決支両動
巻き込んでいく、歯車
ドアが閉まってしばらくすると困り顔の貫凪がソファーに座りため息をついた。
「アヤメさん、本当にいいんすか? バレたら俺たち……」
「貫凪、あんた見なかったの? あんな目をした子を止められるわけ無いでしょ。それに私は当然ここまで見越していたわよ」
疑わしい目でアヤメを見つめる。
「えー? それマジで言ってんすか?」
「私を誰だと思ってんのよ! 下らないこと言ってないで、でかい仕事取ってきなさい! ほら早く行く」
「わかりました。ここまで来たら地獄の果てまでご一緒しますよ。アヤメさん」
貫凪は部屋を飛び出した。
「はぁ……あいつもまだまだね。あんな様子じゃまだまだ安心できないじゃないの」
アヤメは呟きながらソファーに寝転んだ。
貫凪は仕事の前にロッカールームに寄り道をしてキャップを取り替えた。選んだのは雑念を払うとき専用、模様なしの真っ黒だ。走っても落ちないように深くしっかりかぶる。鏡の前で気合いを入れてから廊下に駆け出した所で、いきなり呼び止められた。
「うぉい待てよ、かんにゃぎー」
照明の平賀だった。
「お前ちゃんとアヤメに飯食わしてんのか?」
その切り出しに貫凪は面食らった。
「は? いきなりすぎますよ。何言ってんすか? 飯くらい当たり前でしょ。むしろ誠の影響で三食ちゃんと食べるようになったほどっすからね」
「え? そうなの? じゃあ寝てないんじゃね? 最近あんま顔色よくないじゃん。ガリガリだしさ」
「えっ?」
貫凪は誰よりもアヤメの近くにいる。出会った頃からあまり顔色がいいと言えなかったが化粧もしているのでよくわからない。体も小さいが、そうい体格なんだろうと思っただけで特に気にしていなかった。
「それ、もとからじゃなくて?」
「ちげーよ。最近っていうかちょっと前からっていうか、俺っち仕事柄、人の顔色ってやつをよく見るからさ。ちょいと気になって。ま、飯食ってんなら大丈夫だろ。じゃましたな」
貫凪は訳がわからないまま平賀が去って行くのを見ていたが、すぐに自分がするべきことを思い出し慌てて走って行った。
誠が初めてテレビ出演するということで日本中、いやネットも通じて文字通り世界中のファンが色めき立った。
今回誠のために貫凪がとってきたのは視聴率の高い生放送の歌番組。この番組は日本最大のホールに観客を入れ、アーティストがライブ形式で楽曲を披露していくというものだ。普段はテレビ用にサクラの観客を入れているが、アヤメの提案……ではなく命令により、サクラ無しで一般客だけを入れることになった。
特別に立見を入れ入場者四〇〇〇人を設定し、抽選ということで一般募集をかける。しかもライブではなくあくまでも歌番組なので完全に公正を期すためファンクラブ用の枠は設けない。
少しは制限されるかと思い葉書応募のみを受け付けるということだったのだが、運ばれてきた山のような葉書を前に番組スタッフは途方にくれていた。
アヤメとニヤついた貫凪がその様子を遠巻に見ている。
「いやー、しかし歌う誠、見たさに殺し合いが行われなきゃいいっすね」
「ちょっと……それシャレになんないわよ貫凪」