強引音人 中段
気付いた、出来事
「俺ほんとはこういうの親に反対されててさ、でもどうしても諦めらんなくて家飛び出してきてんだよ。なのに何年経っても売れる気配ないし、そろそろ潮時かなって。誠に会えたのもそういうことかもしれねーじゃん。ファンができて心残りはないでしょ? みたいなさ」
(ずいぶん後ろ向きだな。なんでそうなるんだ?)
『その程度の決意だった?』
秋彦は、その切り返しに言葉を詰まらせ今度は唸りながらベッドの上で転げだした。
(楽しそうだな)誠は転げ回る秋彦を放っておくことにしてジュースのおかわりをした。飲みながら、ちらかるバツ紙を手に取ってみる。(どれも同じようなこと書いてあるけど本当の所どんな人材をほしがってるんだろう)辺りを見回して散らかっていた楽譜も見てみたが誠にわかるはずはなく、数秒でもとの場所に戻された。
正しいのか不明だが床に転がっている時計の針は二時近くを指している。いつもの誠ならとっくに寝ている時間だ。そうでなくても誠は夜更かしをするタイプではなく、夜はさっさと寝て朝は早めに起きる習慣が身に付いていた。
(もうすぐ二時?)不思議と眠くはなかったが反射的にオバケのことが頭をよぎった誠は気をそらそうと秋彦の方を見た。
「おぇ……気持ち悪い、俺バカだ……」
秋彦は発泡酒三本が入った体に回転を加えたことによって当然の報いを受けていた。お互い何を言うでもするでもなく一時停止していたが、しばらくすると秋彦がふらりと起き上がり、そのまま誠の顔をじっと見つめてきた。目をそらすのも何なので誠も何となくそのままぼーっと見つめ返した。
と、突然秋彦が叫びながら誠に飛びかかり肩をつかんで思いっきり揺さぶり始めた。
「あああぁあぁ! このベタな展開は! まさにじゃねーかー!」
住んでいる人が少ないということでこの騒ぎによる苦情がこないことを誠は祈った。そして首をぐでんぐでんにしながらも興奮状態の秋彦をただ見つめていた。(……酔っぱらい?)
「顔を借りろってことだろ? な? そうだよ。これで誠に証明することもできるぜ。ひゃっほー!」
秋彦にとってはベタな展開でも誠にとっては意味不明以外の何者でもない。揺さぶられ地獄から解放されるなり当然のごとく自分の意思を伝えた。
『説明求む』
秋彦はまだ興奮しているが一応我には返ったようだ。
「あぁ、そうだな。オッケー、じゃあ行くぞ。こんな俺の所にいきなり美形の救世主が現れた。それはつまりその顔を借りてオーディションに出ましょうって言う漫画的展開!」
だろ? と言わんばかりの顔で誠を見るがそんな発想に行き着く秋彦についていけなくて、ただ目をぱちくりするばかりだ。しかもいきなりこれでは全く説明になっていない。
だが誠を置き去りにして秋彦の説明は次の段階に進んでいく。
「さらに、誠の顔&俺の歌でオーディションに合格したならやっぱり顔が悪くてダメだったが歌はよかったという証明ができるわけだ!」
(言葉の意味はわかる、でもだからってここは漫画の中じゃないから!)誠は、まさかと思いながらも念のために聞いてみることにした。
『どこまで本気?』
「どこまでも!」