共有責重
小さな真実と、小さくない現実
「詐欺ですって? 一体何の話? よーく目を見開いて世間を御覧なさい」
アヤメは窓際に行き大きく両手を広げた。
「伸び悩んでいた雑誌業界はあなたたちのおかげで増刷に追われている。ラジオ離れの世代があの歌声聞きたさにラジオにかじりつく。ネットで音楽を買えるこの時代に形として残したいから、とCDを買いに走る人たちが大勢いる。それだけじゃないわ。貫凪、アレを」
「はいはーい」
アヤメはきれいな装飾が施された大きな箱を受け取ると二人に開けて見せた。
「これは別物として私が特別に保管してある物なの。自分たちの目で見て御覧なさい」
それはすでに封を切ってあるたくさんの手紙だった。
二人は言われるまま手に取り次々に読んでいった。
『末期癌の息子があなたの歌に勇気をもらって笑顔で旅立って行きました』
『死にたくて睡眠薬を飲もうとした瞬間どこからかMAKOTOの歌が聞こえてきて死んじゃいけないと心から思いました』
『車ごと海に落ちて死ぬつもりだったのに街に貼ってあったポスターからMAKOTOがこっちをじっと見ていて、そしたら泣けてきて、ひたすら泣き続けて自分がどんなに馬鹿だったか思い知りました』
『あなたのおかげで私は今生きています。生きていてよかったです。ありがとう本当にありがとう。あなたがいてくれて本当に本当によかった……』
誠は、下を向き唇をかんだ。それ以上読むことができなかったのだ。
どんどん読み続ける秋彦は字が滲んで見えなくなってしまい乱暴に涙を拭った。
「こんな……ことって……」
アヤメは静かに手紙を元に戻していく。
「そうよ。あなたたち二人はたったこれだけの期間に信じられないくらい多くの人達をいろんな形で救ってきたの。それにね、この業界じゃ内容と方法が違うだけで口パクなんて当たり前、極々普通のことよ。それどころか名前を売るために体を差し出す連中も大勢いるんだから。あー、気持ち悪。とにかく役立たずな警察に出てきてもらう必要は全く無いわ。あいつらは罰金の計算と書類書き以外何もできないんだから! ほんとあの連中と来たら……」
「アヤメさん! 脱線してます!」
貫凪の鋭い指摘に我に返り、涼しい顔に戻る。
「まぁ、とにかくこのまま行って欲しい、って事。もうバレたんだから私たちの前では隠さなくていいわ。もちろんここだけの話だから、二人は今まで通りに行動してくれればいいわよ」
貫凪も実に楽しそうな顔をしている。
「しっかし、二人とも相当悩んでたでしょ。顔がヤバかったもん。俺二人に言いたくてしょうがなかったよ。俺たち知ってるよ、ってね。いやー相当な覚悟で打ち明けてくれたんだからお返しにアヤメさんの本名でも……」
「貫凪おだまり!」
逃げ回る貫凪を見ながら肩の荷が下りた二人は笑った。
そして誠は、もう次の覚悟を決めていた。そのために必要な裏付けが十分にとれたからだ。誠はゆっくり口を開いた。
「アヤメさん、お願い、が、あります」
秋彦は驚いて誠を見たが、それは誠がとんでもないことを言い出さないか心配だったからだ。誠はあれから少しずつだが秋彦の前では声を出していた。
貫凪は、バカみたいにあんぐり口を開けているが、アヤメは特に驚きもしなかった。
「あらん。渋くてすてきないい声じゃないの! 思った通り! 病気とは……違うみたいね。しなかった、できなかった、どっち?」
誠は微笑んで答えた。
「しなかった」
誠は“しゃべれない”んじゃなく、自らの意思で“しゃべらなかった”だけなのだ。秋彦もそのことは誠から聞いて知っていた。
(やっぱりそうだったのね)アヤメはうなずいた。
「それで、お願いって?」
「テレビ、に出してください。でも、そのかわり、秋彦と一緒、が条件です」
貫凪が、ハッとしてアヤメを見た。
「やーね。改めて言うから、自家用ジェットでも要求されるかと思ったわよ。買えるけど。でもうれしいわー! やっと承諾してくれたのねー。テレビに顔を出せるってことは、あれもこれも解禁よー。今までみたいにせっかくの賞も辞退、なんて事もなくなるのね。早速手配するわよー。貫凪! わかってるわね? できるだけ大きな仕事取ってくんのよ!」
いつもなら命令を受けたらすぐに飛び出す貫凪が今日はなぜか動かない。
「っと、アヤメさん。そういえば下でカメラマン待たせてるんでした。あっきー、誠、すぐ行ってあげてくんないかな」
二人はすぐに立ち上がる。いつの間にか貫凪は誠を呼び捨てにするようになっていた。
「今日は新曲のポスター撮りですよね? じゃあ行ってきます」
「テレビ、の件お願い、します」