒岩田は言った。

 ――確かに自分は、何ら特別な力も強さも持たない、何処にでもいるいたって平凡な人間だ。元より権力を背負う人間として立つ器も無く、渡辺の言うような大人の社会の秩序にも染まれない。

 しかし俺は、それでもいいと思っている。強大な力を持ったとして、渡辺のようにその力に溺れて弱者をいたぶる様にならない補償はどこにもない。権力とは、力とは、何の信念もない人間に与えられても正しく機能しない。それを俺はこの一連の騒動で嫌というほど見てきた。だったら俺は弱者のままでいい。他者を踏みにじり、泥水を啜らせる人間になるよりずっとましだ。

 ……いつの日か俺が万人の脳髄に突き刺さるような力を持った時には、背後から一撃を叩き込んで不誠実な人間の鼻を明かしてやりたい。……とは思うが、まだその方法はわからない。ただ腐敗した人間を倒す、だけでは力と力の応酬に過ぎないし、人々は相も変わらず苦汁を舐め続けるだろう。

 ――俺は、かつての俺のように絶望の淵にいる人々の救いになりたい。

 イフットや順、その他大勢の仲間たちのお陰で、光差す希望の道に帰って来れたように。


 結論ありきの状況を、引っ繰り返すという事。それは、ただの人間には魂をすり減らしても出来るかどうか難しい。それでも俺は諦めない。いつしか何に怯えることも縛られることもない、誰しも己が道を自由に歩けるような世界にしたい。そのためにはまず、自分自身がしっかり両の足で立つことから始めなければ。

「まだまだ前途は多難だな……でも、やりがいはあるぜ。見てろよ、俺はこの腐った世の中を変えてみせる……!」

 今は新しい時代に向かっている。まだ見えない世界が、未来が楽しみだ。希望と共に上ずった声が一つ、空に吸い込まれて消えた。


挿絵(By みてみん)

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