常騒嵐前
いくつもの、執着
誠と秋彦は、この日もノルマのために街に出ていた。誠に向けられる声援は、もはや確認しきれないほどに増え、知らない人から見ればちょっとしたイベントのような騒ぎだ。
最近では特に熱狂的なファンたちが集まり誠を神のように崇める傾向も見られ、誠の頭を悩ませていた。
「MAKOTO様ー! この愛を受け取ってーー!」
「ぎゃーー! MAKOTO様ーー! この命あなたに捧げますーーー!」
悪魔が乗り移ったのかと思うような大絶叫まで聞こえてくる。命をもらってどうしろというのか。誠は秋彦に無言で訴えた。
「ん? あぁ。でも、もう少し我慢してくれ。変なやつがいたときは俺が拳で思い知らせてやるから」
(拳って!)誠は面食らって秋彦好みのリアクションを見せる。
言うまでもなく、その姿に秋彦は大満足だ。
「うんうん、やっぱりいいねぇ。でもアヤメさんが言ったんだぜ。たとえファンでも危ないやつはこうやって容赦なくぶちのめせ! って」
ジェスチャー付きの説明に誠が笑う。とたんに周りからは黄色い悲鳴。
誠は秋彦が常に横にいることで安心しきっていた。今までも全面的に秋彦を頼っていたが長く二人で仕事をこなすうちに表面上だけでなく心から信頼するようになっていたのだ。
秋彦には、なぜか誠が考えていることがわかるため、今では二人っきりの時でもノートを使うことはほとんどなくなっていた。
規模の大きな取り巻きのおかげで、ただの散歩が“MAKOTOパレード”になってしまっている。誠がどこをどう歩いてきて今どこにいるのか一目瞭然だ。
ビルの陰からその様子を見ている二人組がいた。小太りのほうはパレードに興味はなさそうだが、ひょろ長いほうは不気味な薄笑いを浮かべている。
「おいおいおい、見ろよ綾瀬。騒がしいと思ったら本人だよ、本人。これってネタ元と本人をコラボさせるチャンスじゃねーか? “旧友との再会、そして本人を前に過去を赤裸々に語る”かー! 奇跡のタイミングだ!」
「茂木さん、そう言いますけど、そのネタ元がまだきてないし、MAKOTOって数分しか街に出ないって噂ですよ。もう帰っちゃうんじゃ……」
「何、馬鹿言ってんだ! つかまえとくんだよ。お前が、先に、MA、KO、TO、を! ほら行け!」
「ちぇっ。茂木さんは、ほんっとに人使いが荒いんだから……」
思わず舌打ちをした綾瀬に、容赦なく蹴りが飛んできた。
「なんでもいいから行け!」
「ひいっ!」
綾瀬は慌てて、パレードの中心目掛けてコロコロと駆けていった。