深刺決着
敵と味方と、時の流れ
誠が目を開けると、秋彦はすぐ側に立っていた。
「なぁ、誠、こんなに覚えが早い生徒は、世界中どこの道場探したっていないと思うぜ」
黒帯の腕前を持つその顔はニンマリと笑っていたが、どこかホッとしているようにも見えた。
腕組みをした秋彦が、座り込んだままの武史と一哉に、どすを利かせている。
「お前ら誠の事でこれ以上何かしようってんなら地獄味わってもらうことになんぞ。何なら今すぐ呼ぶか? MAKOTO信者はマジでやばいぞ。あいつら誠のためなら刑務所に入るくらい何でもないからな。人間の一人や二人くらい軽く……」
ここぞとばかりに秋彦は攻撃をしかける。MAKOTO信者というのが何者かもわからない二人だがあっさりと降参の姿勢を見せた。
「あぁ、わかってるよ……」
声を揃えて力無く返事をしたが二人とも立ち上がろうとはしない。体のダメージよりも誠に負けたという事実がショックなのだ。
「さてと、誠、用が済んだなら帰るか」
二人が動こうとしないので秋彦が先にその場を立ち去ろうとした。
だが誠は何か言いたそうに秋彦を見ている。ノートは持ってきていない。
「大丈夫だって。俺は何も聞かねーよ。気にすんな」
それでも誠は帰ろうとしない。何ともいえない表情のままで立っている。
(あれ? 違ったか?)珍しく心が読めなかった秋彦は誠自身に委ねることにした。
すると誠はあぐらをかいている二人の前に、そっと座った。ほかに何をするでもなく、ただ座ったのだ。
そして武史と一哉の顔をゆっくりと交互に見つめた。ゆっくりと、交互に。
必死で目を合わさないようにしていた二人だったが、ついに耐えきれなくなった武史が乱暴に立ち上がった。
「あー、悪かったよ! 俺たちが悪かった。宏が言い出したんだ。いや最初に言い出したのは俺たちか。本屋でお前が表紙に載ってんの見て、かなり人気あるみたいに書いてあるし、くそチビのくせに背高いみたいに書いてあるし。つーか、ほんとにでけーし。あの怪しい連中にお前の過去をバラしたら金になるっていうか、お前の人気ガタ落ちっていうか……だってお前がCD出したとか書いてあったから、お前しゃべんないくせに、なのに、それに、だってまさか……」
支離滅裂なセリフを浴びながら誠は座ったままで武史を見上げ、静かに首を振ってみせた。ゆっくりと。
「な、何だよ、それじゃわかんねーよ!」
昔のように誠を見下ろしているのに泣き出しそうなのは武史のほうだ。これ以上どうしたらいいのかわからなくなってしまった武史は、ただおろおろと目を泳がせている。
またも秋彦は第三者なので口を挟むつもりはない。離れたところから安心して誠を見守っている。
見兼ねた一哉がやっと重い口を開いた。
「武史、もういいよ。なぁ誠、お前ほんとに人気あんのか? それって見た目か? 歌か? どっちだ? それとも両方か?」
一哉のその質問は秋彦には耳が痛いものだった。そして誠にも秋彦にも答えが出せないものでもあった。
しばらく待っていたが何も答えないのがわかると一哉は力なく笑った。
「答えねーか。要するにわかんねーんだな。俺たちはお前を雑誌で見ただけ。テレビで見たこともない。つまりCDの中身、お前の曲がどんなのか知らねーんだよ。ほんとにお前が口利くようになって歌ってるとかさ、だから、って、あーもう! 俺も何が言いたいんだかわかんねー! つまりお前は、ほんとに俺らの知ってる誠なのか! ってことだ!」
誠は一瞬キョトンとしたが質問の意味がわかると大きくうなずいて頬笑んだ。そして誠はこのとき本当の意味でその質問と向き合い答えを出していた。
「そーかよ。じゃあ、もう違うってことなんだな。そんならいいよ。お前がほんとに売れっ子っていうんなら……いいんじゃねーの? もういい。行こうぜ武史」
「あぁ……悪かったな、誠」
武史が最後に一言謝って行ったが、それが何に対してなのか誠にはわからなかった。
二人が見えなくなったのを確認した秋彦は誠の様子をうかがってから、そうっと口を開いた。
「大丈夫か誠?」
「ぅん」
「そっか、じゃアヤメさんが発狂する前に……」
(! って、えぇっ?)秋彦は十秒ほど漫画のようなリアクションで固まっていたが、驚きの後になぜか安堵の波が押し寄せてきて無言で喜びを噛み締めた。(そっか、そういう声だったのか)
「……帰ろうか? 誠」
秋彦の言葉に誠は、にっこり頬笑んでうなずいた。