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序章その4

柔らかな日差しの午後、私は茶を片手に菓子をつまんでいた。

鮮やかな広葉樹の枝たちを介した木漏れ日は足元の緑とあいまって目にも心にも優しい。

深い森の中に住んでいるものの、本に囲まれた書斎の中でほんの一時の贅沢を味わうのが私の茶の習慣なので、満たされすぎた環境ではかえって落ち着かないと言うのが本音だ。

でも、もう一つ落ち着かない原因がある。一緒に茶を飲んでいる人物の事だ。

「どうだいバナック、この菓子は。昨日作ってみたんだ。」

これが現法王ネレク様というのだから困ったものだ。普段の重厚さなんて欠片かけらも無い。

「ネレク、とてもおいしいよ」

彼とはもう長い付き合いだ。法王就任を機に『ネレク様』と、言うようにしたのだが、彼の性格がそれを許さなかった。

そしてもう一人、こっちのほうはもっと困った人物だ。

「こっちの菓子は俺用に作ってくれているな。苦味が良い」

菓子をつまんで満足そうだ。名実ともにこの国の剣に生きる者の頂点に立つ者。ソードマスター・ガーレン。

いくら昔のよしみだからと言って、こんなところで剣の頂点と魔法の頂点という二つの違ういただきの征服者と一緒に茶を飲んでいる、そんな自分が非常に場違いに感じてならない。

「解るかい?煎り黒豆の搾り汁を加えて味を調えてみたんだ」

『天は二物を与えず』といった言葉があるが、ネレクに関しては料理の道でも大成していたかも知れない。

「料理って奴はね、調和なんだよ。1+1はね、1の世界なんだ。1と1が奏でる新しい1と言う音色なわけさ」

こんなところで、ネレクの根幹を見ることになるとは思ってもいなかったが、そんなネレクの言葉に私は、つい口を挟んだ。

「それは魔法の理論と一緒だね」

この国で進化した魔法体系、物質に対して魔力を使用し、その物質に効果を与える魔法体系だ。

この国では『魔法』と、一言で済ましているが、他国では『物理魔法』と言われている。

いつの時代からかは定かでないが、教会は『物理魔法』以外の魔法がこの国に広がらないように常に注意を払っている。

そして、物理魔法以外のあらゆる魔法を書物として教会の最深部に保管している。

そういった影響もあるのか、この国の周辺国も『物理魔法』を主とする国がほとんどだった。

「ほぉ、興味深いな」

手のひらに収めたカップから茶をひとすすりしてガーレンが視線をこちらに向けた。

「法王様と双璧をなすもう一つの頂点、森の賢者様が語る魔法の理論だ。これに無関心な奴なんてこの国にはいないぜ?」

自分がこの国の魔法に関する頂点であるということは、私自身が否定しているところだし、ガーレンには何度と無くそう言って聞かせているはずだ。

この二人は人の話を聞くと言う才能に欠けているとしか思えない。

以前私の事を『森の賢者』と呼ばないで欲しいと言った事があったが、「いいじゃないか、偉そうで」こんな言葉が返答だと言うのだから頭が痛い。

偉そうな肩書きは私に不釣合いなので、やめて欲しいと言う思いはまるで伝わらなかった。

「ガーレン、あなただって知っているはずの事だよ」

ガーレンは、そう言う私から目を切ろうとはしない。

彼とこうしてのんびりとするのは久しぶりだが、彼の悪い癖は治っていないようだ。

私にとっては最悪の癖だ。

こともあろうに、彼は私の講釈を聞きながら居眠りをするのが好きなのだ。

ため息一つ。

もうかなり以前から私は彼が望む全てをする事に決めていた。

せめて、子守唄のかわりになるように、そっと語り始めた。

魔法の理論と言っても小難しい話ではない。

たとえば『岩』、この岩を岩としている概念に手を加えることが魔法だ。

たとえば『火』、これも同様、概念に手を加えることで形を変え呼び起こす。

火は、『高温』で、『燃えるもの』があり、『燃えるための適切な場所』が存在すれば火として存在できる。

逆に唱えるなら、そのどれが欠けても火と言う存在は火として存在を保てなくなると言う事だ。

炎の魔法はこの3つを用意することで完成する。

『燃えるもの』は触媒だ。長持ちこそしないが、たとえ綿屑一つでも代用が可能だ。

『燃えるための適切な場所』は通常の生活環境であれば問題ない。

ただし、炎を強く保つためには空気中の炎を加速させる物質が必要となり、その物質は私たちが生きる上で必要な物質である事が過去の実験によって証明されているので、注意が必要だし、余計なことさえしなければ炎は確保できる。

最後に『高温』、ここが一番魔力を使用するポイントだ。

如何に、高温を導き出すかが魔術師の腕の見せ所となる。

今主流となっているのは、まわりの空気を圧縮して高温を作り出す方法だろう。

しかし、急を要する場合はその制御が難しく自らの生存環境が空気を一点に集めることで失われ、風の刃で自らを切り刻む結果となることが多々ある。

私の場合は『燃えるもの』である触媒に高温のための触媒をつけて炎の魔法を行っている。高温のための触媒は金属の粉。こいつの中にある小さな粒を大量に捻ってやると高温を発生させる事が出来る。

以前お湯を沸かす魔法を使っていたときに応用を思いついたものだ。

お湯は水の中にある膨大な粒を揺する事で出来上がる。

それと同様のことをあらゆる物質で試し、検証する。1と言う神秘を生み出すが為の1+1、それはまさしくネレクの言う料理の世界と同じだと思う。

そんな話を、ゆっくりと語り締めくくったところで、ネレクの手から拍手が漏れた。

「バ~ナック、相変わらずだね。さすがは僕の心の師匠だよ」

私が恥ずかしくて顔を背けたくなるほどの満面の笑み。それにつられるようにガーレンの目がゆっくりと開かれる。

「ネレク、全ての教徒の師である君が軽々しく言っていいことじゃないよ」

「それは否定しないよ。でもさ、バナックの講座がこの協会にあれば、司祭にまでなれる修道士・修道女が倍になるのにね」

倍になったところで門は狭い。年間約20人程度の者しか司祭にはなれない。

そして20人のうちこの協会で過ごす事がかなうのは1名ないし2名。

それが倍になると言うのは、私の講座が彼らのプラスになった場合の話だ。

「自信も無ければ、実力も無いよ。私はたった一人の弟子ですら満足に育てられなかったのだよ?」

事実、私は弟子へ必要な事全てを伝授できていない。

そして修行をなかばで彼は失踪しっそうした。

以来、滅多にメリッサの森から外へ出ないので、その彼の行方については知りえる機会も無かった。

そんな私がこの協会で講座を開くなど、冒涜ぼうとくと言うものだ。

「相変わらずだなぁ、その過小評価はバナックの悪い癖だよ。少なくとも、僕の知っている限りにおいてバナックは最高の魔術師さ」

あまりにも恥ずかしい言葉に、思わず音を立てて茶を飲み干した。

「最高の魔術師は、協会の長である法王様、で、あるべきだと思うけど?」

「ふるいな~、協会はね、僕が法王になった時から変わったんだよ。僕はねぇ、最高の魔術師なんて興味ないんだ。最高の指導者にさえなれればいい、何人優秀な人材を出したかが僕の評価なのさ」

確かに昔の協会の権威主義的な発想はネレクには向かないだろう。

見た目の良い果実よりも良く熟れた果実を採る。

真理を見抜く力の高かったネレクならでは、この発想が無かったら協会はこうも変わらなかったかもしれない。

ネレクが法王に就任してから数年で、協会は儀礼の場から治療の拠点へと姿を変えている。

そしてこの神殿は治癒魔法を窮めるが為の聖地であり、あらゆる魔法を収納する倉庫でもある。

それゆえ、優秀な人材がこの神殿には多数居る。

「エレンは…、元気にしているのかい?」

何年前になるのか記憶していないが、ガーレンに請われ少女の記憶を封印した事がある。

その時ガーレンはこの神殿に預けるつもりであると言っていた覚えがある。その時につける予定の名は『エレン』と聞いている。

茶色い髪が美しい穏やかな瞳が印象的な少女だった。

その印象が着ていた服を含めて貴族の娘であろう事が容易に想像できた。何をするにも秘密主義のガーレンは相変わらず口が重く必要な事以外は口を開かない。この時もため息一つで深く推察すれことをやめ、依頼に取り掛かった。

あの時の彼女の器なら、そして実力主義のネレクなら、今は神殿の中でかなりの立場になっているやも知れない。

人の記憶を操作する禁忌を行った身としては会うこともはばかられるが、気になるところだ。

「エレンさんかぁ、こと、治療に関してはこの神殿でも随一だと思うよ。もっとも、まだ修道女だけどね」

「ネレクは振られ続けていると言う訳だ」

ネレクの言葉とガーレンの追い討ちは意外だった。立場上ネレクは法王だから、直接修道女と会うには、はばかられる。だが、ネレクのことだ、直接ではないにせよかなり熱心に勧めたのだと思う。

そんな誘いを袖にするような娘とも思えないのだが、何がエレンにそうさせているのだろう。そんな疑問が顔を出したが、続くネレクの言葉が全てを語っていた。

「これに関しては、バナックを恨みたくなるね。エレンさんはね、記憶が戻ったときに、すぐに、行動に移れるように、教会の拘束を受ける司祭にはなりたくないと言っているんだよ。もちろん、ただで居させるわけにも行かないんだけどね、時間の都合がつけば街の協会まで行って病気や怪我に苦しむ人たちを治している。そんな協力があったら居留を条件に強制的に司祭にするわけにもいかない。もう何年修道女やってるんだかわからないよ」

つまり、私の施した記憶の封印が原因のようだ。

「でもね、もう心配なんて無いよ。過去の文献をひも解けば、片腕の欠損すら補ったと言われるアルティナの儀式だからね。儀式の後でアルティナ神殿に行って解放の儀式さえやれば、どんな封印だって強制解除だと思うね」

希望的観測だらけで頭が痛い。それよりも何よりも!

「アルティナの儀式?!」

押さえるように語ったつもりだったが意外に大きな声が出てしまった事に自分でもびっくりする。

「ガーレンに聞いた話では、私とアレンだけだったと思うのだが…」

「言いそびれていたよ。エレンもやることになってるんだ」

そんな、ガーレンに今度はネレクがたしなめるように言う。

「それだけじゃ言葉が足り無さすぎるよ。アルティナの儀式に望むのは5人だろう?バナックにアレンくん、レロイくんにヒミカさん、そしてエレンさんだ。なかなかのメンバーだと思うよ」

ヒミカはマナの一族の中でも極めて優秀な女性と聞く。もちろんガーレンの受け売りだ。

それにしてもレロイという人物に心当たりが無かった。

森の外の情報には疎い私だ。それも当然かもしれないが、4人のうち3人の名を知っている事から、彼にもどこかしらかで接点があったのではないかと思いをめぐらせた。

そんな私の思いを察してかガーレンが言葉を足した。

「ケリーの事だ。彼も過去を失っている」

黒髪の少年で剛の剣の使い手に思い当たる人物が居た。不肖の弟子の仕業だろう。

それにしても、気になるのはエレンの事だ、ネレクは忘れたのだろうか?

解放の儀式の方法を。

そしてあの恐ろしい門番の事を。

以前はガーレンの剣のひらめきにより事なきを得たが、記憶の封印を解くために解放の儀式をやるつもりなら、彼女の記憶を封印する必要も無かったし、ましてや私がアルティナの儀式に望む事すらも疑問だ。

「さて、それよりも、だ。森の賢者様と法王様の魔法談議の続きと行こうじゃないか」

私は首を横に降ってガーレンに視線を送る。

「それよりもね、私はもっと気になる事があるよ」

言葉を区切り、ガーレンの視線に対してまっすぐに姿勢を正す。

「そろそろ教えてくれても良いのではないかと思うのだが…君の真意をね。」

ガーレンが口を開くまでに、ほんの少し、空白の間が生じる。

「手品って言うのはタネを知られると滑稽に見えるものさ」

ガーレンはそう言って、手元の菓子を口に放り込んだ。

口癖ではないのかと思うほど、私のまっすぐな質問にはこんな答えが返ってきたものだ。

だが、今回は続があった。

「それにな、今は言えないだけだ。小満月になる頃には、全てがわかっているはずだ、俺が言わなくてもね」

「約ひと月後か~。明後日の大満月じゃダメなのかい?一ヶ月っていえば45日だよ、まだずいぶんと先の話じゃないか」

ガーレンに対して不満を漏らしたのは、ネレクだった。

その不満をよそにガーレンは残った菓子を全て口に放り込むとそれを茶で流し込んだ。

「悪いが語るにはまだ早い。新しい英雄譚の誕生と供に俺の真意は伝わるからそれで勘弁してくれ」

ガーレンは、そう言って席を立つと、手をひらひらと泳がせて立ち去っていった。

「逃げられちゃったね」

そう語るネレクの手がポットにかかる。そして呪文詠唱、水をゆすりお湯に変える。

馴れた手つきで茶器に注ぎ、軽く一回、湯をめぐらせるような動作をした。

「ここでしばらく待つのがコツなんだよね。こればっかりは魔法でもダメ。茶葉が自然に開いて、お湯においしさを分けてくれる。それまで待つ。それが一番おいしい淹れ方なんだ。もっとも、僕はせっかちだった頃の癖が抜けなくてね」

先程のお湯をめぐらせるようなしぐさをしてみせる。

「ま、それも愛嬌、勘弁してちょうだいな」

茶を注ぎ始める。細く、ゆっくりと、次第に茶器が高くなっていき、すうっと下に降りて注ぎ終わる。このやりかたが茶に空気を含ませまろやかさを出すのだそうだ。

今のネレクの話は、先程のガーレンとの会話と符合する。気の置けない間柄なので、普段から自分の思いには忠実だし、謝る事を憚る(はばかる)間柄でもないが、たまにこういった会話の中で謝罪する遊びをネレクは好む。

そんな行為も私にとっては楽しみの一つだ。

「ネレク、アルティナの儀式が完了した時、このお茶会を忘れているかと思うと残念だよ」

おそらく揺るがない一つの真実。

「どうしたんだい?相変わらず弱気だね。君のいつもの理屈はどうしたんだい?」

ネレクはいつもの調子で返す。右手が滑らかに動き私の前に茶を運んだ。

飲み頃らしい。私は一口飲んで言葉をつなぐ。

「未来は無限に存在する分岐点を通過していく、と、そういう奴だったかな?」

答えの無い問題が目の前に現れたとき、その答えは無限の可能性の中にある。その無限の奇跡を一つ一つ選択していく事で今がある。

「そう、それ。バナックは決定事項のように語っているけど無限の分岐点の先は読めないよね?」

まさかアルティナの儀式の総元締めとも言える協会で、アルティナの儀式について語るとは思っても見なかった。

「私の理屈が正しければ…、いや、たぶん正しい…、アルティナの壷は望む者を見せてくれると、考えている」

「望む者?」

「私は精神力が弱い。だからそれを埋めるだけの人物と融合したいと思っている。それが私の望む者さ。でもね…、精神力こそがこの儀式の要なのは知っているね?」

アルティナの儀式の要ともなるアルティナの壷に満たされたアルティナ湖の水への魔力の注入。魔力は基本的に特別な意思を持たないが術者の意思がその魔力に乗る事は充分に考えられる事だ。だからこそ他人の魔力に頼らずに自分の魔力のみで儀式を執り行う事が成功率を高める。

そうして魔力の蓄えられた壷に自分の意思を乗せて儀式を行うのだから無限の分岐点が一本道になるのは自明解だ。

未来は偶然の積み重ねだが、結果は必然。

私の望みは強い精神力だ。ならば私よりも強い精神力を持った相手を取り込むことは無理というものだ。

ネレクなら、私の短い説明でこの辺りの事は察しがつく。

「そぉかぁ…、じゃ、しばらくお別れだね」

「うん、そうだね…」

願わくはそうであって欲しいものだと、私は心の中でつぶやき、ネレクの微笑みに答えた。


その4まで来ましたが、

まだ序章です。

全部序章で終わったら困るのでそのうち適当に章を始めますが、

まだ序章は続きます。

こまったものだ。

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