7,愉快犯
先客は白い箱の姿をしていて、椅子ではなく机に鎮座している。
少女はいぶかしげに周りを見渡すと、教室のあちらこちらでひそひそ話をしている学生達と目が合った。
周りの生徒達も箱の正体が分からず、その存在が気になって仕方ないのだろう。彼らの目はちょうどそんな感じだった。
痛いほど周囲の視線を感じる中、少女は自分の机の上に置かれた正体不明の箱を放置する事もできず、恐る恐る開いた。
「……な、なんですか……これは……?」
箱を開けると、そこには時限式の爆弾が……ではなく、巨大なワンホールチョコレートケーキが入っていた。
「今日はバレンタインではありませんよ!」
バレンタインは女性が男性にチョコを渡すものであり、根本的に違うが、女性同士で交換することも近年では普通である。という訳で少女がチョコレートをもらったとしても何ら問題がないのだが、残念ながら今日はバレンタインでも、少女の誕生日でもなかった。
「おはよー。んー? ずいぶん大きなケーキだね。どうしたの?」
少女の背中をポンとたたき、後ろから友人である別の少女がやってきた。
「どうしたの? じゃないです! 聞いてくださいよ! 朝来たらこの子が私の机に座ってたんです! どうしましょう、これでは食べきるまで机が使えません……」
必死に訴える少女。しかしその言葉はみるみるしぼんでいった。
親友はそれを見てクスクスと笑う。
「困ってるのはケーキより、机が使えないことなんだね。……しょうがない、そんなキミのためにこれを上げるよ」
うつむき気味な少女の頬に手を当てて顔を持ち上げると、友人はにっこりと笑ってナイフとフォークを差し出した。
「ありがとうございます。これで講義開始の前にたべきれま——ってなんでこんなもの持ってるんですか! というかやっぱり貴女の仕業ですね!」
おいおいと泣き真似をした少女が、ぐおんと音がするような勢いで顔を友人に向けた。
「なんのことかな?」
とぼけながら親友は、ナイフを握った少女の上から手を重ね、結婚式の入刀のごとくケーキを斬る。
「斬りにくいね」
「……そういう問題じゃないと思うんですけど……? というなぜ唐突にケーキなんてもってきたんですか?」
「ん? 昨日なんとなく焼いてみたら美味しく作れたんだよ。そうするとさ、誰かに食べてもらいたくならないかな? でも私は一人暮らしだから食べてくれる人いなくて。だからもって来ちゃった」
当然の質問に友人はあっけらかんと答えた。そしてフォークで一口分をすくい取ると少女に向ける。
「はい、あーん」
笑顔の友人に、少女は思わずたじろいだ。突如、好奇心をむき出しにした視線が、頭の回りにいくつも刺さった。
「あーん」
笑顔のまま近づいてくる友人。
「は、恥ずかしいのでそういうことはやめてください」
「——あーん」
聞く耳持たずである。しかし少女は、羞恥心から動けずにいた。
すると——、
「チョコレートは嫌いだった? それじゃぁ、次はイチゴのケーキにしようかな? イチゴは大好きだよね? なんと言ってもキミはイチゴを食べ過ぎて——」
友人は諦めたように、肩を落とすと、主にクラスにいる全員に語るような感じで、とんでも無いこと口にし始めた。
「待った! 待ってください!」
少女は腕を振り回し、友人の言葉をかき消す。
なぜなら少女は少し前に、この友人の口車に乗せられて苺狩りに連れ出され、さらに口車に乗せられて限界を遙かに越える量の苺を食べてしまい、倒れて救急車で運ばれたのだ。そしてこの事実は一般には公開されていないため、この友人だけが知っている、少女の黒歴史の一つだった。
友人がクスクス笑う。
「はい、あーん」
邪気の無い、しかし明らかに悪意を孕んだ笑顔に、少女は逆らえず、従うしかなかった。
その後、ワンホールケーキをすべて食べさせられた少女は、結局倒れて救急車で運ばれていった。さすがに責任を感じたらしい友人は、深く反省するように顔を伏せながら、たくさんの苺をお見舞いの品に持ってきたという。