証露苦認
予想外は、世の常
それから数ヶ月後。
アヤメと向かい合って誠と秋彦がソファーに並んでいる。貫凪は一枚の紙を手にアヤメの後ろに立っていた。
誠と秋彦はテーブルの上に置かれたファックス用紙をただ見つめている。
“本当にMAKOTOは自分で歌ってるんですか?”の文字。貫凪が持っているのも同じ内容のものだった。
(ついに来たか)
(いや、今の今まで言われないほうがおかしいから)お互い目だけで訴え合い、アヤメの言葉を待つことにした。
パソコンを使いこなしている秋彦は“MAKOTOがテレビに出ないのはおかしい”に始まり“MAKOTOは口パクか”に至るまでの噂をもれなく知っている。それを承知で、バレる前にアヤメに打ち明けたいと言い続ける誠に、黙っておくよう念を押していたのだった。
「ねぇ誠ちゃん、今日もテレビの依頼断ったんだけど、どうしてもダメかしら? こんな噂バカげてるけどテレビに出たらみんな黙るでしょ。テレビに出れば表現の幅は無限に広がるわよ。歌番組からドラマ、声優、映画、なんでもありなんだから」
とっさに隣の秋彦の顔に目を向ける誠。
今まで売り出した歌も、ギターの音色も、すべて秋彦の物だ。それなのになぜ自分だけがチヤホヤされなくてはいけないのか、なぜ秋彦は偽名を使い声を変えてまで裏方に徹しなくてはいけないのか、幾度となく誠は自分と秋彦に聞いていた。
誠が本当のことを話そう、といくら言っても秋彦は絶対に譲らない。だがこんな噂が立つようでは時間の問題だ。誠は無言で秋彦の肩をぐうっ、とつかんで顔を見つめた。必死で訴えたのだ、もう限界であることを。
秋彦は目を固く閉じた。
二人の様子が普通ではないせいかアヤメも貫凪も静かに待っている。
誠の手にさらに力がこもる。
(ここまでか)心を決め、目を開けた秋彦は誠に深くうなずいてみせる。真っ直ぐにアヤメを見つめて今度こそ自分の声で本当の自己紹介をし始めた。
「俺は……田口、秋彦。あの歌は俺が……歌ったものです」
どう謝っていいのかわからなかったため、ただ深々と頭を下げ、そのままの姿勢でじっとしている。あわてて誠もそれに倣う。
だがアヤメの反応は、あまりに意外な物だった。
「そう、でも誠ちゃんが歌ってないのは知ってたわよ」
(! えぇっ?)二人は同時に電撃を受けた。
誠は思わず間抜けな顔になり、決死の思いで打ち明けた秋彦は、しどろもどろでそのまま泣き出してしまいそうだ。
「な、なん……いつから? そん、どうして?」
アヤメも貫凪もケロッとしている。
「かなり前からよ。だって、一言もしゃべらないなんてどう考えてもおかしいじゃないの。いくら空気が汚いって言ったって室内でなら話してよさそうなもんだし。それに誠ちゃんがギターを扱う動きは私から見ればド素人もいいとこよ。うまく練習させてるみたいだけど、あれだけ弾きこなす腕にはまず見えない。レコーディングもそうだし。スタッフはあっきーが、じゃなくて何だっけ?」
「田口、秋彦です」
「じゃあ、あっきーのままでいいわね。で、レコーディングの時もあっきーが連れてきたメンバー以外は誰もスタジオに入れないでしょ? 私に見学もさせないし。それにあっきー、詰めが甘いわ。私が最初の最初に誠ちゃんだと思ってかけた携帯。最初は自分を通してもらうから俺が出ます、なーんて言ってたけど普段かけるときも普通に使ってるんだもの。二人いるのに教えてもらった番号は一つだったし。まだまだあるけど聞きたい?」
誠は納得しながら楽しそうに聞いている。こうなってくると誠は面白がるというとてもいい性格をしていた。
が、秋彦は、そうもいかない。
「いや、いいです。でもそれじゃ何で追い出さないんですか? 俺たち詐欺働きました。給料もマンションも何もかも。詐欺だから警察に……」
アヤメが高らかに笑う。貫凪もソファーの背に両肘をつきニコニコ顔だ。