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出発編その3

あたしが、あたしになったのは、昨日のことだ。

ガーレンという男があたしの名前、出身など、事細かに教えてくれたが、はたして本当にヒミカという人物なのかについては疑念を持っている。

しかし、自分の体をまともにコントロールできていない状態では、そんな疑念など挟んでいる余裕は無かった。

歩いても、走っても、バランスを崩す。

それを整えようとしても、転倒を免れない。

あたしはあたしの間抜け具合に苛立ちを覚えていた。

だから朝起きるなり、この武練場へ来て体を動かしている。

もともと、身体能力は高い方らしい。

昼にさしかかるまでには、この体にもだいぶ慣れていた。

ある程度動きに慣れてくれば徐々に力を加え、少しでも全力で動ける時間を延ばす訓練に移る。

教会が用意してくれた昼食を頂き、午後に入るころにはもうそんな試みを行っていた。

次に扱う武器の選択にかかる、あたしにとっての得手となる武器と不得手となる武器の選別だ。

どういった経緯で今の状況になったかについては納得したわけではないけれど、あたしの体は闘うことに適している。

それに疑念を挟む余地があるとは思えなかった。

だからこそ、この武練場にある武器に関してはすべて試してみた。

使い方など知っているつもりは無い、だけど、それをまるで手足の延長のように使いこなせるセンスを持っていることは確かなようだ。

中でも、刃渡りが腕の半分くらいの剣と、柄が腰くらいまであり刃渡りが腕の長さほどもある剣の扱いは別格だった。

武練場の端で少女に体捌きを教えていたガーレンが、武器の名を『短刀』と『薙刀』と言うのだと教えてくれた。

体を納得がいくように動かせるようになったこと、自分の得手とする武器が見つかったことで、あたしはもう一つの苛立ちに思いが至る。

朝からあたしと同じようにこの武練場にいる一人の男。

名をアレンと言う少年だ。

あたしとあいつに過去どのような経緯があったのかは知らない。

ただ、見ようとも思っていないのに視界に入るたびに苛立ちを覚える。

過去何らかの因縁があったに違いないが思い出せないことが歯がゆい。

ところが、それを打破する妙案が頭に思い浮かんだので、早速実行に移すことにした。

「そこの君、あたしと手合わせしない?」

模擬戦のかたちをとれば、この苛立ちを抑えられる。

そんな単純な思いだ。

とても綺麗な考えじゃないことくらいはわかっているけど、こうでもしなければ苛立ちを抑える手段が見つからない。

「僕ですか?かまいませんが別に練習になんてなりませんよ?」

謙遜しているつもりなのだろうと思う。でも、あたしの耳には逆の意味に聞こえてくるから不思議だ。

よほどあたしはこいつが嫌いなのだろう。

ゆっくりとした動作で武練場の中央部まできて、あたしを正面に見据え、模造刀を構える。

あたしも近くまで歩み寄ると木製の薙刀を構えた。

「や~!や~!、我こそは、マナの一族ヒミカなる者なり!いざ尋常に勝負勝負~!」

……何を口走っているのだろう?

薙刀を振りかざした姿勢で、あたしは硬直する。

アレンはさもびっくりとした表情であたしの事を見ている。

あたしはかぶりを振ってアレンに背を向けた。

大きく息を吸いゆっくりと吐き出す。

いったい何があたしにそんな口上をさせるのか。

まるで理解できない。

闘いにおいて意味のある行為とは思えなかったからだ。

気持ちを落ち着かせて再びアレンに向き合う。

「じゃあ、はじめますか」

剣を中段に構えこちらを見据える。

その切っ先を見た瞬間に、あたしはアレンの強さを悟った。

軽くあしらってストレスを発散させることのできる相手ではないと言うことを。

それならそれで好都合と言うもの。あたしの実力をはかる試金石としてはこれ以上無いだろう。

あたしはさっきの口上を再び言わないように注意しながら行動に移った。

「いざ!参る!」

普通に口から出るのだから困ったものだ。

一気に左の死角に駆け込むと薙刀を叩き込む。

「はあっ!」

アレンの剣は、すべるようにあたしの叩き込んだ刃を斜め下に流すと、そのまま斜め上に切り上った。

あたしは軽く柄の部分で刃の側面を小突き、軌道を変えてこれをかわし、もち手をかえると横に払う。

「やっ!はあっ!やっ!」

いちいち動作ごとに掛け声が出てしまうのは、どう言った事なのだろう。

軽くバックステップで距離をとるアレンに正面から切り下ろしながら発した声に思う。

「やっ!」

切り下ろしをさらにバックステップで避けるアレンに対して、あたしはその刃を突きへ変化させてさらに追撃する。

それに併せるように、切先に剣を添わせるようにあてがったアレンは引き手より迅く、こちらへ飛び込んだ。

あたしは、少し右足へ体重を預けると、薙刀を回し、石突でアレンの胸を狙ったが、アレンの軌道がそれを避けるものと判断し、下段からの剣による足払いをかわすべく、右足で跳んだ。

アレンの背中を目の端に捕らえつつ、死角となるようにもう一つステップをして突きをする。

もちろん、ご丁寧に掛け声のおまけ付きだ。

掛け声に反応してか、すでに織り込み済みなのか定かでないが、アレンはあたしの突きを背中を向けたまま左にかわす。

そしてかわしざまに水平に剣を払った。

あたしはその剣戟が今の状態ではかわしきれないと悟ると、薙刀を手から離し、低い姿勢で跳んだ。

硬質の木材が弾ける小気味良い音が武練場にこだまする。

はじかれる方向を考慮して跳んだあたしの方へ計算通り薙刀が舞う。

あたしはそれを背中越しに手の中へ収めると、横に一つ跳んで低い姿勢のまま上段に構える。

そこへ舞い降りるようにアレンの剣戟が打ち込まれ、左へ滑らせながら二つ後ろに飛んで距離をとった。

この間、何度掛け声をかけたことだろう。

納得できないし、したくもないが、この掛け声が闘いのリズムを作っているような気がしてくる。

そしてもう一つ、あたしはとんでもないことに気がついてしまった。

それはガーレンの話していたアルティナの儀式と言うものと符合する。

つまり、あたしの中には相反する二つの闘いのスタイルがあると言うことだ。

一つは、正面から切り結び敵を正面から叩き伏せる剣風。

一つは、死角から相手の実力を一切引き出すことを許さず屠る剣風。

どちらの一つをとっても、実力が伴えば素晴らしいものだろう。

だが、これが混ざりあっては話にならない。

正面から向かえば死角に回れと心が語り、死角に回れば正面から切り結べと心が叫ぶ。

いずれも剣先を鈍らせるには十分な心の葛藤だ。

こんな二律背反を容易に説明できるなら、ガーレンに聞いたアルティナの儀式としか言いようが無い。

そんなあたしを前にしてアレンは微笑んだ。

「なんとなく、解ってきた気がします。僕のスタイルと言うやつが」

あたしにとっては思うように行かない内容の闘いだったのだが、アレンにとっては良い練習となってしまったようだ。

「やあっ!」

あたしはそのことが納得できずに薙刀を突き入れる。

その瞬間、アレンの切先があたしの鼻の前に現れた。

正確にはあたしの突きとほぼ同時に、突きの軌道をかわし、間合いに入った。それだけのことなのだが、それは、相当な実力差が無ければできないことだ。

背中を冷たいものが伝わる。

斜め後ろへとステップをするが、それとほぼ同時にアレンの剣先が移動し、あたしの眼前から切先が消えることも無かった。

あたしのひざが不自然に抜け、無様にも尻餅をつくような格好となった。

「そこまでだ」

完膚無き敗北を喫したあたしは、自分の不甲斐なさに唇を噛みしめていた。

そんなあたしとアレンの間に、場違いな程に穏やかな言葉遣いでガーレンが割って入った。

「ヒミカはアルティナの儀式の影響でまだ本調子ではないんだ」

闘っていた時間は決して長いものではない。

そんな短い間にあたしの内在する二律背反をガーレンは見たと言うことなのだろうか?

もしそうだとするなら、このガーレンと言う男、達人と言う領域すら超えているのかもしれない。

「アレン、お前も絶好調には程遠いところにいるんだが……、気付いてるか?」

この時点で、ガーレンの視界にあたしの姿は無い。

それが何を意味するのか、言わずともわかる。

ガーレンの視界に、あたしがいる意味については、あたしもよくわかっていない。

でも、ガーレンの視界にアレンが納まっている今の構図は心の中の何かが納得していない。

あたしは、一度折れた気持ちを再びたぎらせて立ち上がった。


のんびり更新で週刊化していますが、

それでも今月中にストックが切れます。

ここまで筆が遅いのかと自分的に愕然としていますね。


費やした5年が2~3ヶ月で終わるとは、、、、

なんとか、ストック分は難所を越えたので、このまま加速したいところですね。


ところで、主人公って本当は誰なんだろう?

私的にはレロイが好きでたまらないのだが。

しかし現在の彼の最終的な役どころは……。

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