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序章その6

僕は壷に近づくと、大きく息を吐き出した。

今日までの3日間、あの男だけを見てきた気がする。

あまり大きな場所とはいえない闘技場に、鎧ともいえない防具を身につけた男は、敵を見据えてたたずむ。

観客席を埋め尽くした男女が口々に何かを叫ぶ。

男への賞賛、対戦相手への期待。

すべてを受け流して男は立っている。

開始の合図とともに対戦相手が歩み寄り、男も静かに歩を進める。

裂ぱくの気合とともに対戦相手の剣がうなる。

速度、タイミング、非凡なその一撃は、左手に握った剣の一振りで平凡にはじき返される。

その次の瞬間、対戦相手の左手に小刀が閃く。が、握りの部分を右拳が襲う。

流れるようにその体制から右の背で当て身を行い左の中段蹴り、左の肩口から袈裟切りに剣を滑らせる。

対戦相手は膝をつき、男をにらみつける。対戦相手の入場口で赤い光が強烈に瞬く。

何度も目に焼き付けた光景、

この戦いは自分のいる世界ではありえない。

戦う者同士が死ぬことはない。が、模擬戦という訳ではない。

戦士のよろいと武具は、特殊な魔法がかけられているらしく武具のあたる角度・速度等によりダメージを数値として示す。

その数値が各々の持ち点と思われる100と言う数値から減算される。

ぞしてゼロとなった者は敗者となる。

そんな奇妙な戦場の王者に僕は心を奪われていた。

初めて見たときには、模擬戦の王者など気にも留めていなかった。

ただその姿が目から離れなかった。

男の目は決して模擬戦を戦っていない。

敵の剣を体に受けることは死を意味することを知っている。模擬戦に慣れた者には到達できない高み。本物の戦場でつちかわれたその瞳と、静かな中に押し寄せる嵐のような力強さを持った剣風。

見れば見るほどにその剣に思いを寄せた。

今日、あの男と融合する。

そんな心を知ってか知らずか、呪文の詠唱をやめてスライドが顔を向けた。

「意中の人ここにありと言った表情だな」

「まさしくそれだよ。あとは僕が彼を取込めるかどうかってところさ」

薄く笑う。ハイキングに行くかのような軽装で岩山を登るがごとき自分がかわいく思える。勝目は薄い。が、惚れた弱み、その剣風を自らの体に刻む結果となれば負けて悔い無し、きっと今の僕の瞳は生気をたたえているだろう。

「覚悟は良いが、負け戦をさせるのは気が引けるな」

スライドは表情を変えず、気に病んだ風も見せない。

「いよいよ、今夜で子守解放ってことだね、スライド」

「……、知っていたか」

「うん…、成功するもしないも、このアルティナの儀式が終われば関係ない」

「ああ、長い約束だったが、もうすぐだ」

「感謝するよ、僕が僕であるうちに言っておくよ、スライド、君は良き指導者であり保護者だった、ありがとう」

握手を求める。スライドは黙殺し、呪文の詠唱を再開した。

小さなため息。この人物は人と深くかかわることを嫌う。

スライドと修行の日々を過ごすようになって、考える事の重要性を学んだ。

『何故?』と言う疑問は常に念頭において行動する事によっておぼろげに姿を現す。

スライドの話し、親父の話し、僕の知っているあらゆる情報を加味して導き出された答えは、スライドと父の関係が一筋縄でいかない間柄であったと言う事だった。

かつて、敵として父の前にスライドは立ったことがある。

スライドが僕の家に近寄りたがらないのはそのせいだと思っている。

そして、何らかの約束事があったからこそ、そんな間柄の父から、僕の身柄をあずかり、今日までともに過ごして来てくれている。

どんな約束なのかは、僕の邪推でしかないが、『僕を鍛え上げる』と言う事なのだろう。

おそらく、その仕事が終わったなら、再びスライドは僕の父の前に敵として現れるはずだ。

つまり、僕が今日ここで、アルティナの儀式に望む事は3年前から解っていた事なのだろう。

自分の意思とは関係なく、大きなたなごころの上で右往左往している自分が見えるようだ。

そんな僕の中にある思い、これすらもこの二人は看破出来ているのだろうか?

二人の争う姿は今まで見たことが無い、それは僕の知らないところで行われていたであろう話しなのだろうから。

「ソードマスター・ガーレンとスライドの闘いは終わらないのかい?」

僕の言葉に反応して、スライドはいきなり呪文の詠唱をやめた。

「……、そこまで、深読みできるようになったか」

僕の存在を、初めて認識したかのような語調が耳に届く。

きっと、ほんの少しだけスライドの認識から僕の存在が飛び出したということだろう。

「それも、お前には関係のない話だ……」

でも、それもほんのつかの間の事、スライドの目線が僕から離れ壷に向かう。

それは、魔力注入という作業を再開する動作に他ならない。

「まって!」

この一言で再びスライドの目線が僕へと戻る。

今という瞬間を逃しては、もう再び会話へと導く事は不可能に思えた。

「僕の父と僕の師匠が争って、どちらかが倒れれば勝った方は僕の仇になってしまう、それでも関係ない話だなんて、僕はそうは思えないよ!」

普段の僕では考えられないほどに、早口で言葉を並べた。

意識してやったことではないが、こうでもしなければスライドの意識をこちらに留める事は難しいだろう。

「そもそも…、それが勘違いということだ」

僕の意図など、言葉を発した時点で看破しているのだろう。

だけど、冷たい態度とは別なものが心の奥からチラリと顔を覗かせる瞬間があることを僕は知っている。

「これ以上俺からその辺りの話を聞くと、ただでさえ低い可能性が限りなくゼロに近付くと思っていい…」

神殿に向かう道すがら聞いた『有益でない話』も、アルティナの成功率を下げる手合いのものではなかった。

つまり、アルティナの儀式を成功するに際して重要な、精神力に揺らぎの生じる内容を含んでいるということだろう。

「この儀式以後は、俺は俺……、お前はお前……、それぞれ別の道を歩み、交錯する時は個と個の事情が交錯する時のみ、その立場に弟子であった経緯も、師匠であった経緯も、入り込む隙は無い」

今回のアルティナ儀式が、僕とスライドの別れを告げるものになるであろう予感は、この聖クリス教会大神殿に向かう途中からあった。

でも、スライドの口からそんな言葉を聴くと改めて寂しさがこみ上げる。

僕の中には、スライドと親父の存在が限りなく大きく、そして、果てしない目標として存在しているからだ。

アルティナの壷に魔力を注入する作業もそうだ。

本来なら教会の司祭が魔力の注入を行うことが通例だが、スライドはその必要はないとして、自ら注入を行っているし、その注入する魔力量は僕の想像しうる量を遥かに超えている。

「そんな言葉を聞くと、正直なところとても寂しいよ。でも、じゃあ何でなんだい?このアルティナの壷には通常の倍は優に超えるだけの魔力が注がれていると思うよ」

ほんの少し、スライドの口元が持ち上がったように見えたが、何を意味するのかは、わからなかった。

「以前…、メリッサの森の木に結んだリボンの話しはしたな」

僕は頷く、それは僕の、アルティナの儀式の成功を表現したもの。

ただ広大としか表現出来ないような広くて深い森のただ一本の木に結ばれたリボンの話。

「楽観するつもりはないけど、そのリボンもかなり大きくなってきたってことだよね?」

スライドは僕に背中を向けるとアルティナの壷に近づきながら僕の言葉を引き継いだ。

「いや…、それは違う。今の時点で森の中のリボンだ。通常の魔力でいいなら確率はリボンから髪の毛にまで落ちる」

あまりにも低い成功率、でも、無駄な抵抗と知りつつも魔力注入を行うスライドの気持ちが嬉しい。

「僕は信じるよ、スライドはずっと僕の師匠だって」

「ふん……、お前の仕事は、お前の持っている精神力の全てを使い切って事に望む、それだけだ」

スライドはそう言って魔力の注入を再開した。

少し…、ほんの少しだけ気持ちが楽になったことを感じ、今の会話が無駄ではない事を実感する。

僕ができることを今の僕がやるだけ、そんな簡単な問題ではないのかもしれないが、気持ちが楽になった分集中力も上がるだろう。

僕は再びアルティナの壷を覗き込むと、その奥へ精神を集中させていった。


いよいよ次回で長かった序章が終了します。


そして次回では、世界も展開もすべてが変わります。

今までの登場人物は一人も出てきませんので……、


お付き合いよろしくです。

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