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0.プロローグ



 昔むかし、ある国に一人の魔女がいました。魔女というのは燃えるような赤髪、闇の中で金色に光る碧の目を持っていました。逆にいうと、そういう色をもった女しか魔女にはなれなかったのです。

 彼女たちは天候を操り魔法を使い、国さえ滅ぼす存在として恐れられていました。

 大方の魔女は薬草と少しの魔法で人々の健康や安全の為のまじないをしたり、家畜の病気を治したりしていましたが、ほんの一握りの魔女は、魔法を好きなように使い、嵐を呼んだり国と国を争わせたりしていました。悪いことをした魔女は恨みを買って殺されることもありましたが、そもそも魔女というものは良いも悪いも思案の外、という考え方が浸透していたため、多くの天災や人災と同じように、大抵、人々は魔女のすることをあきらめをもって受け入れていました。


 さて、ゴルデルゼにいる魔女も良いか悪いかといわれれば悪い方の魔女でした。しかし彼女はとても美しい女性でした。

 ゴルデルゼの王は魔女の足下にひざまづいて求愛しました。王にはすでに正妃がいましたので、求婚することはできなかったのです。

 魔女は王の求愛に頷きました。彼女は退屈していましたし、そろそろ跡継ぎがほしいと思っていたのです。

 王の後宮に入った魔女は国のためにいくつかの魔法を使いました。干魃地帯に雨を降らせたり、強硬な態度を崩さない大国の使者の心を操ってゴルデルゼに有利な外交条約を結ばせたりです。

 魔法には代償が必要でした。干魃地帯に降った雨の代わりに他国では日照りが続き、使者は自国を裏切ったとして処刑されましたが、王は代償には目をつぶり、魔法のもたらす結果だけを尊びました。

 

 そうして王はますます魔女を愛しました。やがて魔女は子供を身ごもり、月満ちて一人の赤子を産みました。


 魔女はその子供を見てがっかりしました。なぜって、その子供は男の子だったのです。男は魔女にはなれません、魔女の跡継ぎにはできないのです。


 そのころにはすっかり王宮の暮らしにも王にも飽きていた魔女は、子供の誕生を喜ぶ王に子供を渡し、別れを告げました。

 王は魔女の美しさと魔法に惹かれていましたから必死で止めましたが、魔女は聞く耳を持ちません。しかしあまり

しつこい嘆願に、魔女は一つ魔法を授けました。


「もしもこの国が滅びるようなことがあれば、私の子供と、私の力の及ぶ限りの土地を守りましょう。くれぐれも私の子供を粗末に扱わないように。もしも粗末に扱えば、私の魔法は効力を失うでしょう」



 魔女の言葉通り、赤子は王子として大切に育てられました。けれど王子は幸せではありませんでした。

 世継ぎの王子はちゃんといましたし、だいたい魔女の子供が王になれるはずがなく、王子と呼ばれていても先を読む目のある重臣や貴族は彼を相手にしなかったのです。

 王子のわがままはすぐに叶えられました。他の王子や姫が持っているものも、王子の一言で王子のものになりました。けれど王子は幸せではありませんでした。

 魔女の子供と恐れられて王子と親しくなろうという者は誰もいなかったからです。

 王子は長じるにつれますますわがままになり、皆に憎まれました。

 大人になると、母親譲りの美しい容姿と身分にものをいわせて宮廷の女性を弄び、王子に対する恨みや憎しみはますます強くなります。

 

 

 やがてゴルデルゼは内乱と、機に乗じた隣国からの侵攻で滅びました。

 王は魔女の魔法を頼みにして、ほとんど何の対策も講じませんでした。きっと魔女が助けてくれると信じたまま、自分の息子の手にかかって死にました。

 

 父王の死と前後して城の塔に幽閉されていた魔女の王子は、目覚めると、あたりがあまりにも静かなことに気づきました。

 塔には鍵がかけられていたはずなのに、ドアは易々と開きます。王子は下に降りていきました。


 戦は終わったのでしょうか。王子には知ることができませんでした。なぜならば、城と、その周辺は美しい薔薇が生い茂り、けれど外にはでられず、外の様子を窺うこともできなかったからです。

 王子は城から出て三日歩きつづけました。しかしある地点から先に行こうとするとざわざわと茨の茂みが王子の行く手を遮ります。王子は逆方向に六日あるきました。やはり茨が行く手を遮ります。


 次に王子は城の中を見てみました。誰もいません。外にも誰もいません。馬も犬も姿がありません。

 魔女の魔法は言葉通り、彼女にできる限りの範囲の国と、彼女の子供を守りました。

 そして魔法には代償が必要でした。

 王子の姿は醜い獣に変わっていたのです。

 王子が人間に戻るには、人間の娘からの真実の愛が必要です。


 王子の元には様々な娘が現れました。そのどれもを王子は「美しい人」と呼びました。名前などどうでもよかったからです。


 一人目の娘は王子の姿を見て悲鳴をあげて逃げ帰りました。

 二人目の娘は王子を殺そうとしました。

 三人目の娘は王子がさわってはならぬと言った薔薇の花を、美しさに目を奪われて盗もうとしました。

 四人目の娘は王子に愛を告げましたが、王子が人間の姿に戻ると失望して帰ってゆきました。

 五人目の娘は城も領地も王子のものではないと分かると翌日には姿を消していました。

 六人目も七人目も八人目もその次もその次も、誰も王子に真実の愛を捧げてくれませんでした。


 時が経つにつれ茨はますます厚くなり、王子を訪れる「美しい人」は途絶えました。

 

 王子は孤独に残されました。 



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