49、チェックメイト
生徒会は、一人の男を頂点にして成り立っている組織である。
であるはずが、その男は副会長に首根っこをもたれてホイと外に放り投げられていた。
尻餅を着いた男がにらみ返すが、生徒会室の扉はぴしゃりと閉じられてご丁寧に施錠される音まで聞こえた。
「……大丈夫ですか? 会長さん」
ここ最近この男と距離を縮めて、寄り添うようにとなりに立っている少女が、手を差し伸べる。
「ったくあの野郎。人が大人しくしてやがったら、調子にのりやがって……」
「大人しいというよりは、今の会長さんのベストがそれですからね。文句を言うなら、まず満足に動ける体力が回復してからにしてください。ほら、時間も無いですし、お手をどうぞ?」
言葉には棘があるものの、少女は優しい表情を浮かべながらいった。最近はずっと男のペースに併せ、望んでもいないのに休憩を取ったりしていた少女であるが、今日はめずらしく男を急かした。しかしそれも無理ないことである。
支えは不要だということを少女に示して、立ち上がる。そして見渡せば、廊下のあちらこちらに段ボールやホワイトボードが並び、そこには地図や、各教室の催し物、あるいは宣伝などがカラフルな色彩で描かれていた。
時は正午を少し回ったあたり、そして学園祭当日であった。
「おい、ガキ……どういうつもりだ……?」
不機嫌な声と共に、少女を見下ろした。
「どうもこうも、会長さんと一緒にお祭りを回りたいなって思っただけですよ?」
きょとりと小首を傾げる少女。
これ見よがしに大きなため息を着いた男は、少女の肩にぽんと片手を置いた。
「……俺がそんなに心配で、放っておけないか?」
せっかくの学園祭である。生徒会の役員もただ仕事に追われるのではなく、楽しんでもらいたかった。男はそう考えてこそ、仕事の波が一段落した今、この少女と副会長の二人で祭りを楽しんでこいという命令を出したのだ。しかし副会長は。興味ない、の一点張りで、しかしそんなことはお構いなしで少女が引っ張り連れて行くものだとばかり考えていたのだが、少女はこの男と一緒に学園祭を回りたいと言い始めてしまった。
こんなときにも、少女は男の体調を心配しているのだと考えた男は、心配無用だと必死で少女を説得したのだが、副会長に追い出される始末だった。
この少女には本当に世話になっている。だから、せっかくの祭りで少しでも楽しい思い出を残してやりたいと思っていただけに、男は無性にいらだっていた。
「……会長さん。少し怖いですよ……」
「そりゃぁ、誰かさんの老婆心がいい加減行きすぎてるからだぜ。ありがてェことだと思うが、分かるか? せっかくの祭りなんだから自分のために少しは時間使え」
「私は精一杯自分のために時間を使ってるつもりですよ! それこそ、会長さんの時間を使ってまでもです!」
驚いた様子の少女であったが、すぐに強い口調で言い返してくる。しかしその言葉の中にも、どこか少女が演技をしているような気がして、余計に腹が立つのだった。
「回りくどいんだよ。止めようぜ! そうやって、自分がへりくだって気ィ使うのはよ! 祭りだぜ? 好きな相手がいねェなら、別に誰と回ってもいいけどよ、てめェには好きな相手がいんだろ? ならそいつと回りやがれ! 好きでもねェ相手と回って、何が自分のために時間を使ってるってんだよ!」
気がつけば、少女に対して怒鳴っていた。
少女は肩を一度、肩をビクンと震わせると、後は耐えるように肩を震わせてうつむいていた。その様子に、男は即座に我に返った。
騒がしかったあたりがシンと静間に返り、見渡せば周り中の学生達が、何事かと様子をうかがっている。
小さく肩を震わせ、床に目を向けた少女は沈黙を守り、何も語らない。
「……わりぃ。全面的に俺が悪いぜ、だからてめェは出来るだけ気に病むな」
優しさの固まりのような少女である。そう言ったところで、その心にもう傷がついてしまっているのだろうが、今はそれ以上の言葉が思いつかなかった。
「……少し頭を冷やしてくるぜ」
少女に背を向けて歩き出す。
しかし一歩を踏み出した直後に、背後から制服の生地を引っ張られるのを感じた。
男は振り向かずに脚を止めて、少女の言葉を待った。
「……だからですよ、会長さん」
静かに、けれども優しく告げる少女。
男は、てっきり鳴き声か、あるいは感情を隠して無理矢理に出した声が来るものだとばかりに思っていたため、反射的に少女へ振り返った。
そこにはヒトカケラの無理も感じられない、自然な少女の笑みがあった。
「好きな相手に無理を言って誘ったのですから。だから私は自分のために時間を使っていると断言できるのですよ?」
先ほどまで感じていた気まずさや、怒りなどが一気に頭かから飛んだ。言葉はきちんと理解しているはずであるが、その意味がいまいち理解できない。
「……同情はいらねぇぜ?」
無意識にでたその言葉を少女は、黙殺した。
「会長さん。私は言いましたよ。会長さんの返事を聞かせてくれませんか? 会長さんにとって、私はなんですか?」
優しいが意地っ張りな少女であることは、よく知っていた。感情をため込まずに外へ出す性格をしているが、決して裏表がないわけではなく、自分の暗い場所はあまり見せない。そんな少女は、やはり今も無理をしていた。
気丈に振る舞っても、僅かに肩は震えて、瞳にも緊張の色が見え隠れしていた。
「……手の掛かる後輩か……うるせェガキ……か?」
考えも纏まらないまま、思いついた言葉を適当に述べる。
「私が聞いているのはそう言うのではないです。手の掛かる五月蠅い後輩は、好きですか? それとも嫌いですか?」
質問を重ねる少女。今度の問いは完璧なる2択。
答えることは簡単であり、それに間違えることもないだろうが、しかし答えることは出来なかった。
「おい、おい待てよ! 自分で何言ってるか分かってんのか?」
すでに数回倒れて病院に運ばれている男。身体は蝕まれて、いつ帰って来れなくなるのか分からない、そんな男である。
「分かってますよ」
断言する少女。
実に愚かである。この少女は破滅にのみ続いている道を選ぼうとしているのである。しかしその顔には悲し曇りは一切見えない。
破滅を選ぼうとしているにも関わらず、なぜ何も恐れようとしないのか。
「会長さん。勘違いしないでくださいよ?」
男の内心を読みとったかのように少女が口を開く。
「残されて泣くつもりなんて全くないです」
断片的な少女の言葉だったが、男はそれですべてを理解してしまった。つまり少女は、一緒に戦って、かつ勝ちを確信している。このまま男と共に歩んでも、悲しみなどある筈がないと断言しているのだ。
「……こいつァ参ったぜ」
「どうします? 会長さん」
男の反応から、すでに何かを悟ったのだろう。あるいはただの照れ隠しか。
先ほど見せていた緊張の色はなく、ただ小悪魔的な笑みで、少女は男の瞳をのぞき込んだ。
「……負けたぜ。降参だ」
少女の気持ちに答えようと、男は真剣な表情を作った。
「……」
そこで気がついたことは、今が学園祭であり、ここは至って普通の廊下であるということだった。
ギギギ、と音がしそうなほどにぎこちなくあたりを見渡す。男と少女を囲むように人だかりが出来ており、皆興味津々といった様子である。人垣の向こうでは、さっきまでしまっていたはずの生徒会室の扉が開いており、そこで仲良く並んだ二人の人影が見える。
「おい、ガキ……」
「なんですか?」
今の状況をどこまで理解しているのか分からないが、普段通りの調子で返事が返ってきた。
「まずは逃げるぜ!!」
「——え? きゃぁ!?」
少女の腕をぐっと握りしめて、男は迷わず開け放たれた近くの窓へ向かった。
「ここまできて逃がしちゃうのも、面白くないよね? みんな、あの二人を捕まえた人には生徒会から特別に懸賞品をだすよ?」
背後からとんでもない声が聞こえてきた。
次の瞬間、居合わせた数十人は各々歓声をあげて走り出した。




