共鳴二信
だからこそ、成り立つ二人
「まさかほんとにお前が歌ってんじゃねーよな? んなわけないか。お前は、あの頃から何も変わってねーだろーからな。しっかし相変わらずムカつく面だな! 何とか言えよ」
いきなり武史が乱暴に誠の胸ぐらをつかんだ。
『?』
ふれあった瞬間、誠と武史は同時に何か不思議な違和感を感じて凍りついた。
秋彦は、というと確かに現場には着いていたが、遠巻きにただその様子を眺めていた。直感で自分が誠を助けてはいけないと感じていたのだ。
この三人がどういう関係なのか秋彦は知らない。だがこれが誠の問題であるなら誠自身が解決しないと意味はないというわけだ。何にしてもいろいろな意味で秋彦は第三者にすぎなかった。
急に黙って動きを止めた武史を見て、次は自分の番と思った一哉が細い角材を見つけてきた。
「すげー。こういうの、ほんとに落ちてんだな。おい、誠ー、お前が二度と目立てねぇよーに、そのムカつく顔に傷でもつけてやろうか?」
一哉はカランコロンと角材を引きずりながら、ゆっくりと獲物を追いつめる獣の動きで誠に向かって歩き出した。
それまで黙って見ていた秋彦も、さすがにそれはマズいと青ざめ、誠を守ろうと一歩踏み出した。
その瞬間、うつむいていた誠が顔を上げた。
……
武史は誠をつかんだままで動かない。
一哉はどんどん誠に近付いて行く。
誠は無表情のまま秋彦の目を真っ直ぐに見つめた。
その視線に射貫かれたように秋彦はその場で動きを止めて三人の様子を観察した。
武史は動かず、一哉はさらに歩を進め、誠は秋彦を見つめている。それを再確認した秋彦は、ニヤッと笑ってタイミングを見計らうと、いきなり右足を高くあげて思いっきり空を蹴って見せた。
誠の体が自然とその動きに反応する。読心術と鏡の原理を使った二人ならではの技が、今まさに炸裂した。
「うっっ!」
誠の射程距離に入り、左前蹴りをみぞおちに食らった一哉は二つ折りになって後ろに吹っ飛んだ。その勢いで握られていた角材が宙を舞う。
その体格ゆえ、ただの模倣でこの威力だ。秋彦はもう嬉しくてたまらない様子で少女漫画の主人公並みに目が輝いている。
(よっしゃ! さすが誠!)心の中でガッツポーズ。
「い、一哉!」
ぼーっとしていた武史が我に返り肩越しに振り返った。一哉を案じたその拍子に、手が離れて誠が自由の身となる。
秋彦は当然そのチャンスを見逃さずに次の技を繰り出し、それに倣った長い足はきれいな右回し蹴りをヒットさせた。くの字に曲がった武史が苦痛の表情とともに地面と一体化する。
誠は脇腹を抱えて転がっている武史をじっと見下ろした。ふいに、感じていた違和感の原因に気付く。
何のことはない。あの頃、怯えながら見上げていた顔が今では自分よりもずっと低い位置にあったというだけのことだったのだ。
誠は、そのままの状態で魂が抜けたように立ちつくしていた。たった今自分がしたことや秋彦のこと、自分の置かれている状況、そして閉じ込めていた過去……ありとあらゆることがごちゃまぜになって、ただひたすらにぼんやりしている。
そんな誠を見ている秋彦は声もかけず近付こうともしない。今話しかけてはいけないとわかっているからだ。