第三章 capter-1 「野望への一歩目」(3)
時系列的には、黒岩田が最初に須賀谷にカッターブーメランを使っていたのとほぼ同時となる。
順とイフットの戦闘も、まだまだ続いていた。
「小娘にしては、中々やるじゃないか。……素早さやせこい身代りで逃げ回るなんてな!」
順が忌々しげに睨む。
「私の防御力じゃそんな魔法を捨てた下品な武器は食らうと、簡単に消し飛びますからね……」
するとイフットは、それに言葉を応じる形で言い返した。
「だが貴様の攻撃は私に当てたところで防御力が違うんでな、火球如きじゃダメージにはならない」
順は高笑いをしながらイフットに、そこで煽り返した。
「……お互い様ですよ? 貴女のスピードでは私に追いつけない」
それに対しイフットは、難なくそう言ってのけてきた。これは明確な、挑発行為だ。
「……それはどうだろうかな!」
順の沸点は低い。すぐにまたトンパイルを構えながら、イフットに接近する。
だが。
「隙を見せましたね」
「何!?」
《フレイムブレイド!》
言いながらイフットの杖から炎の剣が飛び出し、刀身が延びて順の頬を掠めてきた。
「何!?」
順は間一髪で直撃を避けるが、ユニットの肩部に衝撃を受け少し炭化されてしまう。
「威力を過小評価していた……!? しかしまだやられる訳には! ガトリングユニットをくらえ!」
体を逸らしたまま腕を突き出すと、弾丸が斉射されて硝煙と埃が巻き上がる。その中で砂埃と土気が対象に当たり、ぼんやりと人影を浮かび上がらせた。
「――そこか!」
相手が刃物を持っていようが、魔法を持っていようが関係はない。今の自分は防御魔法で充分に硬いのだ。過去のトラウマなど捨てて、叩き潰す!
「せぇいやぁぁぁ!」
順は目標に飛び掛かると、一気に力ずくで組み付いて相手を押し倒した。
「覚悟しろ!」
「っ!?」
さらに馬乗りのまま目標の顔のあたりを一発殴ると、抵抗はあったが自分に掛けられていただろうジャミングの魔法が解除される。
押し倒した対象はやはり、イフット・イフリートだった。
「――まさか、見破るとは流石ですね。消耗したところを炎で仕留める気でしたが……予想以上といったところですよ」
忌々しげな顔で、咄嗟に防御魔法を使っていたイフットが口を開いた。
さしずめスピード負けであったと言ったところか。
「これが科学と技術の力だ。……しかしこの手合いを見たところによると、フィールド自体に幻覚の魔法を掛けていたようだな」
順は得意げに自慢するように笑って見せる。見破った事がまた、彼女の自信にもなっていた。
「それよりも……話を聞かせて貰うぞ。士亜についてな。敬語などは私に使わなくてもよいが」
そして不満そうなイフットの首元を逃げないように押さえ付けると、静かに尋問を始めようとした。
「……そんな事、応える義理があるとでも?」
だが、イフットが不敵に笑う。
「お前に逃げだす手立てがない以上、既に勝負は決していると思うのだがな?」
しかし順も、余裕を見せて眼差しを突き刺す。
「……甘いよ。そう言うと思ったけれど逃げ出す手立ては……あるんだよね!」
だがイフットは抑え込まれたまま、不敵に口を開けた。
「何?」
《<簡易術式ーnerve bi――>》
「詠唱させる隙を与えるとでも思ったか!?」
だが順はそこで、イフットが魔法を使おうとするのを咄嗟に阻止し、詠唱を中断させる。……順は相手の詠唱を反抗の意思とみなして、手慣れた様子で躊躇なく馬乗りのままでイフットの首を締めにかかったのだ。
打撃は防御出来ても圧迫を防御する魔法などは、殆ど存在はしない。
「……んぐッ!」
イフットはすぐに喉を押さえられ、声を出せなくなった。
「何が甘いよだ。どうしたよ、魔法を放つんじゃなかったのか? もっとも、このアーマーには対魔法コーティングもしてあるがな」
順は押さえ付けたまま再び強気さを取り戻し、嘲り罵倒を吐きに掛かった。
「……!」
「取り敢えず首を折る気は無いが、このまま締め落としてもいいんだが?」
順は細く、さらに気だるげに演技しつつ呟く。
「……!」
「首を締められると漏らすらしいが……恐怖はしているか?このまま落とされて失禁でもするかよ?」
追加でありったけの悪意を込め、挑発をする。
「!?」
「須賀谷もいるのだ、全校生徒はともかく、知り合いのようだからあいつには見られたく無かろう」
そう脅すと、イフットは少し恥ずかしそうにも苦々しげな顔でこくりと頷こうとしてきた。
「……」
「離して欲しけりゃ片腕を上げろ、この手を離してやる事を考えてやらない事もない。……そろそろ気も遠くなってくるだろう?」
さらに得意げにも順は自分のペースで、会話を続ける。……交渉技術だ。
「……」
――イフットは、言われたとおりに恐る恐る片腕を上げた。
(――フン)
「いいだろう」
順は相手に戦闘意思が無くなったとみて、相手に応じ喉から手を離した。
「……! げほっ! げほっ!」
解放された途端、イフットは泣きそうな顔になって咳をする。どうも気道を塞ぎすぎたか。
「先読みくらいは当然の事だ。実力差はこれで歴然だろう? 此方の要求に応えなければこれからまた締め落とすぞ?」
順は回復しきれてないイフットの様子に向かい、フフフと意地悪く笑った。
「……わ、分かったわよ! 話すわよ! 皮肉な事だけどね……!」
イフットは涙目で順に向かい、悪態を付く。どうやら本気で痛がっているようだ。
「……いい事を教えてやる。集中力が欠けたり詠唱が出来ないと、神経系やら幻覚系の魔法は効果が失せるのだ。やはり魔法に頼って身体を鍛えないからこうなる、もう少し素の身体能力を上げるべきだったな」
イフットの顔を見て僅かに有情になった順は、そこで溜息を吐きながらも諭してみせた。
「――さぁ、お前と士亜の関係を――話して貰おうか。奴の動揺を見るとただ事では無いようであったのだ。……このままでは、気になるのでな」
それから言葉を、続けた。
「――私と士亜は……幼馴染だよ。……ただの……ね」
それに対してイフットは苦しそうに未だ痛むであろう喉を擦りながら、息を落ちつけていく。
それから静かに、ぽつぽつと俯きながらも語り始めた。
「……そうか。だが嘘は良くないな、目が泳いでいるぞ」
順は、その話に言葉を返す。……するとイフットが少しして。
「……本当は旦那だよ」
「……旦那?」
「えぇ」
イフットは小声で、言葉を続ける。
「今までずっと付き合ってきて、今年も私は彼を、待っていた。……でも編成で、私は士亜とペアを変えられてしまったのよ。……それも彼を嫌う、黒岩田と」
「…………」
「……辛かった、それでも彼は来なかった。頭の中が凄く痛かった。心がすごく、モヤモヤした」
「だから最終手段として私は……士亜に自分の力を分けたんだよ。こっちに来て貰う為に……」
「……ほぅ」
順は少し、表情を変える。
「で……貴女の方は?」
ところが、イフットはそこで話を中断し、話題を変えて逆に此方に訊いてこようとした。
「……私か?」
順は少し話題を振られて驚き、眉を顰める。
「うん」
「……フン。ただの……奴の戦闘技能の先生だな。所謂落ちこぼれさ。お前が気にするようなどうこうと思うものではない。嫉妬をする必要はないぞ」
話を受けて順は、思慮した挙句にそのような事を吐き捨てるよう言う。
「……そう」
イフットはそれで納得をしたかのような表情をすると、静かに唇を曲げた……。
学校内で一番高い場所。体育館の屋上にある展望台に、渡辺はいた。
「しかし……まだ倒せぬというのか、黒岩田め。サイバーアームドガントレットを渡してやったというに、無能な真似をしていては無駄な時間を与える羽目になるぞ」
ポップコーンを片手に、もう反対側には双眼鏡を持った渡辺は、苦々しげな顔をしながら唾を地面に吐き捨てる。
「よく言うよ。黒岩田は元から魔法を使えない人間じゃないか。魔石の補助を受けているとはいえ、あの腕を装備しているだけでもゴミにしては中々だと思うよ」
だがその背後から、声を掛ける少年がいる。
「おや、貴方か……何の用ですかな? ポップコーンなら、あげませんが」
渡辺は、咀嚼をしつつもゆっくりと振り返った。
「そんなものは欲しくも無いよ。……ちょっと言いたいことがあってね。此処に、もうすぐ生徒会……藪崎の手勢が来るという事を伝えにきたのさ」
少年はそう忠告し、ふっと目を細めてフィールドを眺めてみせる。
「何? そいつはありがとうございます。あの忌々しい会長も、さっそく捕らえて追放してくれましょう。それではフランベルグさん、手伝ってくれますかな?」
それを受けて渡辺はそのまま少年に対し、提案を持ちかけた。
「……残念ながら、それは聞けないな」
だが少年は、横に首を振った。
「何ですと……?」
咄嗟に渡辺の顔が、曇る。
「助ける以前にお前に、とある容疑があるのさ。……お前は自分で、許容された以上の部隊を作っているらしいね」
そのまま少年は、問い詰めながら不快そうに睨み付ける。
「……誤解ですよ」
するとポップコーンの器を、微妙に焦った顔をしつつ渡辺は地面に引っくり返した。
「誤解や勘違いにしては、動く金額が多いんじゃないのかな? 僕の方でも、ちょっと会計を脅して色々と調べているということだよ。大方こちらの技術を吸収した後に、離反をしようという魂胆だろうけど……そうはいかないよ」
「……滅相もない。 あれはただの地位保守用の部隊ですし、私がそんな事をするわけがありません。 第一私にそんな欲など無い、私はここで自分の資産を肥やせれば満足なのですよ。 大体その為に、教員や生徒を捧げたではありませんか」
渡辺の顔に、苦さが浮かんだ。
「確かに、貴様は我々を受け入れた。だが、我々が貴様のような男に優しくするべき、だとはハナから思ってはいないんだよ」
「何ですと……?」
「それにあの群雲という土屑のおねぇちゃん、あの子の鎧の技術は……我々の側の技術だ。君がこちらの技術を流出させたのではないかい?」
「そんな……私がそんな事をするわけがありません! 第一あの小娘は、手筈通りに再起不能に送り込んだはずです!」
少年の剣幕に様子が変わり、急に渡辺は後ずさる。
「言い訳は無用だよ。悪事を働いた上に醜い真似はお天道様が許さない」
「ちょっと……待ってくれ! 誤解だ! 私を殺さないでくれ! 私にはまだ、出世の望みが! こんなところで終わるわけにはいかないのです!」
「情報が漏れるのも簡便だからね……。一罰百戒、君には体育座りがお似合いだ」
「……ぱぷぅっ!?」
そう言うが早く、呻き声と共に双眼鏡が床に落ちる。
「頚動脈を切り裂いた。そのまま死ぬんだな」
フランベルグと呼ばれた少年は冷徹な目をしながら渡辺の喉下に右腕を突き込むと、手で一周抉り抜くようにしてから引き抜いた。
「オッサン、魔力も大して無いし……血も油っぽくてばっちぃなぁ。これは所詮自らの保身を図ろうとした……その醜さが招いた結果だよ」
そのまま少年は汚そうに渡辺の服からハンカチを取り出すと、血の付いた手を拭う。
「しかし、あれは面白そうだ……もう少し見てから遊びに行こうかな」
それから須賀谷達のいる闘技場のほうを見ると、ニヤリと笑った。
「あの土屑おねぇちゃんが……何処までやるのか楽しみだ」




