思忌不知
それでも、どうしても
PR写真の撮影後、私服に着替えていた誠にアヤメが忍び寄ってきた。
「ま・こ・とちゃーん、表紙飾った記念号は、もうお家に送ってあげたの?」
すかさず貫凪が駆け込んできてアヤメを引きずり出した。
「何考えてんすか! アヤメさん! 全く油断も隙もないっすね。誠くん悪かったねー」
「ちょっと! まだ何もしてないのに……まーこーとーちゃーん……」
まるで林と住平のやりとりを見ているかのようだ。
誠は静かになった更衣室で、たった今言われたことを考えていた。応募前にシュミレーションした段階で、雑誌に載ること、CDを出すこと、テレビに出ること、すべてどうなるのか前もってわかっていた。それに対する両親の反応も。
横で荷物をまとめていた秋彦もその一言に考えさせられていた。誠が歌っていることになっているが自分の曲が売れているのは事実。だが秋彦は誠に楽曲を提供したということにしても何にしても自分の両親がこのことを喜んでくれるとは思えなかった。
秋彦はぎゅっと目を閉じる。小さな頃からその傾向は見え隠れしていたのだ。
「うちの子ったら歌手になるつもりみたいで、困っちゃうわ。いつでも何か歌ってんのよ」
「えーっ? なんで? いいじゃないのー。うちなんかそんなの全然だもん、うらやましいわー」
「とんでもない! うるさいだけだし、あんな子がデビューできるほど甘くないでしょーよ」
「あはは、今からそんなこと言っちゃって心配しすぎよー。でもあんなにかわいいんだし、あれは売れっ子になると思うわー」
「えっ? あー、違う違う。そっちじゃなくて秋彦のことよ。春人は大学行って勉強するんですって」
「まー! 春ちゃんったら今からそんなこと言ってんの? 将来有望ねー。でも秋ちゃんが歌手かー……まぁ夢を見るのはいいことじゃないの」
「ほーんと、春人だったら応援したくもなるけど、秋彦じゃダメなのが目に見えてるんだもの」
「ちょっと、それひどいんじゃないのー? 親なんだからせめて形だけでも応援しなさいよー」
「そうねー、大きくなったら嫌でもわかることだしね」
ドア越しに聞いた会話は小学生でもわかる内容だった。それでも歌うことはやめられず大きくなりバイト代でギターを買ってからは曲も作り始めた。
「秋彦っ! いいかげんにしなさい! そんなにうるさいと春人が勉強できないでしょ! あの子は大学に行くのよ? 今の成績が下がったら困るんだから!」
「そう言われてもこれ以上静かにできないし、思いついたときに弾いて確かめないと曲が消えちゃうんだよ」
「何わけのわかんないこと言ってんのよ! 消えちゃえばいいでしょそんなもの! あんたも春人を見習ったらどうなの? そんなもの弾いてたって一銭にもなりゃしないんだから」
「でも次のオーディションに出す曲を創ってるとこだから邪魔しないで欲しいんだけど」
「はぁー? 何がオーディションよ! あんた自分の顔、鏡で見てみなさいよ。世の中にその程度で受かるようなオーディションがあるなら見てみたいもんだわ。無駄なことしてないで勉強するとか働くとかしてちょうだいよ」
「バイトしてるだろ? それに俺は音楽やめるつもりないから」
「無駄だって言ってるのに、なんでわかんないのかしらね! だいたい大きくなったら自分で現実の厳しさに気付くと思ったのに、とんでもないわ。お父さーん! ちょっと、きてよ! 秋彦に言ってやってちょうだい」
「あー、なんだ? お前またそんなことして遊んでんのか。いいかげん大人になれ。音楽じゃ飯は食えん」
「なんで決めつけるんだよ! 俺は絶対やめないからな! これで飯食ってみせるよ! 親父とお袋のほうが間違ってたって証明してやるよ!」
「お前、親に向かってなんて口利くんだ! お前こそ現実を見ろ! 音楽なんて遊びなんだよ! 社会はそんなに甘くない! どうしてもやりたいなら親子の縁を切って出て行け! 勝手にどこへなりとも行って好きにすればいいだろう! それなら文句は言わん!」
「あー、そうするよ! 自分の子供につまらない生き方押し付けるのが親だって言うならそんなもんこっちから捨ててやるよ!」
「勝手にしろ馬鹿もん! 出て行って二度と戻ってくるな!」