誇りの懐中時計
たとえば、オレが旅先案内人になった理由。
高校を中退してまでその仕事を志望したのは、自分の目で歴史を見たかったから。
ここ数年で歴史の教科書は素晴らしい変化を遂げた。それは、過去という壁が無くなったから。それから1年もたたないうちにお約束の、時代旅行が出来るようになった。
そんな回想を頭で整理しつつ、社長室に顔を出す。
今日はオレの入社日。ノブを回すだけなのに、すごく緊張する。
「失礼します」
正装に身を包んだしっかりとした体格の男性が、椅子に座って此方を向いていた。
「おはよう、天野集平くん。」
適切な笑みを顔に浮かべる社長。
この人には、研修時代に何度か面識がある。
「ご無沙汰してます、社長。」
そんな畏まらなくていいさ。そう言いながら机の引き出しを開けて手招きする社長。
オレが机に近づくと社長は銀の懐中時計を机から取り出してオレに見せびらかした。
「これを持つことはどういうことを意味するのか、15字以内にまとめなさい。」
なにをもったいぶっているのか。
筆記試験に出てきた問題。
オレは呆れてその時書いた答えを返答する。
「旅先案内人の誇りを示す。」
にやっと口元を緩めて社長はオレに懐中時計を手渡した。
旅先案内人が時を移動する際に使用する代物。逆にこれが無いと何もできない用無しになるので案外命よりも大事な物。今日オレがこの部屋に来た要件の大半が、これを貰う為。
「まあそれもいいでしょう。」
それから、と一枚の紙切れをオレに手渡した。
「それが天野くんの初仕事。中世のヨーロッパはキミの第一志望だと聞いているよ」
紙切れには必要最低限の内容と注意事項が、限りなく記されていた。その中には、死について自己責任とまで書かれている。リアルな悪寒が走って少し鳥肌がたった。
紙から視線を上げて会長に一言、失礼しました。と告げて部屋を後にする。
出発まで残り3時間。それまで行き抜きでもしようかな。
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旅先案内人の誇りを示す……か。
マニュアルにも記されていない言葉。ここの解答を試験で間違えたのは一人だった。
先ほどの少年。面白いことを言うじゃないか。
天野集平か。
あの少年へと告げた初仕事は少し鬼畜かもしれないけれど。
彼なら……出来るかもしれない。
頼んだよ。