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出発編その5

アルティナの儀式から、今日で4日目、認めたくは無いが年はとりたくないものだ。

私がただ歩くと言うだけの行為をこなすために要した時間で、彼らは日常生活レベルのことについては一通りこなせると、ガーレンに聞いたときには、なげいたものだ。

若さと言うものも、一つの才能として認める必要があるのではないかと、思っているくらいだ。

かく言う私も、何とか昨日の夕刻には日常生活レベルまでは、体をなじませることができた。

そこからが大仕事だった。

私の部屋の片隅にすえられた簡素な造りの机の上に、いかにも目に入るようにおいてあった一冊の本。

確信にも似た思いで、それを広げると、内容はその思いのとおりであった。

私から私へのメッセージだ。

私が10代であったころから、現在までの回顧録。

私が身につけている魔法のすべて。

私独自の魔法の使用方法。そして……。

さまざまな内容が細かな文字で一冊の本にしたためられている。

ドアを叩き壊したり、服を引き裂いたりと、自分の体のコントロールができるまでは、本などと言う繊細なものに触れることすらできなかった。

おそらく私から私へのメッセージであろうことも、想像はしていたが、手にした途端、本のかたちを失うのではないかと言う思いが頭をよぎり、手を出すことをためらっていた。

この本を私が手にしてから、翌日の昼間際、つまり現在に至るまで、私は寝ると言う行為を忘れてしまっていた。

複数の蝋燭がゆれる中、二つの月の光に照らされながら読み続け、明け方までにはこの本を読破していた。

面白いように内容が頭に入ってくるのは、私が書いたものだからなのだろう。

本を読み終わった私は、いくつかの小さな魔法を朝食まで練習。

ネレクと朝食後に茶を飲んで、現在は協会上部にある森の小さな小屋の中にいる。

森の中にほんのわずかに開いた空間の北側に、南側を開口部としてその小屋はあった。

小屋、と言っても建物の様相を呈していない。

建物の左右と奥には壁があるが南側については大きく開いたままの状態だ。

作業場なのではないかとネレクに聞いてみた、「実際はそうなんだけど、協会の者は小屋って言ってるから」と言う解答があったが、そんな情報は私の読んだ本には載っていなかった。

ただ、それをすんなりと受けとめる事ができている自分に、アルティナの儀式を経ているのだと言う実感があった。

今朝の練習で、本に書かれている、私の、以前使用することができていた魔法を、いくつか試してみた。

本を読むまでは私の頭の中に知識として形作られることの無かったその魔法が、あっさりと顕現するさまに、驚いたものだ。

呪文も口を開くとすんなりと紡ぐ事ができた。

呪文と言っても、これから私の使用する魔法は『物理魔法』だ。

精神を集中させ、魔力を紡ぐ事が目的となるために、共通の呪文は無い。

私は私の呪文があるし、それが他者と同じであっても、違っていても、作用する力に影響は無い。

ただ、私の魔力を使用する鍵として存在するものと言う位置づけだ。

私は事前にネレクが用意してくれた小石を手に取り、呪文を唱えた。

「赤き炎の髪のアルティナよ我に力を授けたまえ……」

こんな短い呪文を唱えつつ私の指は小石の上を幾度も往復する。

小石を石として存在させるための概念である小さな粒と粒の結合を少しずつ、ほんの少しずつ、切り離して私の思い描く形へ変化させていく。

風が小石から落ちる微細なる粉を運び森へ吸い込ませていく。

程なくして、小指の先程の、木の実の形をした石が、私の手のひらの上に残った。

思わず、満足できるできばえに、軽くあごを引いて口元を緩めた。

次に、小石の傍らにある金貨を手に取った。

この国の標準的な家族の2週間分の生活費に相当するのだと、ネレクは言っていた。

今作った小石に、この金貨を巻きつける、これが次の作業だ。

指の先の空気を圧縮し、その部分から燃焼物質を取り除き、透明な断熱性の高い手袋を作成する。

両手にこれを纏わせたら、右手に金貨、左手にはさっきの小石。

金貨の概念である結合に手を加えやわらかくし、小石をそれで包む。

指先で形を整え、余分な金は指先で丹念にはずし、さらに形を整える。

満足できる形状に加工が終了したので、傍らに配した水桶に、それをそっと落とし込んだ。

ちゅん……

と、耳障りのいい蒸発音をさせながら、黄金の木の実が沈んでいく。

私の本の中では、この黄金の木の実を『ブレッド』と呼んでいる。

注釈に『ブレッド』なのか『ブリッド』なのか、良く解らない。と、書いてあるが、参考とした複数の文献に違う名称で同じ内容が記載されていたものなのか、誰かから聞いたが、よく聞き取れずじまいであったのかは解らない。

おそらく、耳障りのいいほうを私の判断で選択したものだろう。

私は今作り上げたばかりの『ブレッド』を水桶から取り出すと丹念に水気を拭き、ここに持ち込んだ仕込杖のふくらみの一部を開き、押し込んだ。

握り部分にある仕掛けを2度ほど動かすと、かすかな手ごたえがあった。

装着完了だ。

仕込み杖下部のクッションをはずし、小脇に抱えるように数十歩離れた立ち木へ仕込み杖の下部を向けた。

握り部分を、強く握りこむ。

仕込み杖のふくらみに圧縮された高圧の空気が、小気味良い音をさせながらブレッドを押し出す。

『ブレッド』は仕込み杖内部に刻まれたライフリングと言う構造の溝を通過し、強い回転を得ながら空間へ飛び出す。

もっともらしく構造を頭に描いてみたものの、実際は握りこむ行為と、立ち木へブレッドが直撃する音とは、ほぼ同時だった。

本当に私が作ったのかと疑いたくなるような出来栄えだ。

この精度は仕込み杖のバランスの良さに起因しているのだろう。

私は立ち木のところまで行く、小石に被覆させた金貨は驚くほど複雑な形状で木の中へ食い込んでいる。

魔法でめり込んでいるブレッドを取り出した。

基礎となる小石も回収したが、こちらは再使用に耐える形状を保っていた。

回収を済ませ小屋へ向かうために振り返った先に、私はたたずむ人影を見た。

アルティナの儀式のせいだろう、私の視力は驚くほど高い。

フードの奥にのぞくその顔は、見覚えのある顔にも思えたが、私の記憶の引き出しは彼の名を導き出すことを拒んでいた。

私が歩み寄ると、その男はフードをはずし顔をこちらに向けた。

少しほほが落ちていてやせたように見えるものの、印象のとおりとは思えない。

硬くてしなやかな、薄い鋼を幾層にも積み重ねたような、そんな印象の男だ。

「お久しぶりです……と、言っても覚えてはおられないでしょうね。師匠」

私の本の中に、その言葉と符合する言葉があった。

「すると、君がスライドだね?」

私の唯一にして無二の弟子、私の数多くない友人の血を分けた息子。

彼のことについては数ページにわたって記載してあった。

私の本の中でも、個人の情報にかかわる部分では2番目に多い記載量だ。

彼の父はほんの些細な手違いから、私のもうひとりの友人、当時の騎士団長の手にかかり、非業の死を遂げている。

その騎士団長は、事の真相など知る由も無く、そして彼も、弁明することなく、国王暗殺を企てた者として、切り伏せられ、死んでいった。

話はそこにとどまらず、一部の過激な者によって、一族皆殺しの動きもあったが、そんな騒ぎを収めたのは、ガーレンだった。

ガーレンは事の真相を突き止め、騒ぎの収束へ向けて尽力した。

そんな経緯の中、スライドは騎士団長に身元を引き受けられ、ケリーと出会う。

スライドは父親譲りの強力な魔術師に成長、ケリーも父親譲りの剣士に成長し、二人の冒険者は一部の冒険者の間ではかなり名の通ったものであった。

しかしそれも長い間ではなく、程なくしてスライドは私の弟子としてメリッサの森で暮らすこととなる。

「9年ぶりになるのだろうね。私は覚えていないが、私の残した本には君のことも書いてあったよ」

世間と言う荒波を乗り越えただろう彼は、私よりもよほど賢者と呼ぶにふさわしい雰囲気を持っていた。

「それは、ありがとうございます」

9年間という時は決して短いものではない。

その間、ただの一度も私の前に姿を現さなかったスライドが、今、私の前にいる。

これの意味するところについて、素直に考えれば偶然という言葉を介して表現することはいくらでもできる。

だが、この場合は深読みをするなと言うほうがどうかしている。

エランとマナの満月の時期と、アルティナの儀式と、聖クルス大神殿と、確かに複数の偶然が関与している可能性は否めないが、このタイミングで私がスライドと会うことは、私にとって想定しているものではない以上、スライドの側に何らかの意図があってのことと考えるのが必然だろう。

「旧交を温める……、そんなつもりではないのだろう?」

私の言葉に、スライドは口の端を持ち上げて答えた。

「はい。ウィザードマスターの誉れ高い師匠には、自明解でしょう。さすがとは申しません」

「そんな肩書きは、私には似合わないよ。それよりも、私は君に伝えるに足る情報は持っていないよ」

スライドの言葉に対して私の発した言葉は事実だ。

それは、私の想像の域を出ないことだから。

だが、その想像はある程度の確信を伴っていることも事実。

「師匠を相手に手を上げるのもどうかと思っていたのだが……」

スライドの口調は一変した。

私の本に記されたスライドなら、私が情報を提供する意思が無いことくらいは容易に想像できていただろう。

「うん、殊勝な君の言葉よりも、今の、君の口調のほうが、好感が持てるよ」

私とスライドの間に冷たい空気が流れる。

一種の緊張状態だ。

私の情報はほぼすべてが、私の記した本の受け売りだが、それによると、メリッサの森へ隠棲したころから、私は魔法戦らしいものはやっていない。

だが、その知識はすべて引き継がれていると見ていいだろう。

問題は戦闘感とこの体。

おそらく戦いが始まれば私の中の本能に近い部分で、その場に応じた魔法を使用することができるだろう。

だが、魔法は使用者の状態でさまざまな効果を発揮する。

現在は、日常生活に差し支えないレベルまでに達してはいるものの、戦闘と言う極限状態の中で力の加減などできるのだろうか?

そんな自制にも似た気持ちと、目の前に居る敵を打ち倒したいと言う気持ちが絡み合っている。

と、

スライドは首を左右に軽く振ると、一歩下がった。

「いま、師匠とる事は、俺にとって得策じゃないな……」

今回はこれで終わりらしい。

願ってもない申し出でもあり、残念な申し出でもあり、私の心の中で二つの思いが絡み合う。

「どうした?君らしくないじゃないか」

「今、ここに居る俺の目的は、一つじゃないと言うことです。大きく言うと2つの目的……、そのうちの一つが達成できれば、あえて師匠と争わなくとも良い。だが、達成できなくば、やる必要性がある、それが俺の考えです」

なるほど、それならば争うこともないかもしれない。

なるほど、それならばれるかもしれない。

私は、二つの思いを同時に抱く。

「それは、今聞けるのかな?」

「もちろん……、応えてもらいたいですね。ガーレンに関する話で、俺に話せることはないんでしょう?」

私の本の中で、一番多くのページを割いて記してあったのは彼の事だった。私の思いつくさまざまな角度からのアップローチによる彼の分析。そして、思いつくすべての仮説の検証と、その総合結果。

その結果が真実であることが証明されるまで、私はこのことを口に出さないと、出したくないと、本の中で語っていた。

その思いは守ってしかるべきだ。

私は小さくうなずいた。

「そうなると、もう一つの目的ですが……、師匠がガーレンと共に闘ったあの魔法はまだ使えますか?」

「……、ブルーズとフォルストか……」

よもや、スライドが彼らに会っていたことなど思いもよらなかった。

だが、考えが至らなかっただけなのだろう、力を求めるのなら、彼らには会ってしかるべきだから。

「勝ったのかい?」

「もちろん……、門前払いでしたよ。でも彼らと話をしました、切り結びながらね。彼らを破りし者は多くない……、近世ではただの二人。世間一般で知られているのは、ガーレンただ一人だが、まさか師匠が名を連ねているとは思いませんでしたよ」

私の本にもそのあたりの記述があった。

「たいした……、魔法を使ったわけじゃないよ」

「それも……、知っています。知りたいのは、それが今、使用可能かということと、それを使用するための方法です」

彼らと言葉を交わし、そのときのことを聞き出したのなら、興味がわくのも必然だろう。ただ、私にはそれを説明することができない。

「使うことはできるよ。おそらく制御できないだろうから、今見せるわけには行かないけどね。でも、私にその方法を教えることはできないよ。」

「それは……」

「俺がここに居るからって事じゃダメか?」

スライドの背後に立ったガーレンが木の枝をスライドの首元にあてがっていた。

「!」

スライドは木の枝と逆方向に飛び、短刀を抜き放った。

「穏やかじゃないな。話し合いは穏やかにするものだぞ?」

ガーレンの行動自体が私には穏やかに見えない。

「お前と、話し合うつもりなど無い」

スライドはガーレンを睨みつけると踵を返し森の中へ消えていった。

「さて、『ブレッド』でも作りながら無駄に話でもしようじゃないか」

ガーレンの言葉に、あれを『ブレッド』と呼ぶのはこの人の影響なのだろうな、と、そんな思いが私の中に現れ消えていった。


バナックは、主役級の5人の中では唯一の中年です。

アレンが生まれる前からガーレンとは交友があるので、

そんな年なのだと思ってください。

そして、この話で明らかになったバナックの過去、

実はすごい人なんです。

アルティナの儀式を経ないで、アルティナ神殿の門番を倒したというのですから。

じゃあ、スライドと当時のバナックと戦ったらどっちが勝ったかというと、

勝負って数値的なものだけじゃないですからねぇ……。


このお話を読んでいただいている、数少ない皆様にお知らせなんですが、

次回でストックが尽きます。

本当は今回でストックが尽きるところだったんですけど、

何とか次回まで作れたのです。

奇跡的に。

そんな訳で、次回は来週アップしますが、その先は月間になるか季刊になるか……。

困ったものである。

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