痛抱溢思
魂の、声とは
「誠、この、バカ野郎が……」
秋彦は歯を食いしばって目をふせた。
誠はまだ秋彦を見ている。目をそらさずに、真っ直ぐに。
秋彦はこの目を嫌というほど知っていた。逃げることを許さない強く熱い目だ。
それでもどうすればいいのかわからなくて立ちつくしていた秋彦は、いきなり後ろから誰かに突き飛ばされてしまった。
「うわっっ!」
そのままステージに躍り出た秋彦に観客の視線が容赦なく突き刺さる。
秋彦がいた場所にはいたずらっぽく笑う貫凪が立っていて、誠に軽く敬礼するなりさっさと姿を消した。
ステージでは誠が再度秋彦にギターを差し出している。教えられた通り音が狂わないようにちゃんと握っていた。
後戻りできないことを知った秋彦は、そのギターだけを見つめ一歩、また一歩と近付いていく。
ホールにいる全員、テレビの向こうの全視聴者が二人の動きをひとつも逃すまいと固唾を呑んで見守る中、ようやく秋彦の手がギターをしっかりとつかまえた。
「秋彦、選手交代だ」
誠はにっこり笑って手を離した。
それまで静かだった客席から鋭い一言が飛んできた。
「それじゃ、ほんとにMAKOTOは歌ってなかったのかよ?」
みんながハッとして声の主を見た。“それは、つまり……?”皆の頭がひとつの結論に辿り着き一気に伝染した。
「信じらんない! じゃあ今までのも、そいつの歌ってこと?」
「私はMAKOTOに会いにきたのよ!」
「詐欺だ!」
「ひっこめー!」
覚悟を決めた誠はもう一度マイクに向かうと罵声を微塵も気にすることなく話し出した。
「どう、思われようと、仕方が無い。でも僕は偽物だから……」
話している間も野次は飛び交う。
「MAKOTOじゃないなら見る価値ねーよ!」
その言葉で誠の胸に悲痛な思いがこみ上げてきた。
(そんな、それじゃまるで……)
「今まで、みんな、何を聞いて、きたんだ! みんなが、欲しがっているのは、そんなに、薄っぺらい、ものなのか! それが、ほんとの、ファンなのか?」
誠は、そこで息をついてから秋彦に悪戯っぽい笑顔を見せた。
「秋彦、見せてやりなよ」
その言葉には有無を言わせない強さがあり、秋彦は熱に浮かされたようにふらふらと歩いてマイクスタンドの前に立った。
それを確認した誠はそのまま客席に向かって歩きだす。
秋彦はマイクの前にきたのはいいが未だ黙ったままで、ぼーっと誠の動きを目で追っている。
すたすたと歩く誠はステージと客席の境目で、ぴたりと足を止めて善くも悪くもギャーギャー騒いでいる連中をゆっくり見回した。
足元に群がる狂信者をはじめ、まだ顔が見える一階席、必死で手を振っている二階席、米粒みたいな三階席、そしてすきまを埋め尽くすかのような立ち見の客。その全員を見終えると、今度は大きく大きく息を吸い込む。
そして、いきなり声を限りに叫んだのだ。
「いいかげん、目を、覚ませよ! 自分たちの、見ている、世界が、どんなに、いいかげん、な、ものだったのか、思い知れ!」
誠の叫びに、またも観客席は水を打ったように時を止めた。