出発編その6
アルティナの儀式から4日目の夜、僕はガーレンたちと食卓を囲んでいた。
この協会の部屋すべてを見知っていたわけではないが、この部屋に入るのは初めてだった。
質素を絵で書いたようなこの協会らしからぬ豪華な内装をしつらえた部屋だ。
毛足の長い赤絨毯、壁やテーブルに据え置かれた蜀台、あいまいな記憶の中から、王宮の控え室という言葉を引っ張り出して納得する。
改めて視線をめぐらせ、小さなため息をついた。
相変わらず、敵意むき出しのヒミカの視線と交錯したからだ。
その他の、この食卓に並んだメンバーは、今まで食事を別にしていたレロイ、エレン、バナック。
先般のアルティナの儀式に望んだ全員がここにそろっている事になる。
大きな体で、落ち着き無く幾度も座りなおすレロイは、こういった所に慣れていないのだろう。
エレンは、静かに目を閉じている。
バナックは、落ち着いたそぶりでイスに座り、ガーレンを見つめていた。
まるでこの場で第一声を放つのはガーレンであることが当たり前のような、その目に、再び僕はガーレンに目を走らせる。
確かにそうだ、少なくとも僕は彼の使いにこの部屋に来るように言われ赴いたのだし、ほかのメンバーにしてもそうだろう。
僕もバナックに習い視線をガーレンに注いだ。
僕からヒミカまで、全員視線を投げかけるとガーレンはゆっくりと口を開いた。
「良い話と、ものすごく悪い話があるのだが……、どっちから聞きたい?」
一瞬、思考が止まった。
対になっていることはなっているけれど、バランスが悪いにも程がある。
「じゃあ、良い方の話でたのむ」
それにほぼ即答するレロイにもびっくりして視線を向けた。
「いいね~、即答結構。まあ、内容は変わらないが、その判断の速さは評価に値するね」
ガーレンは笑顔を作ると言葉をつなぐ。
「今日の料理を見てもらえるかな?ずいぶんと豪華な料理だろう?」
僕たちの目の前には、何品もの料理がおかれている。
素材の知識など無いので、どのような食材をどのように調理したものなのかについては皆目見当がつかないが、目にも鮮やかなその料理たちの香りは鼻腔をくすぐるものだ。
「この料理はな、年に一度くらいしかここに来ない幻の料理人の作品だ。この人がな、明日の弁当を作ってくれる。体力回復の丸薬付でだ」
どうだ、良い話だろう。
と、言いたげに、ガーレンは視線をめぐらせた。
……、今のは良い話だったのだろうか?
「私は……、うれしい話に入ると思うよ。特に丸薬についてはね、でも……、悪い話というのはその丸薬が必要になるほどのことなのかい?」
バナックの言葉に、彼ら以外の全員が異なる感想を持ったようだ。
二人の間を彷徨わせるその視線が示す。
「さすが森の賢者バナック様だ。核心を見抜く力は変わってないな」
それを肯定するガーレンの言葉が、違和感を伴わせ僕の中を巡る。
二人の話をそのまま捉えるならば、鍵になる部分は体力回復薬が必要であると言う点だろう、さらに弁当と言う言葉もはずせない。
「明日の今頃は旅の空、そう考えて良いのしょうか?」
僕の中にひとつの答えが浮かぶ。
ガーレンの思い描くストーリーの歯車が動き始めたと言う事なのだろう。
「ワケわかんねぇ」
レロイは腕組みをしたままそうもらした。
「自分たちで勝手に納得しているようなら、この場にあたしが居る意味なんて無いと思うが、いかが?」
ヒミカは僕に鋭い視線を投げかけると、ガーレンに言う。
まったくもって心外なことだが、僕はヒミカに嫌われているらしい。
しかも初対面から。
だから僕が彼女に何かしたことが嫌いな理由ではないのだと思う。
おそらくアルティナの儀式の前に僕とヒミカに何かあったと言うことだろう。
アルティナの儀式は、心の中に刻まれたものはたとえ失敗したとしても残ると、ガーレンから聞いた。
その残滓が、ヒミカの今の心のありように反映していると言う事なのだろう。
訳も無く人に嫌われるのは、さすがにいい気分ではないが、ヒミカと二人で直接会って話す気にはなれない。
あれから数度、ヒミカと模擬戦をする機会があったが、その結果からして彼女の望んだ結果には程遠いはずだ。
「いや、ヒミカすまない、本当に悪い話なんでね、少し言葉遊びでもしようかと思っていたところなんだ」
ガーレンのこれは間違いなく禅問答だ。と、僕の中に言葉が浮かんだが、その言葉を補完する言葉は見つからなかった。
僕の隣に座っているバナックは、軽く伸びをすると口を開いた。
「ガーレン?そろそろ悪い話の核心と行こう。私はそろそろ料理の味を知りたくなってきているんだよ」
ほんの少し、ガーレンの顔がほころぶ。
「答えは8000万。この国の通貨でね」
8000万と言うのは金額のことなのだろう、息を呑むのは、レロイだけ、おそらくほかのメンバーはその金額の価値について、僕も含め理解できていないようだ。
「なっ、なんだそりゃ、俺の村の予算つっても100万ってところだぞ?」
「そう、大金だな。それもそうだ、君たち全員の命の値段だからな」
僕は、ガーレンのその言葉が、あまり現実的なものに聞こえなかった。
命に値段など無い。
誰もが持っている、命と言う名の宝物。
これに値段をつけること自体が愚かな行為だと思う。
僕はなぜ自分の命に値段がついたのかに気持ちが向くまでに、命に値段をつけることの愚かしさについて思いをめぐらせた。
しかしレロイは違っていたようだ、
「冗談じゃない、意味わかんねえって!賞金首になっちまった、って言うんなら別だが、そんな覚えは無いんだよ!どういうことだ、ガーレン!」
イスから立ち上がると大きな声で言う。
そんなレロイに、ガーレンは静かに口を開いた。
「うん、まさしくそのとおり、賞金がかけられたよ……、もっとも、この国の王は君たちに賞金をかけるほど愚かではないけどね」
「……、隣の国の王様だね?」
バナックの言葉で、頭の中のキーワードがつながる。
『アルティナの儀式』と、『アルティナ湖の水』と、『隣国との長期の戦闘』と・・・・・・。
隣国との戦闘はアルティナ湖の水を巡ってのものだと聞いた。
アルティナの儀式を経たものは常識を超えた戦闘力を発揮する。
つまり、僕たちがその戦闘に参加することに対して危惧を覚えた隣国の王が、僕たちを亡き者にするために賞金をかけたと言う判断なのだろう。
そうなると僕たちはこれから国同士の戦争に参加することになるのだろうか?
「まさしくそのとおりだ、バ~ナック、相変わらずの鋭さだよ」
「なおさら訳わかんねぇ!」
レロイはテーブルを大きくたたく。
「アルティナの儀式をやると、なんで隣の国が俺に賞金を掛ける理屈になるんだ?!」
レロイの言葉に、ガーレンはしばらく中空を見つめて指を一本立てて白い歯を見せた。
「バナック、君なら理解出来てるだろう?ちょっと説明してもらえないか?」
なんとも場違いな笑顔に、レロイも口をつむんだ。
「ガーレン……、結論から言えば、君のせいなんだろう?」
僕の考えている内容とは微妙に食い違いを見せるバナックの言葉に、興味が移る。
「おそらく、君が5人を選んだことが漏れ伝わった、それが原因だと思うんだよ、戦時中の敵国であるわが国の、一番の英雄である君が人選してアルティナの儀式に望ませた5人、ここまで話が伝わったとすると今回の戦争に投入するためと考えるのが当然だろうからね。でも、君の真意はそこにはない、もしそうだとするなら王宮関係の……、たとえば近衛兵あたりの姿を一度くらいは見てもおかしくないと思うんだ。だからこそ、君は私たちを集めた目的とか、今後の活動方針とか、そういったものをここで語るつもりなんだろう?」
ここ数日ずっとはぐらかされ続けた答え、僕たちに何かをさせたがっているガーレンの胸の内。
「だったらガーレン!、すぐにでも教えて」
鋭い目つきでヒミカがガーレンを見つめる。それに習うように僕も、レロイも、エレンも視線を再びガーレンに寄せた。
ガーレンはそんな視線を軽くあしらうように少し目を伏せてから全員に視線を投げかけて口を開く。
「なあに……、そんな難しい話じゃないさ」
一瞬言葉を切り再び僕を含めた全員に視線を振る。
緊張した空気が漂い、レロイのつばを飲む音が耳元で聞こえるように大きく感じる。
「『アルティナの神殿』に行って『解放の儀式』をして帰ってくるだけの用事だ、もっとも、その前にちょっとした仕事があるが、それは神殿の中で教える」
内容はそれほど大変なものではないように感じた。だが、神殿の中という言葉に心の中の何かが警鐘を発する。
「なに無茶言ってんだ!」
叫ぶレロイの顔色が良くない、
「ブルーズとフォルスト、アルティナ伝説の伝説の従者が守る神殿だぞ?俺が知る限りあんたしか突破できない奴等を俺が突破できるわけ無いだろ!」
つまり、この二人は、ただ一人を除いたこの国のあらゆる強者と戦い勝利を収めたということだろう、僕の中の二人の僕をそれぞれの人格に戻し、それでいて儀式を行ったアレンを納得させるのならこれ以上の試金石はいないはずだ。おそらく言葉のイメージから見ても『解放の儀式』は僕たちを分かつためのものなのだろう。
目標が出来るということは、目の前が明るくなるものなのだとこのとき初めて知った。
ヒミカもエレンも同様に見える。二人とも何か心の支えを得たような、そんな雰囲気だ。
だが言葉が止まらないのはレロイだ。
「恥ずかしい話だがな!俺は『姿無き者』に2年前やられてんだ!」
聴きなれない言葉に視線をバナックへと移す。
バナックはレロイの言葉を引き継ぐように口を開いた。
「『姿無き者』、ある程度名が知れる剣士の前に現れる幻の剣士だよ」
「見事な勝ちっぷりを見せるとな!アルティナ神殿に誘ってくれると言う奴だよ!あの野郎言いやがった!噂だけの奴か、ってな!たぶん奴等のどっちかが来たんだ!アレの倍強いとなれば腰も引けるぞっ!」
レロイの強気な腰の引けっぷりは、彼の性格と相手の強さを伺うのに充分な材料となった。
しかし、相手が強いことよりも、僕には目の前にある希望のほうが大きい。
「私は望みたいと思っています」
静かに、でも力強く、エレンの言葉は僕の心にしみこんでくる。
その言葉の源には意志の力が感じられる。
「私はレロイさんやアレンさん、ヒミカさんのように強くありません。バナックさんのように深い知識もありません。でも、儀式の前の私は自分の過去を欲していました。そんな私が別の世界の私に助けを求めたから今の私がここにいます。今の私は昔の私たちの記憶がありません。そんな私でも、もう一度記憶を無くすことを私は恐れています、それなのに、儀式前の私はそれを望みました。二度、記憶を失ってもなお、自分の過去を取り戻したい。そんな思いが今の私の存在理由なのだと思います。もちろん、別の世界の私も元の記憶を求めていると思います。ですから、私は自分の未熟を知ってなお、『アルティナの神殿』に行きたいのです」
「エレン、僕も行く。失ってはじめて解る。自分の今まで歩んできた道は決してすべてが楽しいものではなかったはずだけど、それでも僕も取り戻したい。」
自分の記憶と自分の場所と。
「ん!ん!、くぞぉ~、泣かせるじゃねえか!」
声のほうを見るとレロイが変な顔でエレンを見ていた。
「解るぞ~、記憶は宝物だ!どんな王国のどんな神秘の宝石よりも!死んでも守らなきゃならねぇんだ!」
死んじゃダメだろ、でも言いたいことは良く解る。死を賭してなお守るべきものの一つであることに間違いはない。
「よし!俺も行く!」
レロイは背筋を伸ばすと大きくこぶしを突き上げた。
「そうだね、私も一緒に行かせてもらうよ」
バナックがゆっくりと口を開く。
一様に同意の声が上がる中、ヒミカは音も無く立ち上がると、こう宣じた。
「あたしは、一人で行かせてももらうよ、あんた達と仲良しごっこをする気は、無いからね」
皆に対して厳しい口調を発したように見えるが、ヒミカは僕だけを睨みつけている。
「マスター・ガーレンの意を汲んで、神殿前では合流してあげるから、それまでは、せいぜい死なないようにしておきなさい」
そう言い放つと、そのまま部屋を出て行った。
場になんともいえない重い空気が流れる。
体感的に長い沈黙を破ったのは、ガーレンの拍手だった。
ぱぁん!と、ひとつ。
これだけで、場の緊張を一気に解いてしまうのだから、見事なものだ。
「さて…と、重い話はもう終わりだ。ヒミカはもう自分の分だけ食べて行ってしまったようだから、残ったものは全部みんなで食べようじゃないか。」
そしていつものように口の端を上げて笑顔を見せると、
「これを作った料理人は、食べ物を残すと怖いからね」
と言ってウインクをした。
これで出発編は終了です。
それと同時にストックが切れました。
申し訳ありませんが、次の投稿は未定です。
それと、物語はいよいよ動き始めますので、次からのタイトルは「編」ではなく、
その回ごとにつけて行きたいと思います。




