序章その1
プロローグ
この国で一番の英雄って言えば、どんな子供でも、どんな大人でも、たいがい口を揃えてこう言う。
『ソードマスター・ガーレン』と、
そんな有名な親父を持ってしまった僕が、親父と同じように剣に生きることは必然だった。
親父の英才教育によって並び立つ者のいない存在となり、最近は親父に負けず、『ソードマスター・アレン』と、呼ばれるようになった。
3つほど、偉業と呼べるものを成し遂げたことで、『竜殺し』とか、『不死者』とか、だだのアレンと言う少年は、立派な付属品が付いた名前を持つ、この国の英雄の一人として名を連ねつつある。
でも、僕はそんな自分が大嫌いだった。
なにしろ、自分の剣で手に入れた勝利なんて実感できるものは今まで一度も無いのだから。
馬に揺られて物思いにふけっているとスライドがささやくように語り掛ける。
「戦いはすでに大勢を決しているが、油断は大敵だぞ」
隣の国と戦になって、もう何年経つだろうか?
歴史について触れる機会はあったけど、しっかりと記憶していないので定かじゃない。
知っている事は、ものごごろついた時から隣の国と交戦状態にあったということ。
休戦協定が数知れぬほど破られ続けてきたこと。
この戦闘が最新の休戦協定から数えて3度目の戦いであること。
そして、スライドの言葉通り、こちらに有利な形で終わりそうなこと。それくらいだろうか。
勝ち鬨が上がる中、僕はスライドに意識を向ける。
「そんな敵を易々と近づけるあなたじゃないはずだよ」
視線は前方からそらさない。
知らない人が見れば、従者にアレンが格言の一つも吐いて、たしなめているように見えるかもしれない。
僕の理想と僕以外のみんなが見ている僕はおそらく同じだろう。
偽りの仮面をかぶった偽りの英雄。
それは決して僕の理想ではない。
「だが、油断しているお前を守るのはいやだね。自分の命くらいは守ってみろ」
唇を薄く開くと他の者には聞こえないように囁く、少しやせた印象があるが、無駄な肉が付いていないせいだ。
僕の全ての実績は、スライドによって創られたものだ。
フードを目深くかぶったこの男の視線は、矢のように辺りを貫く。その目から逃れられる者は希だ。
だが、それだけの事をやっているのに回りに気付かれることが無い。
僕は居るだけで良い。そして身を守るために剣を数度振るうくらいだろうか。
ともすると暗くなる気持ちをはらい、
「うん……そうする」
と、僕は静かに返した。
スライドはいつも程良く突き放す。
気を抜いてはいけない所だったと言う事はそれで解る。
影に日向に、スライドによって僕は常に鍛えられている。
そんなスライドに、「すでに一流の仲間入りをしている」と言う事を最近教えてもらった。
実感はまるで無く、その一流のはずの僕がスライドからは模擬戦で一本を取ることが出来ない。
理由は一言だった「俺は超一流だからな」と……
ばかばかしいほどの自信は実力に裏打ちされ、その高みは未だ見えない。
おそらくこのまま鍛錬を怠らなければ、ほんの少しだけその高みを見る位置まで上れるだろう。
でもそこまで。
決して越えられない壁が僕とスライドの間にある。
それがアルティナの儀式。
「スライド、僕は決めたよ」
「何をだ?」
「アルティナの儀式さ」
この戦に向かう前の事だ。親父は僕に言った「今度のアルティナの儀式に参加してみないか?」と。
ただ味方兵士の戦意を鼓舞するが為だけの僕の参戦、それだけのための参戦に備えて、自宅で準備をしているときの事だった。
スライドは僕の家に近寄りたがらないので、数日間の別行動。
明日には町外れの宿屋で合流して王都へ向かう事になっている。
アルティナの儀式、詳しい内容は良く解らないが、この世界とは違う世界から有能な人物を呼び出し、融合するための儀式。
この儀式を行った者は通常では考えられないほどの身体能力や魔力を得ることが出来るとされている。
真意を測りかねて、答えを逡巡していると、「俺もお前くらいの時だった、もっともその頃は今のお前よりも実力は不足していたと思うけどな」と、親父は微笑んだ。
その顔につい言葉が走る「親父、僕は解らないんだ。このまま剣を振り続けた方が良いのか、それとも…」走った言葉はそこで止まり、かわりに親父が口を開く「言われるがままアルティナの儀式に望むほうが良いのかっと言ったところか」僕はうなずいた。
そこには僕の意思は無い。言われるがままに行動していて親父を越えるという目標は達成できるのだろうか?「すぐに答えを出せとは言わないが時間はあまり無い、次の儀式の時期はわかるな」僕は再びうなずいた。
そしてそれ以降はたわいの無い話を続けた。でも、もうその時から答えは出ていたのかもしれない。
このスライドも、親父もアルティナの儀式によりその力を得ている。
だから、追いつくためにはそれを通過点としてさらに鍛え上げなければならない。
でも、彼らのように意識を残して融合できる者は少ない。
大概は異世界の者と意識が混ざり、過去を失う。
でも、この儀式さえ通過すれば、今の意識を保って居なかったとしても二人が目を瞠るくらいの実力はつくと思う。
「僕がこのままの僕で居る限り、きっとあなたや親父には一生勝てない」
「当然だ。次元が違うからな」
だからこそ、その差を埋めたい。
アルティナの儀式に臨む者として必要なことは1つだ、アルティナの儀式に臨むべき実力を持っていると認められる者。
そして僕にはその資格が有る。
仮初めの実績だが、今まで成し遂げてきたことは僕の実績だ。
砦に近づくにしたがって僕の名前が叫ばれる。
ア・レン!ア・レン!ア・レン!ア・レン!ア・レン!
聞き様によっては、ア・レと聞こえなくも無い熱狂的な声、僕の戦意を鼓舞すると言う役割はその一点のみ大いに成功していた。
今日だって結果的に考えればただ居ただけだ。僕のような、ある意味象徴的な人間が前線に赴き、そして無傷で帰ってくる事。
そんなつまらない事が戦をする上で最も大切な士気に大きく影響を与える。
解っては居る。それが大局を見据えた戦い方だと言う程度には。
ただ、納得したくないだけ。
僕は指揮官でも司令官でもない、ましてや王国所属の将軍でもない。ただ一人の剣士、剣の道を窮めるがために全てを捧げる者だ。
行き着く先は、誰にも負けない剣士になる事。この場でお飾りになっている場合ではない。
言葉に出した事によって、僕の思いは以前よりアルティナの儀式に向かっている。思いが固まれば行動は早めに移したほうが良い。
僕は近くにいる馬上の兵士を呼び指揮官へ伝言を頼んだ。
この戦闘の契約は3日間、その期限は昨日だった。もう自由にしていい頃合だ。
「みんな、ありがとう。みんなのおかげで無事に帰ることが出来た。僕は所要があって今から次なる地へ向かわなければならない。でも、今日のみんなの活躍なら、明日も明後日も、ずっと朝日を見ることが出来ると思ってる。だから、また、どこかの空の下で会おう!また逢う日まで!」
僕の声に、再び『ア・レン!』の大合唱が始まった。
「行こう、聖クリス教会大神殿へ」
スライドにだけ聞こえるようにつぶやく。
今までの僕と決別するために、そして新しい自分と出会うために、馬はそんな僕を乗せて軽やかなリズムで歩を刻んだ。
戸口に立ち、ぶら下がるノッカーを叩く、3回、2回、4回、1回。続いて家の中より3回床を蹴る音が聞こえる。
最初の3回は王族周辺警護に係わっていると言う事だ。次の2回は接客をこなしながら来客の目的を探る役目を持っているということ。続いての4回は4番隊という意味、そして最後の1回は階級を表す。「隊長」という階級だ。
このクラスになって半年経つが、最近、ひとつ疑問がある。
このままこの職務を全うするだけで、あたしの思い描くあたしになれるのだろうかと。
そんな疑問と、そんな不安。
ドアノブを引き扉を開くと、親父がこちらに向かって歩いてきていた。
珍しい、別に家族の愛に飢えている訳ではないが、家族の出迎えなど、あたしたち「マナの一族」の常識には無い。
その代りがノッカーサインだ。床を蹴った数3回は、来客ありの合図。一族の第3頭目ともなると、来客も少なくない。
その親父が客を置いて常識に無い出迎えをするのだから珍しい。
親父はあたしの顔を見ると大きな笑顔を作って見せた。
「ヒミカ、お前に客だ、マスター・ガーレンだぞ」
一瞬、頭の中が白くなった。マスターと呼ばれる英雄はそれほど多くは無いが、その中でもマスター・ガーレンは特別だ。
剣の英雄、ソードマスター・ガーレン、マナの一族ではあまりに有名すぎる肩書きには、マスターと、簡易呼称する。
そして現在その簡易呼称対象者はソードマスターとウィザードマスターのそれぞれ1名のみ。
間違いない、「何故あたしに?」という疑問は、マスター・ガーレン来訪の事実が頭の片隅へと押しやる。
あわてて自室へ駆け込む。
城内ではきらびやかな服装で接待している反動か、あたしはいつも城外に出るなり固めた髪の毛をほぐす。
おかげで今はあまり見られた髪形ではないのだ。
その髪で町を歩くのはなんとも思わないあたしだが、マスター・ガーレンが相手とあっては特別だ。
後になって気付いたのだが、親父の出迎えは私の髪形が崩れているであろうことを予測した気遣いだったようだ。
こういった事態になり、髪の毛を崩したことを激しく後悔しながらも『ヘリマナス』の樹液から取った化粧水を使い髪の毛をまとめた。
本来なら踊るような赤い髪を見て欲しいところだが、これがギリギリの選択だろう。
マスター・ガーレンを待たせるのは失礼なので、覚悟を決めて応接室へ向かった。
親父はあたしと入れ違いになって退室した。
すれ違いざまに尻を撫でて行ったので、飛礫を一つスナップスローしてやったが、親父のことだ背中を向けたままよけただろう。
「失礼します。大変お待たせいたしました。そして、ようこそいらっしゃいました。マスター・ガーレン。」
4年前の、あの印象のままの姿に、鼓動が早まる。
「城内ではあまり声をかける機会が無かったが、美しくなったな。そして、隙も無くなった」
「ありがとうございます」
さらに一段、鼓動が早くなる。最高のほめ言葉は最後の一言に尽きる。
影の仕事が多いとはいえ、マナの一族は戦うための一族だ。見た目をほめてもらえることもうれしいに違い無いが、戦闘能力の向上にこそ価値観の大半が向けられる。
そして何よりも、あたしのことを覚えてくれていたことに驚いた。少なくとも4年前の印象とはまるで別人を演じていたつもりだ。今はマスター・ガーレンの来訪とあって浮き足立ち、隙だらけなのを考えると、仕事中のあたしを見ていてくれたということに違いない。
「こうやって話をするのは4年ぶりだったかな?」
4年前に思いを馳せる。
あの頃に紡がれた小さな思いが今のあたしの生きる目的にまで成長している。
初めての印象は「雲のような男」だった。
この男の人となりを探るために思いつくあらゆる事をやってみた。しかしそれが効果をあげているのか理解することは出来ない。
そんな彼にあたしは苛立ちを覚えていた。
今まで培っていたあたしの経験はこの男に通用しないらしい。
しかし頭目からこの男の護衛を任されたときに一人前の自負だけはあった。
たった二人のたった3日間の旅、最初の2日間、何事も無かった理由を3日目に知った。
あろう事か、敵の襲撃は未然にこの男に察知され、排除されていたという事実だった。
数にものを言わせた襲撃は優に10人以上、あたしは夢中で剣を振るった。
初めての実戦の中、冷静さが売りのあたしのはずだったが、何人に、何回斬りかかったのか、何回剣戟を止めたのか、何回かわしたのか、相手の顔、言動、その全てをほとんど記憶していない。
覚えているのは、彼らを敗走させたのがこの男であること。
敵が完全に立ち去るのを確認した後に、振り返ると「いい働きだった、ありがとう」と、足手まといにしかならなかったあたしに対して、その笑顔に嘘が無かったこと。
この2つだけだった。
こんな人になりたい。
あまりにもの大きな器に、自分の小ささと比べる他その時は手立てが無く、村に戻るまで、うつむくことしか出来なかったあたしに芽生えた想い。
彼と話をするのはそう考えると実質初めてなのかもしれない。
「そうかもしれませんが、マスター・ガーレンと話をするのは初めてな気がします」
「まぁ、俺は自分のことはガーレンとしか名乗らないし、あまり肩書きは好きじゃないんだ。別にガーレンと呼んでもらってもいいんだよ。そのほうが気楽に話せるんじゃないか?」
思わず自分がそう呼びかける姿を想像して赤面した。柄じゃないが、なんとなくうれしい。複雑な感情だ。
「いえ、ご厚意は感謝いたしますが、我が一族、英雄の扱いは唯一つです。マスター・ガーレン」
その感情を心の奥に隠し、勤めて冷静に返したつもりだがうまく装えているか怪しい。
「そおかぁ、、、それは残念だなぁ、、、君たちマナの一族は昔っから硬いんだよなぁ」
「礼節を重んじてこその我らですから」
「4年前の君から出た言葉とも思えないんだがね、俺はその頃の君のしゃべり方のほうが好きだよ?」
再び赤面する。顔から火が出るとはこのことだ。
少なくともその時のあたしは彼を呼び捨てにしていたし、世話の焼ける金持ち親父だとも思っていた。
だからこそ、恥ずかしくて村に戻るまで話をする事すら出来なかった。
「都合の悪い過去は忘れる事にしています、出来ればマスター・ガーレンも忘れて頂けるとありがたいのですが、、、」
「努力しよう。」
たぶんこの人なら、努めて過去の事を持ち出すと言う事は無いだろう。
テーブルを見て何も出ていない事に気が付くあたり、少し気持ちに落ち着きが出たことが実感できる。
「マスター・ガーレン、少々席を外しますがよろしいでしょうか?」
それだけでこちらの考えが伝わったのだろう。
「あぁ、だが気遣いは無用だぞ」
「すぐ戻りますから」
そう残して、キッチンへ向かう。
前もって来訪がわかれば、湯を沸かしておいて、取って置きの茶を入れたのだが、朝入れた濃い目の茶を水で割り、清涼感のある香草を軽く揉んで添え、出す事にした。
一連の作業をしていると香草のせいもあるのか、気持ちが落ち着いてくる。
そして、いきなり頭の片隅に追いやられた疑問が浮上する。
あたしに何の用があるのだろう?
あたしは、思い描くあたしになるために常に努力を怠らなかった。
だから、マナの一族の中でも極めて優秀であると言われたからと言ってそれに甘んじることなく常に理想を追い続けているつもりだ。
最近、マナの一族の中で優秀な人材になる事と、あたしの理想は同じなのだろうかと言う疑問の中、日々過ごしている。
そんな中、マスター・ガーレンの突然の訪問、もしかしたら私の疑問の答えにつながる言葉をもらえるかもしれない。
茶を運び、テーブルに載せる。
「ただの茶のようだが、この香草のせいで、ワンランクもツーランクも上がるな」
茶をすすり、目を細める。
「ありがとうございます。ところで、マスター・ガーレン、お会いできて嬉しいのですが、今日は昔話をするために来られたのでは無いとお見受けしますが、いかがでしょう」
あたしの言葉に、細めた目がゆっくりと元に戻る。
「もう少し無駄話をしてからと思ったのだが……、やはり気になるか?」
「ええ…、4年前の一件はさておき、あたし…いや、私とマスター・ガーレンの関係はそれほど近しいものとは思っておりません。ましてや、大英雄とも言うべき人物です。望めば王と二人きりで話す事が出来る、王も火急の用が無い限り最優先で会う。そんな人物が、私と昔話をするために我が家に訪れるなんて、有り得ますでしょうか?」
「まぁ、確かにそれだけじゃないんだけど、半分は昔話だったんだけどな」
困ったように薄い笑いを浮かべて、目を細める姿は4年前を思い出させる。
この人の言う事に嘘は無い。
そう信じられるだけの何かが瞳の奥に眠っているような気がする。
「すみません、答えを急いでしまって」
「いや、言われてみれば当然の話だったな、どうもね、ただのガーレンとして勝手に生きてるんで、ソードマスター・ガーレンって言う奴が他人に聞こえるんだ。もっと良く認識しないといけないんだろうけどね」
たしかに、この人は自分がどれだけ有名人でどれだけ影響力があるのかと言う事に無頓着なところがある。
「で、早速なんだけど、アルティナの儀式をやってみないか?」
「え?」
困った事に、落ち着きを取り戻したはずの頭の中が急に白くなりはじめる。
アルティナの儀式。
二つの月エランとマナが満ちるときに行うこの国の伝統的神事。
選ばれし者だけが許される全存在をかけた儀式。
「なんで…、あたしが?……」
そんな言葉を搾り出すのが精一杯だった。
理由なんて皆目見当も付かなかった。
何か口にしたいのだが、言葉を紡ぐ事ができない。
陸に上がった魚のように口を動かすが、言葉にならない。
でも、まだ時間はたっぷりあるようだ。
マスター・ガーレンは落ち着いたそぶりであたしの入れた茶をおいしそうに飲んだ。
もう日は傾いていた。
そんな頃合に僕は街へ入った。
神殿の街クリス、神殿の街と呼ばれる街は少なくないが、これほど大きな神殿の街は他に無い。
街の中を馬で歩く事は禁止されているので、馬は町の外の厩に預けてきた。
こうして生の目線で街を見るのはここの所極端に減ったような気がする。
重要な移動手段である馬で街の中を歩く事を禁止しているのはこの街くらいだから、普段は当然のように馬に乗る。
だが、この目線だからこそ見る事の出来るものが街にはあふれている。
窓に飾られた小さな鉢植えの赤い花、壁に刻まれた子供の落書き、道に張り出すように並べられた果物の中に差し込まれた値札。
客を呼び込む男の声、値引き交渉する女の声、果物をねだる子供の声、声、声、声、生活が声に乗って駆け巡る。
馬上ではここまで人々の声を聞く事はできない。
剣の道に進み、剣の道に生き、剣と供に過ごす日々、こういった日常とは違う非日常を常とした生活。
でも、周りを見渡せばこんなに生き生きとした生活があふれる。
そう言った生活に背を向けて、僕は何のために剣を振り続けてきたのだろう。
それはこういった普通の生活をする普通の人のため。
もちろん。そんな事は奇麗事で、実際には親父の背中を追いかけて、追いかけて、追いかけ続けて、でも、追いつかなくて、かといって普通の人と同じような普通の暮らしも出来なくて。
そんな中途半端な僕がここにいるだけ。
もっと強く!もっと強く!もっと強く!もっと強く!
明日の自分はいつも今日の自分より強い。そう信じられるくらいの事は常に続けている。
でも、届かない。
親父が僕をスライドに託した時間は3年間だ。
そしてもうしばらくすると3年経つ。
3年前に比べればスライドのおかげでびっくりするくらいの実力がついていると思う。
でも届かないんだ。
親父とスライドの高みには。
だから決意したアルティナの儀式。
たとえ僕が記憶を失おうとも、結果だけは残ると信じて。
「もうすぐ正門だ、この門をくぐったら後には引けないぞ」
スライドの言葉に気持ちが現実に引き戻される。
「ん…」
前を見据え、強くうなずく。
神殿に来るのは2度目だが、門の前に立っている人物には見覚えがあった。
以前、閉門時に通ろうとしてとがめられた、その人だ。
「僕はアレン、時間外なのは承知しているけど、入っていいかな?」
僕の姿を見て門番は背筋を正す。
「ア、ア、アレン様?!はい!どうぞお通りください。」
彼はそう言うと、時間外の来訪台帳を差し出した。
これを記入する事についてはたいした意味は無い。
彼がこの台帳を差し出したのとほぼ同時に一人、部屋の奥へ消えて行った。
時間外の来訪者についてはこのように一手間かけさせている間に足の速い者が神殿へ知らせを送る。
これで付く頃には僕の来訪は周知のものとなっているだろう。
「ありがとう、ギャリン」
僕は、今回はすんなり通してくれた門番に礼を言い、門をくぐった。
その頃には、もう日も落ち、ほぼ満月に近くなったエランが道を照らし出す。
マナはまだ満月の大きさにはなっていない。
マナは後何日で満月になるのだろう?そんな、知っていたはずの疑問が頭をもたげ、スライドを見やる。
あぁ…、後7日だったな……。と、視線を降るだけで頭の中から答えが湧いてくる。
既知の疑問は何かきっかけさえあれば瞬時に解決する。
それがたまたまスライドを見ると言う行為だった。しかしその行為は別の疑問を浮上させる。
エランとマナの満月は、アルティナの儀式の日と重なる。いや、正確に言えばその日が儀式に適した日なのだ。
そのアルティナの儀式で成功した人物を僕は二人しか知らない。
親父とスライドだ。
改めて思うことは、こんな貴重な体験者が僕の近くに2人も居るのに、その体験談をほとんど聞いていなかったということだ。
思い返せば、上手に話をはぐらかされていたのかもしれない。
今、隣に居るこのスライドも貴重な経験を保有しているのだ。
以前から気になっていた疑問、剣も魔法も常軌を逸したひらめきを見せるこの男が、一体どんな人物を取り込んだのか。
些細な事でも、僕の耳に入れば今度のアルティナの儀式に良い結果が生まれる可能性は高い。
たとえ薄皮一枚の情報でも張り合わせれば鎧になるのだから。
再びスライドが視界に入り、それが言葉となって奔った。
「ねえ、スライドはどんな人と融合したんだい?」
スライドは、姿勢も、歩みも、態度も、変えることなく呟きで返してきた。
「ウジムシさ」
「え?」
なに?なんて言った?
『ウジムシ』って聞こえた。
いや、たぶん、間違いなくスライドはそう言った。
おそらく何かの隠語だろう。だがその意味はまるでわからない。
「何を言っているのか、見当もつかないよ」
「そのつもりで言った」
身も蓋もないと言う奴だ。会話の足がかりさえ与えてもらえない。
だけど、ここで引き下がっていたらもう二度と知る機会なんて無い。
成功させる気構えだけはあるけど、僕の知っている僕の実力では、アルティナの儀式はほぼ失敗する。
だから、少しでもアルティナの儀式の成功者の言葉を知りたかった。
「じゃあ、融合前は?スライドは、何の専門家だったんだい?」
「お前が、何を求めてこの会話を始めたのかは大体解っているつもりだ。だからあえて言う。この会話の結論はお前にとって有益でないぞ」
スライドが解っているといった言葉で今まで外れた事は無い。
今回も、たぶんそう、僕にとって有益で無い情報がもたらされる結果となるのだろう。
「うん、、、そうかもしれない。でも、それを決めるのは僕の仕事だよ。いつも言ってるよね、最終的な決断は自分で下せって」
僕のこの言葉にスライドが口の端を持ち上げるのが見えた。
「ん、そうだな、、、、それでいい」
そう言った後、スライドは無言になった。
風が少しひんやりとした空気を森の中から運んでくれる。
僕たちは、無言で肩を並べて歩いた。
「俺はもともと魔術師だ」
「え?」
最初にスライドが口を開いてくれるのはわかっていた。
態度こそ冷たいが、僕が困っている時はこの3年間、いつもスライドが助けてくれた。
これから望むアルティナの儀式が終了した時、それが僕とスライドの別れの時となると思う。
だからこそ、出来の悪い弟子のわがままには必ず答えてくれる。そう信じられる。
その口から意外な言葉が出てきたので、僕は意味も無く言葉を発するしかなかった。
「意外だろう?」
まさしくその通り!
僕は、元々剣士であったと、そう思い込んでいた。
魔法の知識があり、魔力もそこそこ高い魔法剣士が、異世界の魔術師を融合で取込んだ姿が今のスライドだと思っていた。
僕はそのままうなずいた。
「融合する前からこの世で一番の魔術師だという自負はあった」
相変わらずすごい自信だ。でもスライドが言う言葉には、信念がある。
たとえ、それが、そうでなかったとしても、彼にとって信じるに足る事柄であれば、それは真実と変わりない。
「だが、俺はアルティナの儀式の資格者ではなかった。実績を残していなかったからな」
アルティナの儀式を受けるためには二つの方法がある。
一つは、武功を挙げ、国王より有資格者として認められる事。
もう一つは、国王の全面的な信用を勝ち得た者が推薦する者である事。
今で言えば、国王か、法王様か、僕の親父か、この3人の誰かが認めなければ、受ける事ができないということだ。
目立つ実績が無ければ国王から認められる事はありえないし、よほどの特殊事情が無ければ親父や法王様は推薦などしないだろう。
「だから、アルティナ湖の水を盗んだ」
それはこの国ではかなり重い刑に処される犯罪だ。
だが儀式の媒体としてアルティナ湖の水は必需品と聞く。
「それが9年前の話だ。俺は最高の魔力を持って最高の時期に融合を行った。条件は全て整い、俺は精神力も強い。失敗する確率は無に等しい。それに知っているか?アルティナの儀式に要する魔力はその全てを自分の魔力でまかなう事、それが一番成功の確立率が高いという話を」
僕は首を振った。
そこまで詳しい話なんて聞いた事が無かった。
「最高の時期は7日後、最高の魔力は俺が保障しよう。だが、お前の精神力ではメリッサの森の木に結んだ一本のリボンを探し当てるようなものだ」
確かに条件が違う。立場が違う。そして何よりも彼は魔術師で僕は剣士だ。
さっきスライドが言ったとおり、有益な情報は無い。
「でも、僕は知りたいんだ。意地でも参考にして見せる」
スライドはまた口の端を持ち上げた。
「……お前のそういうところ嫌いじゃないぞ。だが、参考にはならん。これから話すもことも決して面白いものではない」
スライドは路肩に座るにちょうど良さそうな石を見つけるとそこへ腰を下ろした。
僕もその近くの石に腰を下ろす。
以前来たときには気が付かなかったが、この通りには所々休憩するところがあるようだ。
「結論から言おう。……いや、結論と言うよりも想像なのだが……、おそらく真理を突いている」
スライドの言う事はいつも正しかった。時として理不尽な事を言い始める事もあったが、結果として最良の決断となっている。どう言うプロセスでそのようになったのか問いただした事もあったが、僕の理解を超えている事柄だとして話してくれなかった。
だから、理屈抜きで考える習慣がつく。でも、それをスライドは許してくれない。考える事が一番重要な事柄なのだと、いつも言われている。
スライドの言葉を分析する。有益な情報は無いと言いながらもアルティナの儀式の真理を突いた答えを教えてくれるという。
「精神力の話だね?」
「あぁ…、結論はそこになる。ただし、今はその話をしない。解っている事だからな。結果としてお前はアルティナの儀式に失敗する。理由は精神力の不足だ」
本当なら素直に聞いておくべきところだろう。でも僕はもうこの道を選んだ。そしてゼロに近い成功率もなんとなく気がついている。
「でも、『はいそうですか』って、簡単に言えるほど大人じゃないよ、僕は」
「知っている。それに、いまさらそんな事言ったら斬り付けるぞ。覚悟はもう聞いたはずだからな」
「そうだね。覚悟はもう決まっているよ」
「ならば良し、真理の一つだが……、お前の融合する相手はおそらく決まっている」
早速だ、スライドは冗談を言わない。だが冗談としか思えない。
アルティナ湖の水で満たされたアルティナの壷の中を覗き込んで、精神集中をして、はじめて融合する相手が見える。アルティナの儀式と言うのはそういうものだと聞いていた。
「スライド……、それはちょっと……」
言いかけたところをスライドの言葉がさえぎった。
「言いたい事は解る。誰と融合するのかは、確かに壷を覗くまでは解らん。だがな、それぞれ理想を持って儀式に望むんだ。思い描く理想の人物は一つだ。そしてお前はより強い剣士となるために儀式に望む」
今の僕をより強くするためにはどうしたら良いか、儀式に向かうに際して望む心構えはどうか、そしてなにより、そのときの僕の気持ちはどうなのだろう。
「つまり…、アルティナの壷は僕の意識を映す鏡で、僕の望みが決まっていればそれに近い人物と融合する事になる。そういうことかい?」
「理解が速いな…、いい傾向だ。お前がより以上を望むのなら、それに見合った者が映し出されるだろう。だが、自分よりも実力が上かもしれない相手を取り込めるのか?」
たぶんムリ。今からあきらめているのもどうかと思うが、スライドの言いたい事は単純だった。『高望みしなければ成功率は上がるが、今の時点ではもう遅すぎる』と、こういうことが言いたいらしい。
「じゃあ…、スライドはどうしたのさ、より強くなるためにアルティナの儀式をしたんじゃないの?」
「あぁ……、そうさ。簡単な話だ。俺に無いのは剣の実力だけだった。だから剣の力が手に入ればよかった。たとえ、融合したのがウジムシだったとしても、それは問題じゃなかった」
スライドの言葉は綺麗ではなかったが、そのウジムシという言葉になぜか優しさを感じた。
「多くを望まないからこそ成功率も高いと言う事?」
「……、そうだな…、それが結論で良い」
そう言って立ち上がったスライドの見る方向には小さな明かりがゆれている。
用意の良いこの協会の事だ、きっと迎えに来てくれたに違いない。
残念だけど、話はここで終わり。僕は立ち上がるとゆっくりと明かりに向かって歩き出した。
スライドを従えて。
モウロカ村を出て4日目の夕刻、俺は目的地である聖クリス教会大神殿へ到着した。
村を出てしばらくは険しい道も多かったが、このあたりまで来ると石畳の舗装がなされていて歩きやすい。
聖クリス教会大神殿は切り立った岩壁を削って作られているが、横穴はさまざまな階層に広がりを見せ、教会関係者が実に千数百人暮らしていると聞く。
大神殿入り口から扇状に森が広がりそれらを囲うように城壁が切り立っている。
今居るのは大神殿正門、そして賑わっているのは正門前に広がる街だ。
普段であれば、この街に腰を下ろし、上等の酒でもあおってよく寝てから参拝し、村のみんなへの土産を物色するところだが、今回は目的が違う。
さっそく正門前まで近づいて声をかけることにした。
「モウロカ村のレロイと言う者だが……」
「レロイ様ですか、ソードマスター・ガーレン殿より承っております。噂以上に逞しいお方ですな。さあどうぞお通り下さい」
そっと目の前に帳面が差し出される。
「ありがとう」
記帳を済ませ、本来なら閉門の時間にわざわざ正門を開いてくれた礼を言って大神殿の敷地へ踏み込む。
日中は信者の礼拝も多いのだろう、むき出しの地面はしっかりと踏み固められている。
あたりが暗くなって行くのを感じながら俺は歩を進める。
「噂以上に逞しいお方ですな…、か…」
先ほどの言葉を唇の端で唱えた。
俺の噂なんてものがこの教会にまで伝わっているとは考えにくい。ソードマスターが言い含めたに違いない。
確か彼はメリッサの森へ行くと言っていた。まるで正反対とも言いにくいが、ここに立ち寄って伝言した後に行くのでは手間がかかりすぎる。
その事を考えると、モウロカ村へ向かう時、既に伝言をしていたと見るべきだろう。
やることに隙が無いとはこの事だ。
そんな事を思いながら、俺は8日前にソードマスターが村へやってきたときの事を思い出していた。
午前中の農作業を終え、村の中央付近にある道場へ向かい、子供たちに剣術を教え、その後に村の男たちへ剣術を教え、一息ついたところで俺は仮想の敵を想像し2本の剣を振るっていた。
いつになく良いイメージが走り、体が自在に動く。
そもそも、俺は考えて動くタイプではない。道場では基本を中心に教えているので、考えて行動する事の重要性を説いてはいるが、そんなものは俺に向かない。
敵のイメージをさらに強化して、しばらくの間、仮想の敵との戦いを演じた。
どのくらいそうやって体を動かしていたかは忘れたが、終わった時に道場の入り口に男が一人立っていることに気がついた。
たとえイメージの中で戦っている時でも通常であれば人が来た時点で気付く。だが立っていたのがソードマスター・ガーレンなら別だ。気配の消し方はさすがとしか言いようがない。
視線が合う。
彼と会うのはもう何年ぶりになるだろうか、
この道場に来るきっかけにもなった事件の時だ、もっと良く考えれば思い出す。でも、そんな事を思案するよりも前に『以前の俺とは違うぜ?』といった思いのほうが強い。
この距離では右に動こうとも、左に動こうとも、視線を振ることなく俺の動きは視野に収まる。
無造作に近づくのも手だが、そんなフェイクに引っかかるとも思えない。
ニヤリと一つ笑ってやってから一気に駆け寄って、蹴りから2本剣の連戟をお見舞いするのが俺らしさって奴だろう。
早速、隙を伺いつつ、戦闘態勢を整えた。が、動けなかった。
背中からいやな感じの汗がにじみ出てくるのがわかる。
たしかに以前の俺とは違っていた。相手との実力差が解るくらいには腕が上がったということだ。
広いはずの道場、そんな道場の中、俺の足元に、一本、見えない線が引かれている。
ガーレンと剣を交えるには離れすぎた距離、しかし、俺の前の線は、『これを越えたら始まり』と、語っていた。
その一歩が、出ない。
俺も師範と呼ばれるようになってからだいぶ経つ。
だから、それなりに闘いという奴を知っているつもりだ。
こと、模擬戦にいたっては、ほとんど手の読み合いだ。一手でも、二手でも、多く読んで引き出しを広げておくことが肝要だ。
俺の持っている剣は真剣だ。当然のようにガーレンも真剣をもって応じるのだろうが、いくら手を読んでもガーレンが剣を抜く姿がイメージ出来ない。
手も足も出ない圧倒的な敗北。そんなイメージしか頭に浮かべることが出来ないのだ。「相変わらず化け物だな、あんたは」剣を腰に戻して、突っかかるのをあきらめた。
不思議と悔しさは無かった。
ガーレンと初めて会った時からどれくらいの時が過ぎたのだろう。
正確には記憶していない。
ソードマスターを超えるという夢はその歳月が押し流し、村を守る事が出来るだけの実力がついたことに満足し、師匠の娘さんと恋に落ちた。
師匠の了解も取り、結婚式はエランとマナの月が満ちる日に月下にて行うつもりで居た。そんな最悪のタイミングでこいつはやってきた。
たった一つの用件を伝えるために。「アルティナの儀式を受けてくれないか?」いくら知識欲に乏しい俺でも、それが何を意味しているか知っている。
俺の「理由くらい教えてくれるんだろうな?」という問いにも「理由は言えない」とだけ。
「…まったく…、ふざけた男だ…」
呟きが大神殿前の森の闇に吸い込まれて消えていく。
初めてガーレンと出会ったとき、それは俺の命の灯火が今まさに消えようとしていたときの事だ。
俺のいる村、モウロカ村はそのとき野党に狙われていた。
モウロカ村にさしたる特産品は無い、自慢は100%を超える自給率を誇る食料くらい。
そしてその食料も深い森と険しい山が辺りを囲んでいるせいで安定して各地の村々へ交易する事もままならない。
山で狩る獣の皮と保存食に加工した食料品を年に数回たった一本の険しい街道を使って行商に行くことがこの村の外貨を稼ぐ手段だった。
そんな、魅力に薄いモウロカ村にわざわざ越して来る者は多くない。
野党はそんな立地に目をつけた。街道一つ抑えてしまえば助けを呼ぶ事もままならない。
王都より軍が向かおうにも険しい街道はいたずらに軍勢を消耗させる危険性が伴うので、大胆かつ迅速に行動するには無理がある。
拠点とするにもってこいの立地という奴だ。
さらに、自警意識の低さも加わり、村の自警団は2回の襲撃でほぼ壊滅状態。
降伏を検討する村長たちを後に、俺は村を抜け出し、戦いを挑んだ。
記憶の始まりの地を故郷と言うのなら、俺の故郷はこのモウロカ村だ。
たった数年間の記憶だが、この村は暖かかった。
俺の中のたった数年の記憶と言う宝物。これを守るためなら、そして俺を受け入れてくれたこの村の住人の笑顔が守れるのなら。
俺の命は安いものだと、今にして思えば、ずいぶんと安い決心をしたものだと思う。
俺のこの行動が村を全滅に導くことだって充分にありえるのだから。
その時の俺はそこまで頭が回っていなかった。
彼らの襲撃に村は貧窮している、そんな中にあって王都よりの助けも期待出来ない。
俺がそのときに出来る行動なんてそれほど多くの選択肢が用意されているわけじゃない。
腕力と、何処で身につけたのか解らない剣の技によって数人を倒すことまでは成功した。
記憶を無くし、ただ立ち尽くすだけだった俺をやさしく迎えてくれたこの村の為に、今の俺が出来ることはその野党を一人でも多く減らすことだと固く信じていた。
だが、剣がやたらと重い。足枷がついたかのように動きも鈍る。
ほんの何人かと剣を交えただけでだ。
多対1での戦いは人間の視野を狭くする。
おそらく20人前後であったろう敵の数も、この狭い視野のフィルターをかけることで無限にまで跳ね上がる。
負けは動かないだろう。この場合、負けは生命活動の終了を意味する。
今まで培われてきた全てが赤黒い絨毯の上に消える。
それは確実なものとして俺の目の前にぶら下がっていた。
でも、まだ死にたくなかった。
もう戦えない、そうかと言って逃げることもできない。
そんな中、背後から声がかかる「後先考えないで行動すると、一流になれないぞ」なんだか食事中に親父がたしなめるような、そんなゆっくりとした口調だった。
それがソードマスター・ガーレン、20人は居た野党どもを気楽にあしらい、俺を救出。
その後再び森に消えて数刻後に何食わぬ顔で舞い戻って村長と食事をして彼は立ち去った、それ以来野党が現れることは無かった。
俺は、俺の無力に目覚め、ソードマスターを超えるために道場へ通うようになった。
体に染み付いた剣の技によって1年ほどで師範の資格をもらい、さらに我流で2本の剣の扱いを学んだ。
剣の道の王道を行く彼を超えるのは、少し外れた道しかないと確信していたから。
村を救った英雄にして俺の命の恩人。そんな彼の依頼に俺は戸惑ったが、俺の命は彼が居なかったら存在していない。
散々悩んだあげく、今にこだわるのではなく過去にこだわってしまうあたりは俺らしくて涙が出る。
説得し切れなかったが、出来るだけ説得を試み、村を飛び出してからの道のりは長いようでいて思いのほか短かった。
そんな俺の目の前にそびえる岩壁、神殿を見上げる位置まで来たあたりで、入り口に人がたたずんでいるのが目に入った。
座っているので身の丈はよくわからないが、俺より頭一つは小さいだろう。
入り口から漏れる光で少年の茶色い髪はうっすらと金色に光っていた。
「よぉ、考え事かい?」
その問いに少年は立ち上がって微笑んだ。
前言撤回、頭一つ半はかたい。
「はじめまして。かな?でも君のことは知ってるよ。左右に剣を下げた黒髪の男と言えばそう多くは無いよね、レロイ、君はすばらしい剣の使い手だと親父が言っていたよ。僕はアレン、よろしく」
色々な意味で驚いた。
この頼りなさそうな少年が今やソードマスターとして知られているアレンであると言う事。
ソードマスター・ガーレンが俺のことをすばらしい剣の使い手であるとほめていると言う事。
なにしろ、久しぶりに会ったばかりだ、俺の剣の実力を知るはずの無い者がなぜ知り得たのか。
そしてもう一つ、この俺がこんなに近くに来るまでこの少年がここにいると気付かなかった事。
そう思ってみればなるほどそうだ、立ち姿に隙が無い。
「田舎の一剣士である俺の事を知っていて貰えるだけでも光栄だね、しかも二人のソードマスターにだ。」
「レロイ、そう言って貰えるのは嬉しいが、僕はまだソードマスターになっていない。」
微妙な表情の変化、どうやらソードマスターと呼ばれる事を快く思っていないようだ。
「ん?俺の聞いた話ではそうだということだったが?」
「あぁ、、、話自体はあったよ。王より承る機会もあった。でも受けていない、その意味が君に分かるかい?」
「いや、さっぱりだ。剣を持つ者にとっては最大の誉だろう?」
「僕はそんな物いらない」
アレンは少しさびしそうに微笑んだ。
「僕の父を知っているね。あの人を超えなくて何のソードマスターか、って言うことだよ」
「王が認める強さなんだろ?」
「それだけじゃダメなんだ。僕より強い人がいる、少なくとも二人は僕よりも強い、それが理由さ。ソードマスターは一番強い剣士の代名詞であるべきだと思ってる」
その言葉で一瞬、思い出がフラッシュバックした。
あの時の少年がここにいる。
夢を夢のままに留めないあの時の自分。
確かにあの時俺は最強を目指した。道場の師範となることだけでは満足せず、二本の剣を自在に操れる域にまでそれを高めた。
だから、あの時の自分の実力とは雲泥の差だ。だが、肝心の魂はどうなのだろう?
このままでいいと思ったときから徐々に腐ってきていないか?
だったら!
削り落とせ!
魂が炎を上げるまで、余分なものを削り落とせ!
「この神殿には武練場があると聞いているがわかるかい?」
「なるほど、僕が君に対して偉そうな事を言えた義理じゃないけど、体を動かしたくなったんだね?」
そう言うとこちらに背を向けて神殿の中へ入って行く。その背中からは隙らしい隙は見えない。
「話が早いな」
この少年は、よほど剣士として成長しているのだろう。
剣士の望むものをよく知っている。
形の上だけでもいい、どちらが強いのか、それだけが最大の基準だ。
言葉の上ではこちらを立ててくれているようだが、俺は聞き逃していない。
自分より強いと言う2人に少なくとも俺は入っていない。
本人に対しては手も足も出なかったが、ソードマスター・ガーレンに勝つために編み出した剣術の完成度をその息子で試すのもいいだろう。
幾人かの司祭らしき男たちが声をかけるのをアレンは片手で制し奥へ進んでいく。
ほんの数分歩いたところが大きく開けていた。
「ここが武練場だよ。どうする?模擬戦?真剣?」
アレンの言葉に一瞬俺は耳を疑った。
今、真剣とか言わなかったか?そこまで考えて思い直した。
俺は道場の師範だが、彼は仮にもソードマスターと噂されるほどの男。
実戦経験のほうが遥かに多いのだろう。
「殺し合いには慣れていないんでね。模擬戦でお願いしよう」
「とは言っても…、武器が模造刀かそうじゃないかって違いだけなんだけどね」
「ん?」
そこが大きな違いなのだが、ソードマスター・ガーレンは戦いにおいて傷を負うことが無いと聞く。
その息子の、その発言に背筋が凍りつく。
アレンを見た。ゆったりとした足取りで模造刀の所へ歩み寄りそのうちの一本をつかみ握りを確かめている。
その立ち振る舞いに華がある。
目の前のアレンと言う名の少年が、俺の目の前でソードマスターになっていく。
なんて事だ!
勝てる気がしない!
すっかりアレンのペースにはまってしまっているようだ。
このまま打ち合ったところですでに呑まれかけている俺に勝機があるのだろうか。
「気が変わった、真剣で行こうじゃないか」
流れを自分に取り戻すためとは言え、我ながらとんでもないことを言ったものだ。
幸いここは治癒魔法の総本山みたいなところだから即死でもない限り無理矢理にでも蘇生させてくれるだろうが……。
これで間違いなく血を見ることが確定したわけだ。
「思ったとおりの人だ、強くて、潔くて、そして何よりも熱い」
「嬉しいねぇ、なんと言っても剣士の名を挙げれば5人以内に必ず入る程の人間にそこまで言われるとは」
だが冗談じゃない、そう言って来るって事は手加減なんか一切する気が無いって事だ。
まだだ!
俺は上着を脱ぎ、上半身裸となった。
このくらい研ぎ澄まさなければ勝負にはならない。
「こっちは準備よしだ」
「それでは、コインを合図にしよう、僕が投げる。コインが落ちたらそれが合図。終わりはどちらかが決めよう」
つまり、時間無制限の一本勝負って事だ。
左右の腰から2本の剣を抜く。
長くて細身な方が『エラン』、幅があり短い方が『マナ』と俺は呼んでいるが、無銘の剣に愛称をつけて呼ぶのも照れくさいので、『長剣と短剣』と、普段は呼んでいる。
「さあ、始めようじゃないか」
俺の掛声とほぼ時を同じくしてコインが高い金属音を発しながら舞い上がった。
目の前の相手に神経を集中しながら、コインの着地音を待つ。
舞い上がったときよりやや高い金属音が木霊した瞬間、戦いは始まった。
機先を制するつもりで前に体重を乗せたその瞬間を狙いすましたかのように、アレンが剣を突き出す。
完全に虚をつかれ、バックステップで逃れるだけの余裕は無い。
右斜め前方に体重を乗せ2回前転をして片膝を着いたままアレンを見た。
「さすがだ、あのタイミングで前にかわすなんて」
「まさか、先の先を取られるとは思ってもいなかった」
立ち上がり、バックステップで距離を保つ。
「でも、一撃で終わらせようってのは性質が悪いぜ」
「いや、君は今くらいのことじゃ終わらない。父が認めるだけの実力ともなれば、おそらく持っている資質は僕以上かもしれない。そんな君だからこそ、剣を交える。僕の居る場所を確認するために、そして何よりも、今より強くなるために!」
アレンが一直線に近づいたかと思った瞬間に視界から消えた。
皮膚の神経すらも総動員して彼の者を探す。
「そこかぁ!」
『マナ』を床にこすり付けんばかりに地を這う切っ先に合わせその切っ先をはじく。
確認している暇は無い。
「か・い・か・ぶ・りすぎるんだよ!」
勘を頼りに『エラン』を振るう。
金属と金属が激しくぶつかり合う。
アレンは見事に俺の『エラン』を受け止めていた。
すかさず、『マナ』を叩き込むがバックステップでかわされた。
「さすが2本剣のレロイ、まるで2本の腕が別の生き物だ」
「目で追えない奴なんて始めてだね、勘を頼りにやっちゃいるが、ぜんぜん余裕無いぞ!」
剣を交えてわかった事は、単純だった。
最初から心理戦なんて無かった。
思うように剣を振るい、思うように語り、自分のいる場所を見つけ出す。
より強い自分を見つけるために。
ただそれだけの戦いなのだと理解すると剣が踊る。
神経が研ぎ澄まされ、肌がアレンの剣先を感じ即座に反応する。
無数の傷を負いながらも俺は戦い続けた。
幾合もの打ち合いは続き、次第に剣の重みに腕が下がり始める。
「アレン、休まないか?」
「うん、僕もそう思ってたところなんだ」
『エラン』と『マナ』を腰に戻し、どっかりと座り込む。
本当なら大の字になって寝そべりたいところだが、細かい切り傷が全身に、しかも無数にあるので、それはやめた。
それにしても、驚いたのは若い見た目と違って老獪な剣さばきだ。
考えて打ち込むとほぼすべてが先読みの対象となり、先の先を取られる。
無駄な考えは捨て、感性に従って打ち合わなければ、あっという間に終わってしまっていただろう。
「噂どおりの熱い剣の舞い、すごかった、あの剣戟を捌く事が出来た、これは僕の自信になる。ありがとう」
「ははっ、こっちもだ。噂のアレンは噂以上にシャレにならん強さだって事がわかったぜ、もっとも、寸止めしてくれるなら傷にならないようにして欲しかったがな」
「そんな余裕があったらそうしてる。ほとんど余裕は無かったんだ。勘弁して欲しい」
ちょっと困ったようなその表情は少年のものだった。
「それこそだぜ、こっちは全然余裕が無かったんだ、お前と真剣でやるのはこりごりだね」
「僕も考え直そうと思ってたんだ」
そう言いながらアレンは上着のわき腹部分を指差した。
大きく切り裂かれている。
「君とやると服のストックが無くなる。結構気に入ってたんだよ?」
剣の実力と反して、可愛らしい言動に俺は吹き出した。
つられてアレンも笑う。
俺たちの笑い声が武練場にこだました。
長編は今まで完結させたことが無いので、思い切ってチャレンジします。
って、言っても、今回投稿の数倍は書き溜めしているのですが、趣味の小説で根がスチャラカなもので、違うことに心を砕いてしまっているのが現状です。応援していただける人がいらっしゃれば勇気もわくということで、がんばって行きたいと思います。
がんばれるかな~。




