人中作創
最善は、精一杯の類似品
なぜかアヤメも貫凪も二人に詳細を聞くことはなく「誠ちゃんが無事ならそれでいいわ」とアヤメが言っただけだった。
騒ぎはもみ消され、二人はまた何事もなかったかのようにお膳立てされた日常に戻っていく。そうでなくても時間の流れは目まぐるしく、ちっぽけな一日の出来事などすぐに過去の一部になってしまった。
それから二週間後に店頭に並んだアルバムは通算十枚目となり、収録された十五曲のうち六曲がCMに。五曲はドラマとアニメに使われた。
どれから出すか目移りするほど曲のストックがあるためCDは定期的にリリースされ、どれも必ずランキングでは上位になった。
一人の人間がすべての曲を作っているというのにワンパターンになることなく、それぞれに違う味があるため飽きられないのだ。その上アヤメは滅多なことでは舞い込んでくる仕事を断らないため、曲を提供して欲しいという依頼は増える一方だった。
秋彦は頼まれていなくても、まるで呼吸をするように次から次に曲を作り続けていく。もちろんレコーディング以外で声を出すことも忘れてはいない。夜のアーケードで歌えなくなった分はカラオケやスタジオを貸し切ることで調整をしているが、それでも歌い足りないようで部屋に戻ってからも歌い続けていた。
義理や義務感から“歌わなきゃいけない、作らなくちゃいけない”ではなく、ただ沸き上がってくる自然な気持ちから歌い続けていく。何のしがらみもなく曲を作り、誰にも見られてはいけないとはいえ好きなだけ歌うことができる秋彦は本当に充実した毎日をおくっていた。
そしてそんな秋彦と常に一緒に行動している誠は、嬉しいような驚いたような顔をして、次々に作品が生み出されていく様子を誰より近い場所で眺めていた。
テレビに出ない分の埋め合わせをするかのように雑誌の仕事も多く二人三脚のインタビューと誠の載っている雑誌は常に本屋に並んでいた。
嬉しそうにMAKOTOの雑誌を買っていくのは若者ばかりではない。その容姿と歌声は老若男女問わず多くのファンに支持され、普段本を買わない者でさえ発売日には店に足を運ぶようになった。
その人気にあやかろうと、内容に関係なく店頭にポスターを貼る店が急増した。だがそれに比例するようにポスターを盗む行為が流行ってしまいテレビでそれを知った誠はただ困惑するばかりだった。
事務所に届くファンレターは紙の工場かと思うほど送られてくるため限られた時間ですべてに目を通すのは至難の業だ。あまりの多さにファンレター用の部屋まで用意されてしまった。
誠も秋彦もファンの大切さはよく理解している。二人はわずかな時間と隙間を見つけてはできるだけ多くの手紙に目を通そうと必死で読み続けた。
だがファンレターと言っても、中には嫉妬からくる憎しみを込めただけのひどいものもあり、その数は一通や二通ではない。
変なところで気が弱くなる秋彦はそれらを見てはショックを受けて落ち込み、その度に呆れ顔の誠に笑われていた。
あまりに落ち込むので『すべての人に好かれるなんて ただうさん臭いだけ そんな奴は かえってあやしい』とため息まじりの誠に書いてもらい、やっといくらか気が楽になった秋彦だった。
スケジュールと同じように時間も猛スピードで過ぎてゆく。
住所どころか名前さえ知られていなかった小さな事務所にはいつしか特技をもつ若者が次々と腕前を披露しにくるようになっていた。
堂々と第二第三のMAKOTOのポジションを狙ってくる者もいたが、その場合は冷たく門前払いを食らった。肩書きを先行させて、自分の力だけで勝負できないような奴に未来はない、というのが理由だ。
誠のプロモーションと同時に選ばれた新人達の育成、売り込み、マスコミ対応……すべてをこなすには対応するスタッフが足りず、アンビシャス・ミュージックは十年ぶりの求人を出すまでになった。
新人の中に誠ほどのカリスマ性を持つ者はまだ現れないが、類は友を呼ぶ。誠たちの周りには少しずつ変わり種が集まり始め、新しいスタッフ共々ずいぶんとにぎやかになっていった。
そんな中でも誠と秋彦は睡眠も食事も絶対に疎かにはしなかった。いつのまにか秋彦でさえ誠に合わせて夜は眠り食事をきちんととる生活に慣れてしまっている。
二人は“何かを言い訳にした不摂生”を生業にする人たちをよく知っているからこそ、そのルールを意地でも守りたかったのだ。
自分の弱さを知っている二人は、ここで人間らしい生活を手放してしまったらただの操り人形になってしまうことをよく理解していた。自分自身を見失うかもしれないという危うさと引き換えに、夢のような栄光があるということもよくわかっていた。
だがそれを表には出さず、ただ恵まれた環境にいることに感謝しながら毎日を送る二人。
一哉の言う通り誠はテレビに一切出ていないというのにフルスピードで階段を上っていく。アヤメの計画により短期間で文字通り異常とも言える人気を手に入れてしまったのだから、一部の人間に不審がられるのも無理はない。
ファンサービスのために街を歩く二人。秋彦はボディーガードをしながら広報も務め、誠はいつものように一言もしゃべらず笑顔で答えている。お互い、その頭の中では、ありとあらゆる思いが駆け巡っていた。