序章その5
法王ネレクとソードマスター・ガーレンと私の、三人のお茶会から数刻後、私は再びガーレンと供に居た。
アルティナの儀式に望むための数日間の自室。協会の者のほぼ全員が窓の無い部屋を自室としている事から見ても、ここは教会の中でも特別な場所だ。
夕闇にぼんやりと光る街の灯りが、森の向こうに見える。
そして空には二つの月が浮かんでいる。
時折夜空を横切る流星は、明後日の夜に最盛期を迎える。エランとマナ、二つの満月。まるで星が降るようなこの3年に一度のショーが私は大好きだ。
遥か、数百年昔の天文学者にして数学者、『星見のラナリス』が記した『地動球状論』によると、この大地は丸く、その周りをエランが周回するとされている。
そして我々を乗せた大地は中心に向かって引き寄せられる力によって我々をこの大地に留め、太陽の周りを周回する。
太陽の周りを周回する球状の大地は複数あり、3年に一度その一つであるマナが接近する。
これが我々の二つの月と呼ぶエランとマナの姿であると記されているのだ。
にわかには信じがたいこの理論は、時の学者によって異端視されたが、彼の作り上げたエランの動きを一つの単位として捉える暦は正確に一年を記していた。
この『エランの暦』が浸透するにつれ、彼の異端と呼ばれた理論は極めてスタンダードなものとして捕らえられるようになっていった。
そんな事を思いながら天体ショーのプレリュードを眺めていると、ガーレンが思い出したかのように手をたたいた。
「そぉだ!忘れていた。バ~ナック、君の持ってきた仕込み杖を見せてくれないか?」
もう数年も前になるだろうか、ガーレンの依頼を受けて作った仕込み杖のことだ。
私は机に立てかけてあるそれを包みから取り出してガーレンに手渡した。
全長は私のつま先から胸ほど、握りの部分は少し細く出来ているが、一方は細く、そして上部は子供の頭くらいの大きさのふくらみを持たせてある。
一見木製の杖のように見えるのだが、上部のふくらみは螺旋状のジョイントによって接合されており、杖の部分には金属の筒が仕込んである。
ガーレンの依頼を基礎に私が調整したものだが、このような道具を考え付く彼の発想力には舌を巻かざるを得ない。
ガーレンはこの道具を私に作るように指示したのだが、受け取ろうとはしなかった。
そして今回のアルティナの儀式に望むに当たり、持ち込むことを強力に勧めた。
私の若かりし頃、こういったガーレンの理解不能な先見に対して、疑問に感じる事が多かったのだが、今ではそれを疑問と思うことはなくなっていた。
いや、正確には未だに疑問に思っているのだが、なぜか追求する気が起きないといった状況だ。
そのあたりについては机の上に有る一冊の本にしたためておいた。
私の回顧録と、私の魔法に関する考え方と、私の持っている魔法に関する技術と、私のアルティナの儀式に関する考えと、この仕込み杖の使用方法と、そしてソードマスター・ガーレンに対する疑問と一つの考察。
私とガーレンが出合ったばかりの頃に彼の語った「いずれ君もアルティナの儀式を受けるときが来る」と言う言葉が、いつ真実になってもいいように書き連ねてきたものだ。
彼の言葉は正しかったし、きっとこの仕込み杖も使う事となるのだろう。
「かなりの出来だな…。バランスも良い」
ガーレンはそういうと仕込み杖を私に差し出した。
私はそれを受け取ると再び包みに戻す。
「さて、じゃ、法王ネレク様に接見でもしてくるか」
包みを立てかけるのを待ってガーレンはそう切り出した。
接見の儀を経て3日間のアルティナの儀式に入る。
ガーレンの後に続きながら、私は懐の宝石たちにそっと触れた。
少年時代の私は神童としてこの協会でおそらく一番目立つ存在であった。
だが儀礼重視の当時の法王は私のことが煙たかったのか、些細なミスを糾弾し、外部と接触する事の無い協会最深部の書庫の番をする事となった。
光のある世界から隔絶された禁断の書が並ぶこの書庫の番人と言うものが、私にとってすばらしい職に思えたものだ。
思うが侭に書を読み漁り、禁断の魔法を我が物としていった。
結局はその行為が原因で極刑に処される直前、ガーレンに救われ現在に至る。
この宝石はそのときに得た知識の一つ、『刻印魔法』の媒体として使ったものだ。
宝石を1つ、アルティナの壷に投じて、魔力の封印を徐々に解除してやれば私の現在の魔力を浪費することなく、儀式の準備をする事が出来る。
でも、私はさらに魔力を注入するつもりで居る。
限りなく無に等しい可能性であっても、一筋の光さえ存在するのであれば、その努力を私は惜しまない。
諦めと、覚悟は仮初めのものだ。
私の本性は限りなく諦めが悪い。
失敗した時のための、私への伝言となる一冊の本。成功するための過剰なまでの魔力注入。
この辺りが雄弁に物語っている。
全ては後の憂いを断ち、これより始まるアルティナの儀式に全身全霊を注ぐが為。
そんな決意に似た思いを心に秘め、私は『接見の広間』の前に立った。
ガーレンが、しなやかな身のこなしで私の前に出ると扉を内側へ押し開く。
私が視線を振ると、軽くウインクして口の端を持ち上げた。
彼らしい別れのあいさつなのかもしれない。
『接見の間』の最深部には、法王ネレクが柔和な笑顔を湛えている。
その手前にはこちらに背を向けた4人の若者が見える。
つくづく歳をとったものだとため息一つ吐いて前に進み出た。
右端に居るのは、若くしてすでにソードマスターとして称えられている英雄、アレン。本人を直接目にした事は無かったが、想像以上に小柄な青年だ。
その隣に居るのはケリーだろう。まだ少年の面影を残していたときに目にした事があったが、それ以来なので、記憶と重ならない部分が多い。
さらに隣は、間違いなくヒミカだ。すらりとしたしなやかな体つきに踊るような赤い髪。体のラインを強調しているかのようなその服は、卑猥さよりも一匹の肉食獣を連想させるから不思議だ。
末席に加わりながら私の隣の少女を盗み見る。
私の行った悪行の中でも彼女に対する仕打ちが一番ひどいことなのかもしれない。記憶の封印により、過去を失った少女は、過去に束縛され輝ける未来を選択することなく現状にこだわり続けている。
もし叶う事ならば、今すぐにでも記憶の封印を解除してしまいたい。
でも、その方法は私の読み漁った本達には記載されていなかった。
「よくいらっしゃいました。アレン、レロイ、ヒミカ、エレン、そしてバナックよ」
ネレクの口調には特別な感情は無い。
あるのは法王らしい威厳に満ちた雰囲気だ。
「本日、今まさにこの場に居る皆さんに、改めて問う事を愚とも思うのですが、これよりアルティナの儀式に望むに際し、過去を顧みない覚悟はおありか?」
その言葉に、私を含めそれぞれが、うなづいていく。ただ一人を除いて…
「法王様、私は顧みます」
誰あろう、まさしくそれはエレンだった。
おそらくこの場に居る誰よりも過去を欲する彼女の、それは心の叫びだ。
私の、胸の奥の傷がうずく。
「エレン、それもまた良いでしょう。あなたの進む先に光があらんことを祈ってやみません」
手をかざし、ネレクは宣じる。
それを受けて、エレンは膝を着き、頭を垂れ、
「ありがとうございます。私は私の全てをもって儀式へ望む所存にございます」
と、誓いを立てた。
「それでは皆さんの、儀式に対する思いは私が承りました。これより3日間、アルティナの儀式を開始いたします。3日目の夜、皆さんのお好きな頃合を計り、儀式を完了させてください」
アレンは剣を胸に掲げて、その言葉を受けて踵を返した。
ケリーは直立のまま目礼して立ち去っていく。
ヒミカは綺麗な仕草で一礼すると一瞬のうちに視界から消えていた。
私は今だ誓いの仕草のまま黙祷しているエレンを尻目に軽くネレクに微笑むとその場を立ち去った。
意外なほどに短い接見の儀、これもネレク儀礼を排するやり方の一端なのだろう。
これからの3日間に思いを馳せながら、私は出口をくぐり、儀式用にあてがわれた部屋に足を向けた。
本当に序章地獄です。
実はまだ続きます。
結果的に序章8割なんてことにならないよう、がんばります。




