十全措置
つまりは、上手故
涙ながらの引退宣言を遮ったのは秋彦の後ろに映し出された映像だった。
スクリーンいっぱいに秋彦と誠のツーショットが映し出され、その下に大きく書かれているのは“二人で「MAKOTO」”の文字。
秋彦は観客の目線をたどって後ろを向いた。(え? 何これ?)困惑に思わず涙がひいていく。
その時、ステージにアヤメと誠が腕を組みながら現れた。誠の顔が引きつっているのは状況が飲み込めていない証拠だ。
「皆さん初めまして。私は柊アヤメ。この子たちのボスよ。じゃ早速紹介させてもらうわ。この子は田口秋彦、そしてこの子は桜田誠。二人そろってうちの一押しユニットMA・KO・TOよ!」
客席がさっきとは違う理由でざわめき出す。
司会者はとっくに壁にもたれてほかのスタッフ同様に傍観者となっている。スタッフは収拾のつかない事態にさじを投げてしまった。アヤメの持っているマイクは司会者が持っていた物だった。
ステージの上で誘導された二人はアヤメの横に並ぶ。秋彦は流した涙の行き場を見失ってしまった。人前にいることも忘れ、誠と二人でただ顔を見合わせている。
詐欺と言い張った客もどう判断していいのかわからないままステージを見上げている。
そして、観客のほぼ全員がアヤメの眼鏡に気を取られていた。
「詐欺だなんてとんでもないわ! そもそもCDジャケットにこの子の顔があっても歌っているのが桜田誠です、とは書いていない。この子が歌っていると思ったあなた方の思い込みよ。この子たちは二人で一セットなの。その証拠に常に一緒にいたでしょう?」
二人は街を出歩くノルマの意味を理解した。確かに取材も撮影もラジオも常に二人。それも声を変えていたとはいえしゃべっていたのは秋彦だけだ。
「このユニット名は桜田がジャンケンで勝ったからMAKOTOになっただけのこと。近々変えようかと思っていた所だし……」
助けてもらっていることも忘れて(何だそれ!)と、心の中で二人は突っ込む。
客は、どうリアクションを取っていいのかわからなくて困っているようだ。だが野次を飛ばした二人は今の一言でまた元気を取り戻してしまった。
「なんだよそれ! ふざけてんのか?」
「それに、そいつ雑誌でマネージャーって言ってたの見たぜ!」
アヤメが高らかに笑う。本当に楽しくてたまらないという感じだ。
「呼び名や役割は誰がどう決めようと自由でしょ。物知りだからって博士と呼ばれた子供は博士なのかしら? ってことよ。あぁ、ちなみに私は女王様。でも英国女王になった覚えはないわよ」
物陰から苦い顔の貫凪がギロチンのジェスチャーをして見せている。まだ何か言いたげなアヤメだが仕方なさそうに貫凪に従った。
「あら、もう時間だわ。それじゃこれからも誠ちゃんと秋彦ちゃんをよろしくねー!」
アヤメは言うだけ言うと、あっという間に三人で消えた。顔を引きつらせたままの誠と秋彦は自分より小さなアヤメにずるずると引きずられるように去っていった。
変な眼鏡に変なしゃべりかた、いきなり出てきて訳がわからないままに帰って行ったアヤメの演出で客は絶句している。
ステージでは映像が切り替わり、誠と秋彦が違うスタイルで映っている。今度は貫凪のナレーション付きだ。
「本日“MAKOTO”の二人がテレビ初登場ということで記念ポスターを無料配布いたします。この日だけの限定ポスターです! ご希望の方は番組後、各出入り口でお受け取りください。数に限りがございますので品切れの際はご了承願います。繰り返しお知らせいたします……」
生放送の人気番組はもはやMAKOTOの単独ライブと化していた。
「あいつら……好き放題やりやがって……もう二度と呼ばねーからな! くそったれが!」
チーフディレクターの結城が血管が浮くほどに拳を握りしめ悪態をついている。
結城はアヤメの優しさでモニターまでセットされた部屋に……
未だに閉じ込められていた。