双極家族
桜は巡り、凍つる氷は解けてゆく
静音は買い物がてら天使のアーケードを歩いていた。
化粧品専門店には親でも見とれるほどきれいな顔をした誠のポスター。
ケーキ屋の前にはケーキを頬ばり幸せそうな顔をした誠のポスター。
CD屋の前には秋彦と一緒にポーズを決める誠のポスター。
服屋の前には派手なパーカーをきた誠のポスター。
本屋の前には“今週は国民読書週間”と書かれた誠のポスター。
模型屋の前には……
どこを見ても誠のポスターが目に入ってくる。誠が街中にあふれている。
静音は誠のすべてを知っていると思っていたのに、かっこつけた姿も、化粧した顔も、おどけた顔もすべて、紙に印刷されたものを見て初めて知ったことがショックだった。それでも自分の子供であることに違いはなく、定期的に街に出てはこうして寂しさを紛らわしていたのだ。
家にいない誠の代わりに紙の誠を見つめていた静音は、ふと涙がこぼれそうになって思わず上を向いた。その目に、眩しく彩られた天使が飛び込んでくる。しばらくそのまま天使の顔を見ていたが、やがて前がぼやけて滲んできて天使はどこかへ行ってしまった。
(あぁ、そうか。私の天使は……ずいぶん遠くまで飛んでいけるようになったのね)
未だ子離れできない静音が、やっと誠の成長を認めた瞬間だった。
「教授、来月予定してるアメリカ行きなんですけど、どうしても外せない用事があるんで一日遅れで合流してもいいでしょうか?」
「ほーう? 教育庁様との共同プロジェクトより大事な用があるとは驚きだね。大統領とのデートか? 首相と宇宙遊泳でもしに行くのか? まったく馬鹿なことを言うんじゃないよ。大体一日遅れでノコノコやってきてみんなと足並みを揃えられるとでも……」
「思ってますよ」
涼しい顔で、さらっと言い放った春人に教授が舌打ちをする。
「あー、そうだろうな。お前だからな。勝手にしてくれ。俺は知らーん!」
春人は、にっこり笑って頭を下げると足早に立ち去った。
教授はため息をつきながらその背中に悪態をつく。
「いるんだよなー。この世には若くて美形でおまけに天才っていうクソ野郎が。ちくしょー! 独り占めしないで俺にも何か分けやがれ!」
満開の桜がやわらかな風に揺られて軽やかに舞い踊る。
うす桃色の雪の中で春人は嬉しそうに笑いながら電話をかけていた。
「うん、大丈夫。行けるよ! 当たり前じゃないか! ちゃんと父さんも母さんも連れて行くから特等席準備しといてよ! うん! 僕もだよ兄さん!」