9、いい性格
学園の裏には広大な森が広がっていた。
少女は親友の陰に隠れるようにして、声を震わせながら言った。
「あ、あまり来たことありませんでしたが、いかにもな場所ですね……」
怯える少女の頭をよしよしと撫でる親友。
「そうだね。噂によれば、この森の中に井戸があって、そこから夜な夜な幽霊が這い上がってくるんだよね?」
少女は無言でうなずいた。親友も、ふむ、と一言漏らし、学園の敷地内ではあきらかに不自然な森に目を向ける。
まだ真昼だというのに薄暗く、地面はぬかるんでいた。
「やっぱり噂の真偽とか確かめる、やめませんか?」
「んー、そうだね。私も今そう思ってたところ。こんな獣道に入りたくないし、何より蚊が大量発生してそうだもんね」
おそるおそる訪ねると、渋い顔をしながら親友は頷いた。
自分が面白いと感じることなら、多少周りを困らせても全く気にしない彼女だが、この時ばかりは面白いよりも面倒っぽい、という感情の方が先にたったらしい。
「でも本当に井戸はあるのかな? ちょっと気になるよね」
「えぇー、私は嫌ですよぉ。やめときましょうよ」
蚊も嫌だが、幽霊もでるらしいのだ。それに地面も歩きにくそう。総合すると絶対に入りたくなかった。
「大丈夫。これを見たら私も入ろうって思わないよ。それに誰も中に入りたいと思えないから、そんな未確認な噂があるんだろうね」
宥めるように少女を撫でる。しかし親友は言葉でそう言っているものの、何かを待っているかのようにその場を動かなかった。
「もう、戻りませんか? こんな森、見てるだけで気分が滅入ってしまいそうですよ」
3分ほど過ぎて、少女は言った。それと同時に背後で、ジャリっと砂を踏む音が聞こえた。
「ん? おい、そこのガキども。こんなところで何してんだ?」
振り向くとそこには一人の男が立っていた。
「げ、会長さん! なぜこんなところに……」
「いつもいつもテメェは! 俺になんの恨みがあるってんだよ!」
「ご機嫌よ、会長。今日も良い天気ですわね」
「おっす。そこのガキの連れとは思えねぇくらい礼儀の正しい奴だな」
クスクス笑う親友を、少女はなにか恐ろしい物を見ている気分になった。
「それで、会長さんは何故こんな場所にいるのですか?」
「ゴミ捨ての途中だよ。表から回るよりこっちのほうが早いんでな。しかしだりーな。ったく誰だよ、生徒会のゴミ箱にプリントを大量に放棄した野郎はよ!」
会長はよく見れば片手にプリントが大量に突き出たゴミ箱を持っていた。なんとなくだが、少女にはそのゴミ箱に悪戯をした野郎というのが、隣の親友である気がしてならなかった。
「そうですか、それは大変ですね。会長」
ねぎらいの声をかける。
「しかし会長。先ほど副会長が至急用事があるみたいで探しておられましたよ?」
何を突然言い出すのか、少女はギョッとした。
「まじかよ! なんかアクシデントでもあったか? 分かった。サンキューな、これ捨てて即効で戻るぜ!」
片手を上げて挨拶をすると、会長は走り出そうとした。
「待ってください、会長! 副会長から言伝を授かっておりまして、この道をまっすぐ行った先にある井戸の前で、副会長はお待ちしているようですよ」
親友は森の中を指さして言い切った。
「あ? なんでだよ?」
息吹かしぐ会長に親友は近づいていき、ゴミ箱を奪った。
「さぁ? ですが急ぎの用件だったようで、このゴミは私どもが捨てておきますので、どうぞ会長はお急ぎください」
親友の慌てる演技に急かされて、会長は分けも分からず感謝の言葉を述べると、森に向かって走っていった。
「お気をつけてー」
笑顔で手を振る親友。少女は呆れた顔でそれを見ていた。
「さて、これで井戸の真偽が分かるね」
森に背を向けて親友は歩き出した。
「何してるの? 追いてっちゃうよ?」
しばらく歩くと、爽やかな笑みを浮かべて少女に振り返った。