当見異声
遂に、決行へ
司会者は客の影響で無駄に興奮してしまい、不自然なほどに声を張り上げた。
「さぁ、お次は注目度ナンバーワン、美貌と美声を併せ持つ千年に一度の奇跡と言われる天才ギタリストのMAKOTO! なーんと今夜記念すべきテレビ初登場で待望の新曲、初披露! この曲はメッセージソングとなっており今も未来も胸焦がす熱烈な応援歌となること間違いなーし! それでは早速いってみましょーう! MAKOTOで“グラフィカル”です! どうぞっ!」
誠は相変わらず自分のことではないので聞き流したが、そうもいかない秋彦は、あまりの恥ずかしさと気まずさに真っ赤になっている。(ちょっと何なんだよ、それ! 一体誰が考えやがったんだ?)
客席では失神する者もいる。銘々が声を限りに叫んでいてやはり聴く気はなさそうだ。
そして曲が流れ
…………なかった。
赤かった秋彦が今度は青ざめる。イントロが流れてこないのだ。誠もスタンバイのままで動かない。
(マジかよ? ちゃんとあいつらと打ち合わせしたよな。誠の時だけこっちのメンバーと変わってもらう約束もした! なのになんで? 客がうるさいからか? あー! ダメだわからん! とにかく音を出さなきゃ!)秋彦は誠の言葉を忘れコントロールルームに向かうためステージに背を向けた。
「秋彦、どこ行く気?」
(な、に?)マイクを通して聞こえてきた言葉に一時停止し耳を疑う秋彦。
誰ひとり予想していなかったセリフのおかげで、あれほどうるさかった客席が嘘のように静まり返った。
スローモーションのようにゆっくりと、コマ送りのようにぎこちなく秋彦が振り返っていく。そしてステージを見た秋彦は目まで疑うこととなった。誠の肩にかかっているはずのギターがネックを支えられて秋彦のほうを見ているのだ。
「ま、こと、なんで……?」
今度は舞台裏が大騒ぎになっている。
「何も聞いてませんよ! どうなってるんです?」
「知るか! 何なんだこれは?」
スタッフは大慌てで走り回っているし司会者はどうしていいのかわからず周りのスタッフに助けを求めている。
「どっきりか?」
「チーフはどこだ? カメラ切り替えないのか?」
「なんでCMにいかないんだ?」
普段より多く設置されたカメラがあらゆる方向から完璧に一部始終を捕らえている。
誠は観客席に向かって静かに話しかけた。
「みんなに、会わせたい人が、います。本来、ここに、いるべき人で、みんなが、必要としてる人、なんです。だから……」
そこで一度言葉を切って秋彦に目をやる。
秋彦はあまりの居心地の悪さに、このままどこかへ飛び去りたい衝動に駆られた。
マイク越しに広がる誠の声は深く洗練された赤ワインのようで聴く者の耳にまろやかな余韻を漂わせている。
一方秋彦は雨上がりの森林に降り注ぐ甘い太陽のような、それでいて真っ直ぐに芯の通った声を持っていた。
それぞれに違う魅力があり、そして誰が聴いてもすぐにわかるほど全く違う種類の声だった。
「……こいよ。秋彦」
観客は何が起こっているのかわからず瞬きも忘れて誠を見つめている。そのほとんどの頭の中では、話す時と歌う時で声が違う人がいる事実と、誠のセリフがフルスピードで回転していた。そして、この状況を見ている勘のいい人間が“MAKOTOは口パク”という言葉を思い浮かべたのも道理な話だった。