邂逅
―何が起こってるんだ?一体、何が…―
僕は今目の前で起こっている事態を全く理解出来ないでいた。
彼女の前にいる男性…青年と言うべきか。黒髪に暗めの茶色の瞳。彼はどこからどう見ても皆と寸分変わりはない。クラスに紛れ込んでいても多分普通に過ごしてゆける、普通の見た目…
見た目はそうだ…だが…放っている雰囲気が、普通の人間とあまりにも違っていた…それに手に持っているのは銃…?だから皆逃げ出して…
何よりも“獲物を狙っている”ような眼は何処の誰よりも鋭く、見たことがなかった。
「…お前に用はない。私が用があるのは、“彼”だ。…この世界にいるのだろう?だからこそチェリー…君はわざわざここに来たのだろう?」
「…そうよ。だけどそれと貴方は関係がないでしょう?」
男の目付きが鋭くなる。
「関係あるのだよ…“彼”は、彼の力は我々オプスキュリラに必要なんだ…だから彼を君に渡す訳にはいけない。…彼の居場所を私に教えろ。」
「…何を言ってるの?私は貴方に教える義理も意味もないわ。それに、彼の居場所はまだ分かってないわ。」
「…っふざけるなチェリー!まだ…っまだ懲りていないのか?どれだけ私を冒涜すれば気がすむ?早く…っ彼の居場所を―!」
その時僕は信じられない光景を目にした。
一生忘れないであろう、奇跡を……
今になって考えばこれが始まりだったんだ…
彼女は、手から目映い光を出した…ような気がした。
これは僕の夢の続きなんだと自分自身を納得させようとしたけれどそれは次の瞬間にことごとくかき消された。
「…っ!お前!こんな力も―?…くっ」
次に僕が見た男は顔面から血を出していて思わず悲鳴をあげそうになった。
―誰がこんなことを…?さっきの光…まさか彼女が?―
「…この力のことは知らなかったみたいね、ロウン。…ごめんなさいね…これでも弱くやったのよ?…だからね…?早くここを去りなさい。じゃないと私、貴方を殺すわよ?」
「…最悪だ…今に見てろ、チェリー…彼の居場所も突き詰めて、お前のことも殺してやるよ」
男はニヤリと笑ったかと思うと、立ち去った―いや、消えた。
ついに僕はおかしくなったのか?やっぱりさっきの光景も僕の作り出した幻で…
「―ねえ!ねえってば!」
僕は後ろを向く。そこには彼女が、不機嫌そうな姿で立っていた。
「…僕のこと…?」
「そうよ、…あなた…今の見てたのね?」
「…え…?」
「まあいいわ。私が知りたいのはもっと別のことだから。」
彼女は凄みをきかせて僕のことを凝視する。彼女の明るい茶色の瞳が僕を捉えた。
「…っな、何?」
「私がここにきたときから気になっていたわ。あなた、リュミエールのレオンじゃないの?」
―リュミエール?レオン?―
―何を…?―
「リュミエールって…なんだ、それ…」
気のせいだろう。懐かしい感覚がするのはきっと今の状況に焦っているからだ。きっと…そうだ。
「…ふざけてるの?間違いないはずなのに……」
「いや…僕は記憶喪失で…」
何を言っているんだろう。こんな知らない人に…。今まで自分が記憶喪失だということは誰にも知られたくなくて…それ故に隠していたのに…
「記憶喪失…あなたが桜葉空…?だから…何も覚えてないのね?」
「どうして僕の名前を……君は僕のことをしっているのか?…」
彼女は僕の質問には答えずに、こう続けた。
「…近くで見て確信した。やっぱりあなたは…レオンだわ。見た目も話し方も違うけど、分かるもの。」
「君は何を言って…」
「街の人が言ってたわ。二年前に記憶喪失の少年が倒れていたって。…レオンがいなくなったのも二年前…」
「ちょっと君…何が何だか…」
僕のことなんてお構い無しに彼女は話を進める。
「…ねえ、隠してるでしょ。本来の姿を。本当の自分を隠してるでしょ…どうして…?レオン…」
…!!
その言葉に僕は愕然とした。
今まで二年間隠してきたものを、施設の人にさえ隠してきたものをなぜ名前も知らない彼女が…
「…君は何なんだ…僕は分からないんだ…二年前以前の記憶はどんなにもがいても思い出せない…この髪も目も、皆と違うことが何よりも苦痛で…!」
…そうだよ…
僕の噂がこんなにも広がったのは単に僕が記憶喪失だったからじゃないだろう?
この髪と目が、目立つ存在だったから、だから僕は―
「…なっ…目が…紫?」
忘れない、人々の言葉。
施設に連れていかれて、更に僕は皆と容姿が違うことを思い知らされた。
金髪に、紫色の目をした少年。
この狭い町では「記憶喪失」も十分すぎるほど奇怪だったはずだ。それに加えてこの容姿は更に人々の好奇心を掻き立てたのだろう…
だから僕はそれを隠した。
居場所が欲しかっただけでない。皆と違う風に見られることが、僕には耐えられない苦痛だった。
皆と同化すればそれが和らぐから…
「本当に忘れてしまったのね…髪を染めるほど自分の容姿が嫌なんだから。あんなに誇っていた髪も目も…!ううん、それだけじゃない。リュミエールのこと全て…」
「誇っていた…?」
「…大丈夫。」
自信に満ち溢れた声で彼女が僕に話しかける。
「絶対に思い出すわ…リュミエールに帰る前に、思い出させてみせる…!!何も覚えてないなんて悲しすぎるもの…」
「…え…?」
「私はチェリー。ここでの名前は上島彩だけど、チェリーが本当の名前だから。…ここへは、リュミエールの行方不明者を探しに来たのよ?」
間髪をいれずに彼女は話を続ける。
「そしてあなたは…レオン…レオン=エルランジェ…二年前に行方不明になってから皆あなたのことを探してるわ。」
「…行方不明…僕が…」
「私もあなたの記憶が戻るように努力するわ。だからあなたもリュミエールのことを思い出して…だから…本来の自分を捨てないで…!」
正直言って、パニックの域を越えていた。ドキドキと今にも爆発してしまいそうな心臓と震える足と手がそれを物語っている。僕のことを見つめていた少女。彼女は僕のことを知っていて、僕をレオンと呼ぶ。
その名で呼ばれても記憶はない…それにリュミエール…?
行方不明だと言われても実感が涌かない。やはり僕はどこか遠い地からやって来たんだな…。
彼女はそれを全て知っている。彼女が本当のことを述べているのだとしたらだけれど…
―こんなことってあるのか…?いきなり話掛けてこんなこと言われたって―
「おーい!学校に戻れー!」
僕は先生の一言で我に返った。
「もう不審者は消えたからなー!様子を見るから学校に戻れー!」
―え、ああ…そっか…さっきの男は彼女が…―
「ねぇ、レオン。私はあなたに思い出して欲しいけど、「こうなった理由」も知りたいわ。…だから明日の放課後、ここで待っていて。話すことが沢山あるから。」
「今日じゃ…ないのか?」
「今日は片付けることがあるの。だからそれを片付けたらあなたに説明をしなきゃ。じゃあ、レオン…明日…」
まだ彼女に聞きたいことは山ほどある。それなのに、チャイムが授業の始まりを告げる―。
その時ばかりはその音を恨まずにはいられなかった―。