巡時瞬闇
立ちこめる、暗雲
綺麗な歯車が歪んでいく
少しずつ少しずつ……
「さぁ、今日はこれを着ましょうねー」
よく晴れた日曜日。
「僕お父さんとボール投げしたい」
「何言ってるの! そんなことしたらケガしちゃうでしょ!」
「でも……」
「だいたい、お洋服が汚れちゃうじゃないの」
フリルとレースの洒落た服。
「じゃあ、違うの着る」
「だめよ、こんなに似合ってるのに」
呆れ顔の父親。
「お前またそんなもん着せてるのか!」
「何よ、とってもかわいいじゃないの」
「こいつは着せ替え人形じゃないんだぞ!」
「僕、お外で遊びたい……」
「ほら見ろ、子供は元気に遊ぶのが仕事なんだ!」
「絶対駄目! 危ないし、外はバイキンだらけじゃないの!」
「子供はそうやって大きくなっていくもんなんだよ!」
「ねぇ、僕……」
「嫌よ! この子は大事に大事に育てるんだから!」
守っていると勘違いされ
背中の羽を切り落とされた
きれいで儚いお人形
誠からも桜田家からも遠く離れた小さな町。トラブルの元は、ここにもしっかり届いていた。
「おい武史! 早く! これ見てみろよ!」
立ち読み専門の一哉が慌てて大声を出す。
「なーんーだよ。立ち読みくらい静かにしろよなー。またエロ本か?」
この町では大きな本屋は、ここだけなので一哉は定期的に通っている。この店は先月の号だろうと先々月の物だろうと平気で置いてあり、それも一哉がここに通う理由のひとつだ。
だが大きい本屋と言っても雑誌が発売日に店頭に並ぶことはない。遅い時には一週間以上平気で遅れてくるが、一哉は気にしていなかった。
騒ぐ二人に店員がレジの奥から好意的とは言い難い視線を送っている。
「見ろよあの顔。お前そのうち追い出されるぞ」
「いいから! そんなことよりこれ!」
武史の目の前に突き付けられたのは一冊の雑誌。表紙に載っているのは……。
「え? いやいやまさか、違うだろ」
「俺もそう思ったけど、ほらここ、MAKOTOって書いてあるだろ? 中で紹介されてんだよ。こんなにページ使って」
「出身も本名も書いてないな。は? 身長一八八? やっぱ違うだろ? あいつくそチビだったじゃん」
「確かにな。でもさ、こんな顔したやつがほかにいるか?」
二人は表紙に目をくっつけ穴があきそうなほど見つめ(いないだろうな)と、お互い心の中で思った。
「でもCD出したとか書いてあんじゃん。マジか? あいつまたしゃべるようになったとか? それともふざけてんのか?」
「さぁな。逃げるように引っ越してからは噂も聞かねーから」
武史は二次元の誠を睨みつけていた。成長しても顔の性質は変わっていない。見ているだけでありとあらゆることが思い出されてゆく。
「なあ一哉、なんか、かなりいいように書かれてっけど、ほんとにそんな人気あんならさ、昔のことバラしたらスキャンダルってやつじゃね?」
武史の顔は、いつしか残虐的な笑顔に変わっていた。まるで今から誰かを嬲り殺しにでも行きそうだ。そしてそれは同じような性格の一哉にも連鎖していた。
「そうだよな。誠のくせにこんなことしてるなんて許されないもんな。宏にも教えてやろうぜ」
「あぁ、おもしろくなりそうだな」