不見予恐
各自の、覚事
誠と秋彦はスタッフとの打ち合わせを終えて半日休みをもらっていた。
テレビ出演を受けてからアヤメは度々自由な時間をくれるようになっており、二人は遠慮なく自由を楽しんだ。だが暇ができたのではなく、アヤメに暇を作ってもらっただけで、その分いくつもの仕事を同時に片付けて埋め合わせをしているのだ。
なんとなく危険な街をぶらつきたくなかった二人は自分たちの部屋に戻った。
アヤメは、ひとり一部屋ずつ借りればいいと言ったのだが、誠がこんな所にひとりは嫌だ、と訴えたので結局二人で暮らしている。
それもそのはず。ここの部屋数は多すぎた。ギター保管専用の部屋と曲作り専用の部屋、物置、テレビ鑑賞専用の部屋、パソコンルームに二人それぞれのプライベート空間を作ってもまだ部屋が余っているほどだ。しかも厳しすぎるくらいのセキュリティーで人的な安全は保証されている。
マンションの一階には、ちょっとした物が買える店まで入っている。アヤメは近い将来誠の人気がこうなることを読んでここに決めたのだ。そうは言っても誠は未だに「僕には贅沢すぎる」と言っていた。
秋彦がいつものようにパソコンのチェックをしている。その後ろの誠はくつろぎながら卵たっぷりとろふわプリンタイムを満喫していた。
「誠、もう騒ぎになってるよ、自分の目で見てみな。んじゃ、そういうことで〜俺もプーリーン〜♪」
秋彦はスプーンをくわえたままの誠を椅子に座らせそのままキッチンに向かった。画面の中では、誠についてありとあらゆる意見が飛び交っている。
「ふーん……」
中身は誠の想像通りだ。MAKOTOはやっぱり本物だった、チケット欲しさに奮闘している、テレビに出るから本物とは限らない、愛するMAKOTOと結婚したい……。
誠はため息をつきながら画面とにらめっこをする。
「どうだー? 何か面白いのあるか?」
いつのまにか秋彦が戻っていた。
「んーん……いつもと一緒」
「だよな」
秋彦はニッと笑って、やわらかいプリンを頬ばった。
スタッフが声を張る。
「じゃ、これで行きますんで、MAKOTOさん、本番もよろしくお願いしまーす! はい、それじゃー次行きまーす……」
最終のリハーサルを終えた誠が秋彦の所に戻ってきた。
「あぁ、誠ー。やっぱステージだとお前の姿は映える! お披露目を思い出すなぁ。思えばあれが始まりでここまで来たんだもんなぁ。あの日がまるで昨日のことのようだぁ」
「じじい」
「なっ、お前そういうこと言うのか……さすがだな」
誠のつぶやきに秋彦が感心する。
「誠ちゃーーん! リハの感触はどう? 本番楽しみねー」
袖で見ていたアヤメが小走りに近付いてきた。
スタッフの冷たい視線を感じ秋彦がスタジオの外に促した。二人は珍しくアヤメが一人でうろついていることに気付く。
「あれ? 貫凪さんは?」
「あぁ、今日の準備に駆け回ってんでしょ。あいつは私のために駆け回るのが仕事だからねー」
「あの……」
言い難そうに誠が口を開いたがアヤメはそれを片手で制した。
「誠ちゃん、あっきーもよく聞きなさい。これは誠ちゃんとあっきーの仕事よ。私は何も口出しできないの。もちろん貫凪もよ。好きにおやりなさいな。絶対に悔いが残らないようにね。約束よ、何が起こっても私たちは味方だって事忘れちゃダメ。さて、私も用があるから行くけど……番組楽しみにしてるわよ! じゃ、あとでねー!」
アヤメは軽やかに駆けていき、二人は顔を見合わせた。
「そういや誠、さっきもリハ普通にやってたし、急に本番で俺の紹介はどう考えても不自然だろ。俺、絶対やめた方がいいと思うよ。ほんとにマジで」
「だって、僕、何もしてないよ」
「そんなことないし、今日もあいつらに任せてあるから、お前はお披露目のときみたいに演じるだけがベストだって。だって俺の紹介雑誌で散々やったじゃん」
「偽名二次元」
「そういう問題じゃないのー。頼むよ、俺を助けると思ってさ。それとも俺が笑い者になってもいいのか?」
誠が、ふるふるっと首を振る。
「や」
これは最近の誠の流行で、いかに短い言葉で会話ができるかと考えた一文字シリーズの中のひとつだ。
「そりゃどうも。じゃ、本番は新曲披露して拍手もらって帰ろーぜ。トークを省いてもらったのもアヤメさんの気遣いなんだし好意を無にしないように、な」
「ん」
「はい、そりゃどーも」
二人は笑いながら歩き出した。