第三章 capter-1 「野望への一歩目」(4)
闘技場のほうで、動きが起きる。地面に倒れこんでいた須賀谷の身体から突如ドス黒いオーラが吹き出始めて、黒岩田は慄いていた。
「てめぇ……何をした? 今のは何のつもりだ?」
黒岩田は一歩後ずさり、不審そうな顔で須賀谷を見る。
「……何もしてないさ。俺は呪詛は吐くし、けして日の光なんかの下で生きている人間では無かったと分かっただけさ……」
そこで俺は黒岩田に向けて、クククと歯を見せて悪魔のように笑いながらも応えた。
今なら理解が出来る。順の言っていた事が、『生の感情』が。精神でリミッターを打ち破るという事が。目の前の人間をぶった切り倒したいという事が。
自らが痩せ衰えて死にたくないと言う執念が。自分の中で湧き上がってきた暗黒という魔力の属性が驚くほど自分の身体にとても順応する。このようなスキルがあるとは知らなかった。
須賀谷は目からハイライトを消したまま、ゆっくりと立ち上がった。
「フン……そんなコケおどしが!」
黒岩田は奇妙な物を見る目付きで、火炎魔法を纏わせたブーメランを飛ばしてきた。
そのカッターブーメランはそのまま飛んできてひび割れている鎧の腹部に直撃する。内臓がはじけ飛びそうなほど痛く、足もかなり震えたが、不思議と身体の防御は想定したよりも頑丈になり自分は倒れはしなかった。
まともな痛覚が恐らく、吹き飛んでいたのだろう。正常な感覚も麻痺し、イフットの血のお陰で身体が燃える事もなかった。
「俺は理不尽な先天的チートなんざ持ち合わせちゃいないし、人よりやや魔力分泌の係数が多いだけの常識の範囲の能力しかねぇ人間だ。……一瞬で戦局を変えるような必殺の魔法も、先祖代々の伝説の防具なんかもない。むしろ病気のせいで体力が劣るくらいだ」
俺はそこで、小さく呟いた。自虐の言葉だ。
いわゆる主人公属性、自分が聖なる者だの特殊な血だのと言われているのならばここで格好良く厨性能に覚醒して逆転といくだろうが、生憎とそういう訳ではない。
「哀れな馬鹿でも身の程を知っていたと言う事か……社会の屑は燃えて失せろよ」
黒岩田が罵ってくる。
「……そしてさらに、精神面も朧弱なものだった」
だが挑発を無視し、須賀谷は自分語りを続けた。
「だから俺は昔から、身の丈に合わせて大したものも望まずに過ごしてきたんだ……。自分の力を、知っていたからな……」
そのまま話を続ける。
「だがな、今は……。反骨の精神という奴を、教えて貰ったんだよ……。負けたくはないと思ったんだ……! 奪われて、そう、この世界の端に追いやられてなぁ……! 大人の世界? 権力者の都合? そんなものが俺を止める理由にゃならねぇって分かったんだ……!」
須賀谷は怒りの形相になりながらも、身体から黒いオーラをさらに増幅させ始めた。
ーー感情の力だ。闘志とかいう表現とは違う、とても醜くも激しい炎だ。
……魔力の増大と共に肺が今になってずきずきと痛んでくるが、魔力の代償と割り切り我慢をした。
「……で? それで嫉妬の力如きで俺に勝てるとでも? ……調子に乗るなよ、勝てるわけがないだろう、甘ったれるな落ちこぼれが! 頭のいい人間こそが勝つのが世界の掟なんだよ! 弱者は偉くなって世界をよくしようなどと思うのではなく、自分も甘い汁を吸おうって努力をするもの、それが現に歴史の証明した社会の常識だ! 今のお前はそれにありつけないことに妬んでるでしかないんだ、お前のような奴はなぁ、屠殺でもされていろよ!」
向こうの黒岩田はこちらのオーラを見つつも、愉快そうに不敵に笑ってくる。それは先程までずっと自分がこちらに勝っていた事からの、自信だろう。
「……そんな言葉で俺を潰すつもりか! その程度で俺を殺したつもりか!?」
だから須賀谷は、そう返した。
「何?」
「今の俺は、お前を地獄の底まで追い詰めて胃を引き摺りだしてやりたいとさえ思っている。……俺の朝日はもう二度と登らない。俺の心は奥底に落ちた。だからな……俺はお前を惨殺してやる! ……それがっ! 俺の眼の前から光を奪い去ったお前へのっ! 罰だからなぁ!」
腹の底から声を出し、鋭い眼光で、須賀谷は目を見開いた。黒いオーブが巻き上がり、竜巻のようなエンチャントエネルギーが足元から一気に発生をする。
……狂気の力が、自らに付加された。――今の自分をイフットが見たら醜く思い幻滅をして、容赦なく攻撃を仕掛けてくるだろう。その位に、今の自分は闇の魔力を充填していた。
「……はぁ? ウケる野郎だな、情けが無い。小物臭いんだよ!」
しかし、黒岩田はハッタリと見てまだ罵ってくる。
そんな挑発は、効く訳がないのだが。
「小物で結構だ……! ならば腐った性根の貴様の墓に、蛇を投げ込んでやるよぉぉぉぁ! 逆転してやるッッッ! 力がないならば作り出す! この俺がお前などにトドメを刺されてたまるかよ、この泥臭さで負けてたまるものかぁぁぁッ!」
俺は大声で叫びながら精神を爆発させた。見せ付けてやる。……徹底的な憎悪の力を!
「その思考が低俗なんだよ! ……こっちはてめぇの魔法にはゴミみたいなものしか無いって事くらい知ってるんだ! それ以前に引導を渡して……終わらせてやるよ! 死に損ないが!」
それに対し黒岩田は斧を拾い再度構えて、襲いかかってきた。
「――ハッハァ! 偏執的な雑魚は死ね! 今日日男のヤンデレなんざ鬱陶しいだけなんだよ、くたばれぇぇ!」
勢いと共に体重を載せて思い切り振り下ろされた斧が、盾を切り裂きながら身体に接触をする。
――斬撃が、迫る。
「ぐうぉぉぉぉぁっ!」
――攻撃を受け止める為に身体の表面に障壁リフレクターを展開するが相手の腕力も強く、なんとか攻撃は止めたが鎧は貫通されて嫌な音と共に肩口に、斧が2センチ程突き刺さってくる。
「ぐぅ……ッ!」
鮮血と共に肩から刃が生えている。皮膚を切り裂かれる感覚を得て、須賀谷は神経がぶっつぶれたかのような気持ちになる。
「どうした、痛いだろうよ!? 泣き叫ぶか?」
黒岩田がニヤニヤとして、痛いか、ん? と訊ねてくる。 ……しかしこの程度はこの怒りの前では相対的にはダメージにもならない。負の感情がむしろ、痛みによってさらに湧き上がってきた。
「……クソ野郎がァ……! その心臓をぉ! 抉り取ってやる……!」
須賀谷はそう言いながらも自分の身体に、魔力をさらに増加させる。
パワーが心臓から送り込まれ、自らの腕に絞り出されて集束する。身体が引き裂かれるかのように痛いが、むしろここまでくると快感にさえも感じる。
「……ぶち砕かれろよぉ! こんちくしょぉぉ! 《エンチャント》ッ!」
そして怒り心頭に魂を振るい立たせながら、相手の心臓の位置に狙いを付けて黒いオーブの混じった拳を振りあげた。
――一瞬、自分の声に魔力の反響が掛かった感じもした。
「んぁ?」
黒岩田が妙な顔をする。どうやらこの手がただの手ではないと気付いたかのようだ。
……だが、この距離ではもう逃さない。ぶちのめして腸を引き裂くまでこの怒りは止まらない!
「こっちはアイツと17年の付き合いがあるんだ……! その上に将来的な結婚の許可もあっちの親に貰ってるんだ! てめぇの安っぽさになんか……負けてなんかいられないんだよッ! 黒岩田ぁ! これが…… 俺 の 憎 悪 だ ぁ!」 (フォント・極大)
目を血走らせて放った怒りと悲しみとあらゆる負のエネルギーの混じり滾った拳が、勢いよく振り下ろされる。すぐに黒岩田の左胸に、感情ごと拳が衝突していった。
「うぐぉぁッ!?」
殴り付けた瞬間に禍々しい黒い閃光が、黒岩田の心臓の近くで大爆発を起こした。
「クッソ……! がぐぐッ……! 今のは何だ……!?」
黒岩田は爆風で後ろに吹き飛んで身体を捻るが、気を失わずによろよろと立ち上がる。
……どうやら相手のプレートアーマーにヒビが入っただけのところを見ると、防具に魔法耐性が掛かっていたらしく、貫通まではいかずにかなり攻撃が減衰をされたようだ。
……そして須賀谷自身も鎧の上から殴ったので反動で手の甲から出血をし、かなりの痛みを拳に負う事となった。
「ぐぐ……ゲホッ、や、やるじゃねぇか。……だが、今のでてめぇの拳も終わりだな」
黒岩田が自身の胸部を抑え、悪趣味に笑う。しかし、ここで相手の好きにさせる訳にもいかない。
「……いや、まだだ。もう既に……追撃の準備は出来ているんだよなぁ!」
須賀谷は相手の攻撃の隙を奪うようにすぐに口を開いて、一歩前に踏み出しながら先程の斧の攻撃で落とした盾の中からタマチルツルギを拾い出し、紫色の2m近い刀身を展開した。
「来るかよ……!」
黒岩田は想定外の技の威力に若干怯えの表情を顔に見せながらも斧を身構えてくる。だが、今は斧や剣の射程じゃない。魔法の射程だ。
「黒岩田ァ……。何の為に俺がさっきから今まで長々と余計な話をしていたのか……分かっているか?」
「あぁん? ……体力回復の為の時間稼ぎだろ?」
「外れだ! 俺はさっきから魔力をずっと、貯めていたんだよ……馬鹿が! 今こそ俺の覚悟を見せてやるッ!」
そう告げると須賀谷は先程殴り付けた反動で傷が付き血の流れている真っ赤な右腕を突き出し、脳裏に浮かびあがってきた叫びに近い詠唱をした。
「全力で止めを刺す……! ブラックバースト・エネルギー解放!」
【《territory -Spell grudge wail!》】 (領域魔法 恨みの慟哭!)
呪いと共に叫びながら魔力を空間に変換し、具現化させる。自分の鎧に見慣れない模様が浮き出て、目が赤く発光する。 怒気を含めて言うが早く須賀谷の足元を中心に半径200mに及ぶ巨大な黒い空間の裂け目が開き、同時にタマチルツルギの長さが伸びて20m程にも達した。
……俺は、『魔法』を使った瞬間にどうにもすがすがしい気分になった。涼しい風が顔に当たるような、解放された感覚と言うものだ。……杖も陣も必要がない、正真正銘の自力の魔法。それが自分の力で発揮された事が、痺れる程に快感であった。
「何だ……この魔法剣は!?」
黒岩田は伸びた剣を見て唖然として驚く。こんな現象は見た事がないと言う顔をしている。
「お前も闇に、付き合って貰うぞ!」
その反応を見て、自然と笑みが出てくる。
「や、止めろっ!?」
黒岩田は目の前の現象に驚き、静止をしようとしてくる。だが、そんな言葉など通用する訳もない。
……お前の言葉は、聞かない。
「死ねぇ! 俺が引き摺りこんでやるッ、お前の人生をまとめてなぁ! やられた事を1000倍でぶち返してやるから覚悟しやがれ!」
鬼の形相で、叫びながら腕に力をこめる。
「人の痛みを分からず嘲る人間……お前のその意思を、完全に破壊してやる!」
そのまま20mの光の刃は黒岩田に向かい振り下ろされ、その身体を両断していった……。
「俺は……負けられないんだ。……消えかけたとはいえ、希望があるからな」
何も無い、暗闇に立ち尽くした俺はそう俯いて溜息を吐き、魔法を解除した。
狂気を体現をしたかのような自分の鎧のパーツが消え、フィールドが元に戻る。
確かに切ったはずなのだが少し遠くに吹っ飛んでいる黒岩田の身体にはしっかりと手足が付いていて、今の攻撃による外傷は一つも無かった。
……どうやら奴は抗魔属性のタリズマンか何かを懐に忍ばせていたおかげで、一時的に刃を無効化して弾き飛ばされたようだ。
「しぶとい奴め……これで……終わりにしてやる」
だが須賀谷はゆっくりと黒岩田の元へ歩いていきーー。
ゴキッ。
ーー足を落として一息で奴の首の骨を、踏み折った。
「終わった……」
深く息を吸うと胸が苦しくも、感じる。執念と魔力の多大な放出で自分の身体にもかなり負担が掛かっていた。だが、沈んだ雰囲気で息を吐きながらも、精神的に須賀谷は黒岩田と死合って満足であったと感じていた。
「くぅっ……」
――須賀谷は茶番を終え、兜を脱ぐと片膝を地面に着いて空虚な空間に嘆息を吐いた。それから少しして首を上げると向こうからイフットと、その後ろから半分拘束するような形で順が歩いてくるのが見えた。
「……嫁さんが色々と話したいそうだぞ」
順がイフットの肩を持ちながらも、そう告げてくる。
「あぁ。こっちも言いたい事がある」
その顔をみてこちらも、少し苦い顔をしながらも首を振った。
「え?」
「俺への罰にしては、やり過ぎだぞ。何度も泣くかと思った」
試練とはいえ、ここまでされることが、腑に落ちなかったのだ。
「今回のことは半分は、私たちにとっての罰だよ。……今のペアは、私が選んだんじゃないから。……黒岩田があなたと決着を付けたがってたのは事実。そして、私も本気を出さなければならないのは教師の命令としてあった。私も、単位を人質にとられていたからね」
すると彼女は、伏目がちになりながらそう言ってきた。……どうにも、面白くない事実があったというわけか。
「そうか……。色々と、迷惑をかけて済まなかったな。手は出されてないか?」
「出されてなんかないよ。あの黒岩田は擬似的に魔石で耐火能力を演出してただけ。まぁ、色々と手間をかけさせてしまったのはこっちこそごめんだよ……」
お互いに頭を下げ、謝罪をする。
「……まぁ一件落着と、言う訳か。この幸福者め」
するとイフットの横で、くっくと順が笑ってきた。
ーーそういえばここは公の場だったか。慌ててそれに対し、向き直る。
「お前が魔法を使ったのは……見ていたぞ。……《アブソーブエナジー》といい、《黒いエンチャントナックル》といい、中々いい闇の力だった。……士亜。世界には闇や負の心を否定する連中が多いが、逆に私にはそんな連中の心が知れん。勝ち組どもが人の執念という物を奪って良い訳がないのだ……」
順はそんな事を知ってか知らずか、そのまま感心をしたような口調で、賛辞を送ってきてくれる。
「順……」
自分を褒めてくれた順は、心無しか誇らしそうだった。
「そちらこそよくやったが……、イフットにやられたと思っていた」
こちらは思わずにも言ってしまう。
「……私がそんなに簡単にやられたり死ぬわけがないだろう。何の為の元エースだ。……ただ士亜。お前は、いい暗黒騎士になれるぞ、先程の魔法は本当に素晴らしかった、一生懸命さに柄にもなく魂の衝動を感じたさ」
すると順は呆れつつも、言葉を返してきた。……だが、疑問はまだ、こちらにはある。
「しかし……二人とも何故戦いを止めてここに?」
そう尋ねると、
「それについては妙な気配を、感じたからだよ。何かが見ているような、視線をな」
順がそう言い、いきなり顔を平静に戻した。
「えっ?」
「士亜、静かに。順さんに任せて……」
イフットが口を開くと同時に、順が眉根を寄せる。
一瞬の沈黙が過ぎ、
「……正体はお前か! 《爆裂光槍》!」
そして徐に言うが早く順は、須賀谷の背後に向けて右掌から緑色の光の槍を放った。
予選の時以上の出力、フレアーハウリングの数倍の威力があるのかと思えるような光はそのまま一直線に走りフィールドにあった何かに命中し、爆散する。
「……黒岩田じゃないのか?」
「違う、士亜! 油断するな!」
順が顔付きを変え、声を振り絞った。
「こいつの魔力も、吸収完了。あーあぁ。警戒しちゃって、久しぶりだというのに……。いいねぇ、流石だよゴミ虫のおねぇちゃん! そんな魔力の消費の激しい鎧を着ながら魔法を撃つなんて!」
だが着弾した場所、爆発の中から特異なジャケットを着た無傷の少年が飛び出してきて、順に対して笑いかけてきた。
その髪にはメッシュが掛かっていて、派手さが感じられた。
「子供? フィールド内に何故?」
現れた姿に一瞬、気が動転する。
「その姿……忘れはしないぞ……! 貴様の首を皆への供え物にしてやるッ!」
ところが少年の姿が見えた瞬間、順がいきなり激昂した。目の奥に憎悪を込め存在を否定するかのように食ってかかる。
「順!? あれが前に言っていた奴なのか!?」
咄嗟の事に後ろ姿に声をかけるが、順は歯軋りをするとあぁ、と頷いてきた。
「……奴が敵の尖兵だ! このままでは学校ごと全滅する……! それだけはさせる訳にはいかない! デバイス起動! リミッター解除! 四式機構鎧! エクステンション……武装封印解除! フルアーマー展開!」
そう言いながら順は身体の鎧を再構成し重装備形態になると、全システムを展開して臨戦態勢に入る。
「おやおや……僕だと分かったら魔法を捨てて鎧に走ったかい。そんな君には似合わないような物騒な兵器を積んじゃって。それにしてもあのクソ科学者の技術を使うとは、君達も考えたものではあるがね」
少年は順の変化を見てもまだ、余裕そうな顔をしていた。
「お前は涼しげな顔をして……! 一体あれから何人を殺したんだ!?」
「ははっ、人間なんてヤりまくりなんで一々、覚えてなんかないね!」
順の怒りを軽くかわした少年は、さらに煽ってくる。
「それに今日は取りあえず、この学校を破壊しにきたんだ」
そして言葉が終わると同時に今までの大会フィールドが、消失する。周囲の景色に校舎や体育館など見える本来の学校になる。
「貴様!?」
「維持装置は壊させてもらったし……ここで全力を出せば周りの生徒は相当、死ぬよなぁ? ……『発破』」
さらに少年が指を合図のようにパチンと鳴らすと、東側に建っていた棟の一つが煙と共に爆発して崩れ落ちた。
「ぎゃああああああああああ!」
「うわぁあああああ!」
瞬時に周囲の生徒の叫び声がこだまする。
「爆弾だと!?」
「もちろんさ。さぁ、これで君たちの生活区画はまた一つ狭くなった。早く僕を倒さないと生きられなくなっちゃうよ?」
「なんて酷いことを……!」
須賀谷は息を呑む。こんな事が、あってたまるものか。
「さぁ、僕を満足させてみなよ! 君たちのサドンデスタイムだ!」
「言わせておけば……貴様という子供は救いようがない! ……《ドリルビット》射出だ! 死ねッ!」
しかし順はそんな少年の方を見ると本気で怒り(マジギレし)ながら、背中から知覚するのも困難な速さで2つの何かを射出した。
ーー彼らはこちらを、完全に蚊帳の外にへとしている。
「回転昇角かい? その刃を馬鹿にしてあげるよ」
そう言いながら少年は、順の背中から凄まじい速さで飛んできたドリルを平然と素手で掴み打ち落とす。
「あれを受け止めたっ!?」
「ちょろくさいんだよ! 亡命科学者一人の力を借りたくらいで君達がどうにかなるとでも思ったのか!」
「まだまだぁ! こっちは貴様をメタって武器を多数開発しているんだ! 《ジェットウィンチ》! ブーストッ!」
だがそんな少年に向かい順は瞬時に左腕のハードポイントに万力の付いた巻き揚げ機を召喚し、ブーストと共に高速で打ち出した。
「何!?」
ワイヤーが油断をした少年に絡まり、順の左腕の巻き上げ機がそのまま一気に引き寄せる。
「逃がさん! 《パイルブレイカー》で風穴を開けてやる!」
そして距離が詰められ少年が引き寄せられたと見るや順は右腕のパイルを振りかぶり、鬼気迫る表情で遠慮無しに少年の頭を真正面から串刺しにした。
「ジェット出力……開放! 砕け散れ!」
「ぐごっ!」
貫通による返り血が飛ぶ、音がする。
……あれは、リミッタ―を解除したらまともな人間に使うような武器ではない。嫌な感じに、頭蓋骨を抜けた音がした。
「くっ……」
思わずその様子に不快感を感じ、目を背けようとする。
「……士亜は見ないほうがいい」
するとイフットがこちらの頭を抑えてくれて、庇ってくれていた。
「くぅっ、これで皆の仇が……!」
順は笑みを浮かべているらしい。その声は、復讐を達成したという感じだった。
「やれやれ」
だがその笑みは、唐突な少年の呆れ声でかき消された。
「貴様……!」
順が再び、声色を変える。その声でまた、俺は順の方に視線を戻す。
「……えっ」
少年の頭には確かに杭が貫通して、出血もしていた。だが、それでも目の前の少年は言葉を発していたのだ。
「……お前は実体のはずだ。……異界の人間は、不死身なのか!?」
順が歯軋りを、行う。
「こんな事で……僕が死ぬと思ったのかい? 本当の力ってのはこう使うんだよ」
だがその瞬間に少年は自力でワイヤーを切り裂くと、歯を見せながら順の腹部に青い閃光を伴う拳を打ち付けた。
「ーーぐぉぁぁあぁあぁああ!?」
突然、まるで後ろから引っ張られたかのようにマクシミリアン以上の重量があるアーマーが剥がれて吹っ飛ばされる。
順は身体から火花を散らしながら転がり、たった一撃で強制的に蒸気とともにアーマーの装着を解除されてしまった。
「……っゲホッ! 強制解除だと!? 何故だッ!?」
順は制服に戻ってしまい、起き上がれないでいる。相当のダメージを受けてしまったようだ。
「格が違うんだよ、格が。ちょっと細工してそっちの回路をショートさせたのさ。さぁて、どう演奏してあげようかな?」
「何……!」
順の顔が、怯えている。あの実力者が。
「空威張りをしたところで、無駄なんだよ」
少年は嘲りながらも、地面に唾を吐く。
ーーその姿を見て、須賀谷は胸が痛くなってきた。
これじゃ、さっきの自分と同じじゃないか。
俺は、俺と同じような思いをする人間を増やすというのか。こんなところで、俺は立てないというのか……!
いや。
相反する思考が脳内に、入ってくる。
――この展開を変えられるのは、自分だけしかいない。俺の力を、見せる時だ。
「イフット、ーー俺は、順の加勢に行く」
唐突に足が動くと共に口が、開いてしまった。
それが何故なのかは、分からなかった。
「えっ!? でも、あの実力差じゃ……士亜、死んじゃうよ!」
「いいんだよ、そんな事は! 俺にはやるべきことがあるんだ! 順! 今助ける!」
須賀谷は現実を取り戻すと、後ろからの声を振り切るようにタマチルツルギを構えて順の前に出る。
後悔する事はない、人生は既に満ち足りた。俺がもう一度イフットと話せたチャンスを作ってくれた、順への恩返しの時じゃないか。
「邪魔をする気かい? どきなよ、男ぉ」
向こうの子供がこちらを見て、口を開く。
「やめろ! まだ今のお前では死ぬだけだ!」
後ろから順の必死な声が掛かってくるが、知ったことではない。
「付き合わせて悪いな……イフット。万が一の時は逃げられるか?」
「嫌だよ! 士亜が死ぬときは私も死ぬときだから!」
イフットがすぐ横に来て、杖を構えながらも断るといった顔をする。
「お前、馬鹿だろ。逃げればせっかく一人でエリート街道にいけるのに」
「私の人生は、貴方と会ったときから決まってるからね。それに今は士亜と一緒に居れるんだし、嫌なことは無いよ」
うんざりした顔をすると強情にもイフットは不適に笑ってみせる。
「あぁ、別に逃げても君も殺すつもりだから。そこのお姉ちゃんに絶望を知って貰う為に、男は先に殺してあげるよ」
すると目の前の子供が、薄目を開けて残虐に笑ってきた。
「五月蝿いぞチビ助が。こっちは17年の重みがあるんだ。厨二っている暇があったら家に帰って資格の勉強の一つでもしていろ」
それに対し須賀谷は、余裕の表情で返す。
「身の程を知らないで、僕を怖がらないのかい? ……うん、お姉ちゃんじゃないほうの後ろの子もかわいいね。血も美味しそうだし、そういう事を言うのなら魔力をぎりぎりまで吸った挙句に飼ってやるよ」
だが子供は、そう挑発をしてくる。
「……俺は俺の予定を崩されるのが大嫌いなんだよ、精子脳のマセガキが。 今度はお前が……イフットを取るってのか?」
「そう思ってくれてもいいね」
「……人の妻に手を出そうとする屑は死ね! 俺は貴様を全力でしばき倒してやる!」
それに対し言われるが早く須賀谷はまた、目の色を変えた。
売り言葉に書い言葉だ。……このガキ、首をへし折ってやる!
「タマチルツルギ、伸びろよ!」
剣を展開した瞬間、またずきんと胸が痛む。だが……こんなところで俺の人生に終止符を打たれるわけには行かない。まだ俺は自分の人生を楽しんでもいないんだ。こんなところで倒れられるか!
「俺は俺の道を行く! 俺は汚い大人にも貴様たちにも負けずに立派な騎士になり、家を建て、将来的にイフットと暮らすんだ! そして自分の子供に、不満足の無い暮らしをさせてやる! それまでは誰であろうと俺は殺されないし、仲間にも手は出させやしねぇんだよ!」
そのまま須賀谷は、剣を構えて突っ込む。そして、こう叫んだ。
「イフット! 召喚を使って全力の火炎で俺を撃て! お前の義父さんの技を合体攻撃で使う!」
「……分かった! 召喚! 《紅蓮獣 クリムゾンノヴァ》! 士亜に炎を!」
『グォガァァァァァァァッ!』
背後に魔方陣とともに体長3mの炎トカゲが出現し、火炎魔法が後ろから、放たれる。
「魔法生物の召喚? 自分を撃たせてその加速で……こちらを斬るつもりかい?」
子供が何を下らない事を、といった目で見てくる。
だが須賀谷は背後から来た大出力の火炎を指輪で吸い込み、さらに自身から剣諸共に火炎を纏った。
「へぇ。何をする気なんだい……?」
「炎の紋章のリング、そしてタマチルツルギ! イフットの血も……俺の力を託す! アイツが滅ぶまで命を燃やし、突っ込むぞ! 気海よ、広がれぇぇ!」
炎を放出しながら紫の刀身がさらに赤熱した剣を振るう。今の自分じゃ複数のアイテムなど制御が完全に出来ず残身も取れない畜生剣になるが、こいつを斬るくらいはやってみせる!
「いいだろう、その攻撃を潰して惨めな思いをさせてやるよ!」
子供が嘲り笑ってくる。だが……その笑みを消してやる。
「真っ二つに……ぶった切ってやるっ!」
思いっきり振り下ろした剣は、今までで最高の切れ味を誇っていた。
頭を狙った赤熱する刃は防御した子供の右手に接触すると、火花を起こしながら焼き進む……!
「予想よりはやるじゃないか……。 だが無駄なんだよ、無駄!」
しかしその言葉と共に、次の瞬間には少年が反撃で放った指先からの光弾が須賀谷の腹部を貫通した。
ドスッ
「……がっはっ!」
衝撃と共に上半身を覆っていた鎧が砕けて飛び散り、腹から激痛が、走る。硬さに定評のあるマクシミリアンが紙装甲にもならない。肋骨を遠慮なく砕かれたようだ。
「士亜!」
後ろから順とイフットが、叫んだ。
「……まだ俺は生きている! 相打ち覚悟なんだよ!」
だが須賀谷は倒れずに、返事をしながら剣に力をこめた。
「まだ話せるのか!? 人間にしては丈夫な奴め! このまま内臓を掻き混ぜてやる!」
そのまま子供が、腕を傷口に向かってねじ込んでくる。
「いいから切れろよ! 俺の命なんざ、最初から無いようなものだ! 死体と化した人間の執念を舐めるなぁ!」
だがさらに一瞬の後、今度は気合と共に腕を切り落とし返した。
「切断された!?」
咄嗟に不味いと思ったのか、子供は須賀谷の腹を強引に蹴飛ばして腕を引き抜き距離を取る。そのお陰で振りぬいた剣は残念ながら相手の頭を斬り落とすまでには、至らなかった。
「まさか腕を切ってくれるとはね……! まぁいい、また生えてくるさ。それよりもここまでやってくれるとは、君には死んでもらうしかないようだねぇ!」
まだこれだけの戦意があるのかよ、クソめ……! 片腕を斬り落としても屁でもないってのか!
肉の焼けた焦げ臭さが、僅かに漂う。このままでは出血でこちらが死にそうだ……。
せめて順とイフットの手でこいつを倒せるように、こいつを弱体化させなくては。
そう弱音を吐き掛けた、その時。
「対人弾では無理だ! 篝火2号機、APFSDSの使用を許可する! 須賀谷に当てるなよ!」
咄嗟に知覚できない位置から、突然指令が発せられた。
「了解です。 砲撃プログラム安定、距離誤差修正完了、《APFSDS》射出」
そのまま視界外からダァンという砲撃音と共に超速の何かが飛んできて、反応も出来ない早さで子供に着弾し爆炎を起こしていく。
「っ!?」
向こうも狙いに気が付かなかったのだろう。相当の威力があるのか煙と共に衝撃が子供の下半身を綺麗に吹き飛ばしていき、相手が体勢を崩す。
「順、士亜! 無事か!?」
「避難は完了している、敵を確保しろ! 2年教師陣は生徒に治療と防御魔法を早く!」
声が聞こえた方に振り向く。ふと見ればフィールドに抜刀した薮崎会長やダリゼルディス、そして30人近い教師が一気に駆けつけてきたのだ。見れば先程の射撃は、片腕を巨大な機関砲に換装した少女のもののようだ。遠目には見辛いが恐らくは、生徒会室で薮崎会長と話していたあのアンドロイドなのだろう。
「やれやれ、邪魔が入ったか。そろそろ時間だしね、このままでは予定が狂って少し五月蝿い事になりそうだ。……今日は門限だから一旦帰るけど、君が少し成長したら刈り取りに来させて貰うよ」
少年はチッと舌打ちしつつも忌々しげな顔をすると、もう一度順やイフット、そして須賀谷の方を見る。
「群雲のゴミおねぇちゃん。一つ忠告しとくけど、この紫の剣の男は……うまく育てるといいよ。今のままでは世間でも見慣れる程度に感情で爆発的なブーストが掛かるだけだけど、もしかしたらそのうちに無限に魔力を生み出せるんじゃないのかな」
「何……?」
順が懐疑的な顔をする。
「もっとも、その時にはおねぇちゃんには死んでもらうけどね。……ま、それだけだよ。本当にやるべきことは終わったから。じゃあね、さよーなら。次に会うときは、もっといい武器をそろえてきなよ」
そういうが早く、少年は段々と身体を透明にしていく。
そして走ってきた藪崎が黄色いタマチルツルギで切り掛かろうとした時には遅く、既にその姿は消え去っていた……。
戦闘が終わり、皆が駆け寄ってくる。
「大丈夫か!? 怪我は無いか!」
「モツが出そうだ……動けない。恐らく下手に動いたら余裕で死ねる」
力なく静かに呟くと、医務教員たちが担架に乗せてくれた。
「士亜、死なないよね?」
イフットがすぐ近くでぼろぼろ涙を流しながら、こっちの傷口を見てくる。遠目でクリムゾンノヴァも、心配そうな顔をしていた。
「分かってる……でも、痛いモンは痛い、ここまで俺もやれるとは自分でも思ってなかったよ……」
「ずっと付いてるから……死んだら私も死ぬから!」
「それは簡便だ。どうせなら、墓の掃除をしてくれよ」
返答をするが、口角を動かすたびに腹が痛む。
「すまん……士亜、イフット。私の実力が無いばかりにお前にこんな怪我をさせてしまって……」
順も薮崎に肩を抱えてもらいながらよろよろと立ち上がると、悲痛な顔で謝ってくる。
まるで自分の責任だと、いうように。
「なぁに……順のせいじゃない。今回に関しては俺たち皆が、生き延びられただけでも……儲け物……だよ……」
順を安心させる為にその顔に笑いかけると、俺は腹部を押さえてゆっくり目を閉じた……。
あぁ、まずい。……意識が……。




