5,存在理由
普段通りの爽やかな朝だったから、ゆったりと落ち着いた時間が過ごせるだろうと思って学園に来たのだが、大間違いだった。
「おう!! おっはよー!!」
人当たりの良さと活動的という場所に恐ろしく評価が集中している生徒会長の男が、登校してきた生徒に向かって勢いよく挨拶をしている。
朝の雰囲気をぶちこわしにする声量である。挨拶された生徒も驚きに身体を跳ねさせた。しかし本日校門をくぐった生徒は概ねそうだった。
「会長がいると活気が出て助かりますよ。本当にありがとうございます」
別の方角から風紀委員の学生が声をかける。
「気にすんなよ! これぐらいおやすいご用だぜ! なぁ? 相棒!」
バシバシと背中を叩かれた。2日ほど学園に姿を見せなかったこの男は、久々に登校すると同時に、校門で「挨拶週間」の活動をしていた風紀委員に目を付けて助太刀を申し出たらしい。そこを運悪く通りかかり、同じ生徒会の役員として手伝わされているのだった。
「あ! せんぱーい。おはようございます! なんでこんな場所に――ってうげ……会長さん……何故いるのです……」
遠くから手をパタパタと降りながら駆け寄ってきた少女が、会長を見てあからさまに嫌そうな顔をした。
「おいてめぇ! 相変わらず失礼なガキだな。なんでこいつにはおはようで、俺にはカエル潰したみてぇなうめき声なんだよ」
「朝から会長さんになってあったら、テンション負けして疲れちゃいまよ……きっと会う人、会う人みんな会長さん見て、うげって内心思ってますよ」
呆れた目で会長を見上げていた少女。しかしふいに視線をはずすと、両手の平をあわせてうっとりとした視線を向けていた。
「それにしても先輩! 今日は朝から会えるなんてなんとラッキーなことでしょう。まだまだ時間も早いですし、向こうでゆっくりお話でも――」
少女の両肩を会長ががしりと掴んだ。
「――にがさねぇ。てめぇも役員ならここに残って、その猫かぶりまくりの挨拶を振りまきやがれぇ!」
少女は小さく叫び声を上げて、会長から距離を取った。
「猫かぶりって……酷いですよ! 私は素直で、これが素ですよ! だいたい今日は日直の業務で早く登校してるのですよ。なので残念ですが私の力は当てにしないで下さい!」
どうだ、というようにふんぞり返ってみせる少女。しかし直ぐに、しゅんと態度を縮める。
「先輩、お手伝い出来ずにごめんなさい! この穴埋めは必ずしますので、それでは失礼しますね」
テンションの高低差なら会長よりも高い数値を出していると思われる少女は、そのまま玄関に向けて走り去っていった。
「ったく、逃げやがったぜ! ったくあのガキにも困ったもんだ」
会長がぼやき、新しくやってきた生徒に向かって全力の挨拶を再び開始する。
「…………おい」
「ん? どうした? っつかてめぇもちったぁ挨拶しろよ! さっきから無言で突っ立ってて結構不気味だぜ?」
「……なぜ来た? 昨日の様子ではもう学園に来ないかと思ったぞ?」
先ほどからずっと思っていた疑問を述べた。
「あー、なんか普段以上に黙ってやがると思ったらそのことかよ」
どこか気まずそうに視線を漂わせたあと、男は瞳に強い光を宿してこちらを見た。
「確かに1度は学園なんてやめちまおうかとも思ったぜ? だがよ。やめて結果に何処へ行くよ? 結局俺の場所はここだ。それにこの学園を10倍面白いものにしてやるって口約でここに立ってる。俺の身体は後何日保つのか知らねぇが、動けなくなるその日まで、俺は口約を守り続けてやる! それが俺の存在意義ってやつだぜ!」
躊躇もためらいもなく言い切った。そして振り返ると、再び挨拶を開始する。
爽やかな空に、学生たちの清々しい挨拶の声がこだましている。