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舞台線上

秒読み、開始

 本番前に挨拶回りを終えた二人が控え室に戻ってきた。

「あー、なんか、風当たりキツかったな」

「……ん」

 アヤメが行かなくてもいいと言っていたのだが、二人は初めてだったこともあり共演者全員のところに行ってしまったのだ。

 絶大な人気を誇る誠がテレビ初出演ということで、ほかの出演者の影が薄くなることは明らかだった。比べられるのが嫌で出演を辞退したアーティストも多かったということを二人は知らされていなかったのだ。

 ぐったりした二人だが鼻をくすぐる甘い匂いによりテーブルに誘導されていく。

「おぉっ、時間までゆっくりしようぜ、差し入れいただきながら!」

「おー……♪」

 バニラビーンズ入りカスタードクリームが、たーっぷり詰まったシュークリームによって二人の機嫌はあっという間に回復した。二人はこのぐらい単純だから今までやってこられたのだ。



「MAKOTOさん次スタンバイでお願いします。あ、そーだ今日が初めてなんですよね。リハ通りで大丈夫だし、失敗しても司会がフォローしますから気楽に行ってくださいね」

 思いやりの言葉に誠は満面の笑みを返した。スタッフは一瞬たじろいでから急いで走って行った。(マジかよ! 今のは男の俺でもヤバかったって!)

 何やら慌てている後ろ姿を見送りながら誠が秋彦を呼んだ。

「あの時と、違って、これテレビだし、初めてだし、緊張する。秋彦はどこで、見てる? 見えるとこに、いれば安心する」

 練習のおかげで声は出るようになったが十五年も口を利かなかったツケは大きい。まだ完全ではない喉のために誠は休み休み声を出す。続けて長く話せるようになるには、もう少し時間がかかりそうだ。

 そして秋彦は驚いた。今まで誠と一緒にいて“緊張”という言葉を聞いたことがなかったからだ。

(珍しいな。誠でも緊張することあるんだ。誠も俺と同じ人間だったか! よかったよかった!)などと、誠には聞かせられないようなことを思いながら笑ってみせる。

「そっか? んじゃ舞台袖にいるよ。そこならお前が横向けば見えるから」

「ん」

 誠は、CMの間にステージに上がる。その姿が見えたとたんに悲鳴にも似た大絶叫がホール中に響きわたった。今までの出演者に申し訳なくなるほどの大歓声だ。

 客席の最前列、つまりステージとの境目には尋常ではない体つきの警備員が隙間なく立っていて、ステージに上ろうとするMAKOTO信者たちの企みを阻止している。

 もちろんアヤメが手配したのだが、このたくましさはどう見ても警備員というより映画に出てくるスーパーボディーガードだ。

 貫凪は「このメンバーをどこから連れてきたのか知るのがこわい」と言ってアヤメを怒らせた。

 完璧に準備されているギターとマイクに向かって歩いて行く誠。マイクはステージの中央より少し後ろにさがっていて客席からは離れている。リハーサルのときよりもさらに立ち位置が下がっているのも、客席に近付くといろいろな意味で危ない、というアヤメの判断だった。

 誠はステージの上では独りきりになる。必要な音はすべて秋彦が曲の中に打ち込んであるためほかにメンバーがいらないようになっているのだ。といっても誠は何の音も出さないのだからすべてが“必要な音”だが。

 客席の騒ぎは収まる気配を見せない。ここにいる九割以上が誠目当ての客だったがこれでは曲を聴くどころではないだろう。

 スタッフからまだ合図は出ない。誠は袖から秋彦が手を振っているのを確認し、安心したように頬笑んで正面を向いた。

(秋彦、そこにいてしっかり見ててくれよ)

 背筋を伸ばして胸を張り、深ーく息を吐く。

 宙に浮いているカメラの赤いランプが光る。

 客席の騒ぎは言葉で表し難いほど酷く盛り上がっていく。

 スタッフが大きく腕を振り上げて合図を出している。

 “3、2、……”

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