判断覚悟
意外と、揺らぐもの
下に向かうエレベーターの中で秋彦が言い難そうに口を開く。
「あの、アヤメさんって、もしかして……」
貫凪は納得したように何度もうなずいた。
「言いたいことは、よーーーくわかるよー。アレはもうなんて言うか二人が思ってる通りで間違いないと思うよ。これ以上聞かない方が身のためだけどねー。世の中には知らない方が幸せなこともあるからさ」
貫凪の苦笑いと含みのある言い方に(あぁ、この人も苦労してるんだな)と二人は同時に思った。
一階につくと貫凪がメモを差し出した。
「これがしばらく滞在してもらうホテル。そこそこ大きいし送るまでもないくらい近いからすぐわかると思うよ。あ、予約は誠くんの名前になってるけどリクエスト通り二人部屋だからねー。そんで費用はこっち持ちだから遠慮せずにルームサービスでも何でも好き勝手に使って」
秋彦はこのホテルのことをテレビで見たことがあるが、もちろんビジネスホテルのように庶民的な場所ではない。普通の生活を送る人には一生縁のないようなレベルの所だ。この待遇のよさに、さすがの秋彦も胡散臭さを感じて眉をひそめた。
「あのー。今さらですけどオーディション受けにきただけの無名人にそこまでしてくれるのってサービスよすぎじゃないですか? まさか俺たちを何かヤバいことに巻き込もうとしてるんじゃ?」
貫凪は一瞬キョトンとしてから笑い出した。
「あー、心配しなくて大丈夫。あの人は若くていい男を見ると見境なく甘やかすというかなんというか。それに今回はベストのタイミングでベストな人材が見つかってくれて嬉しいだけだからさ」
「だから、そういうのが怪しいんですってば」
秋彦がこんな話をしているというのに、誠はまたも話を聞いておらず、まわりで走り回っている人たちの観察をしていた。未だに自分は第三者だと思っている上に、どういう結果になっても経験のうちだろう、という楽観的な考えが誠をそうさせているのだ。
「いやいやいや、そういうんじゃないって。アヤメさんってあんな感じだろ? 過去に結構、嫌な思いしてきてるわけさ。だから俺としては、そろそろうちからすんごい売れっ子を出してあの人にいい夢を見せてあげたいってのが本音かな」
秋彦が真意を計りかねていると、それまでそっぽを向いていた誠が急に振り返ってうなずいてみせた。
(誠は納得してるってことか……)
「わかりました。誠も納得しているようですし。やってみましょう」
貫凪は当然という顔で笑う。
「そうこなくっちゃ! それじゃ日程は前に言った通り。また俺からも連絡するけどね。あと俺たちの携帯は二十四時間年中無休で受けつけてるから質問とか気になることとか何でもいいから気軽にかけてちょうだいなっ」
「はっ、はい。ありがとうございます」
秋彦は誠の潔さを前にして、ここまで来たのに今さら迷った自分を恥ずかしく思った。だが誠は、そもそも話を聞いていないので何も考えずにただうなずいただけなのだった。