地面鉄走
思い立ったが、旅立ち
その日の夜、誠は夕食が終わってテレビを見ていた両親にノートを持って近付いて行った。
家ではノートをほとんど使わないため、誠の様子に気付いた二人が即座に身構える。静音の頭の中はいろいろなことが駆け巡り、正は前回買ってきた本の苦情だと予測した。
誠はその様子を横目に確認してから二人の前にノートを差し出す。
二人の性格を考慮して考えた言葉は、目的と行き先と出発日だけが書かれた簡潔なものだった。
「……」
読むにつれ二人とも絶句し雷が直撃したかのような衝撃を受けた。それぞれでショックの意味は違ったが。
「ちょっと誠? 本気なの? どうしちゃったの急にそんな、そんな、そんな……」
静音の生産性のない言葉を興奮した正が遮る。
「そうか! 誠がそんな世界に踏み出そうとしてたなんてちっとも知らなかったよ! 大賛成だ! 応援するぞ! そうか誠がねぇ。そうかそうか。いやーめでたいねぇ」
「何言ってるの? めでたいわけないでしょ! 誠がそんなところに行ったら、そんなそんな危ないこと、あー! 駄目よ信じられない! 私は嫌よ。そんな所に行かせるわけに……」
静音がそうくるとわかっていた誠は、さっと次のページを見せた。
『これは相談じゃない 報告してるだけ もう決まったことだから僕は行く』
誠の予想通り正は喜び、静音は……いつも通りだった。
その頃ある場所で一つの取り引きが行われていた。
「あの件どうなった? ダメなら教えてくれるだけでもいいんだけどー。うわマジで? 助かるよ! 持つべきものは何とやらだな。あぁ、じゃ、その時はよろしく頼むよ。恩に着る! おう、じゃーな」
(これで準備は完璧だ。あとは……)
静音は最後まで賛成しなかったが結局正に説得され渋々承諾した。
中村と春山は自分のことのように喜び、それぞれ拍子抜けするほどあっさりと二人を送り出してくれた。特に誠は春山を泣かせてしまい少し罪悪感を感じたほどだ。
報告から出発まであっという間でお互い感傷に浸る暇もなく住んでいる町を後にすることとなった。
二人の住む街から目的地までの交通手段は飛行機に乗りたくない誠と新幹線に乗ってみたい秋彦の利害が一致したため新幹線が選ばれた。
誠は、過去に何度も乗ったことがあるにもかかわらず未だに鉄のかたまりが空を飛ぶことに納得していなかった。
新幹線に乗ってからしばらくたった頃、トイレに行っていた秋彦が目を輝かせながら戻ってきた。
「新幹線っていいなー。快適空間だよなー。トイレもきれいだったしさー。誠は新幹線も飛行機も乗ったことあるんだろ? うらやましーい!」
秋彦は、初めて乗る新幹線に遠足気分だ。
「あ、そういやさっき向こうでアイス買ってる人がいたな。つーか、社内販売がここ通ったのにアイス気付かなかったー」
誠は、はしゃぐ秋彦を見ていて、ふと思いついたことを書いて見せる。
『買ってこようか? 結構おいしいよ』
「マジ? やったね。じゃ、頼むよ!」
誠はにっこりうなずいてから買いに行った。その座席にノートが置き去りになっている。
「……あれっ?」
(これ無くて大丈夫なのか? っていうかその前に誠に頼んで大丈夫だったのか?)
焦る秋彦だったが、そんな心配をよそに誠はアイスを二つ買って帰ってきた。しゃべらなくても、どれが欲しいのかいくついるのか指で示せばいいだけの事で問題はないのだ。
「おー。サンキュー誠!」
誠は自分の分を窓際に置いてから隣の様子をうかがっていた。秋彦はそれに気付かず早速カップのふたを開けスプーンを取り出している。
その数秒後、パキッ! っと乾いた音が聞こえ秋彦の動きが止まった。折れたスプーンを握りしめたままで、ゆっくり誠の顔を見る。
「なにこれー……」
『最低五分は待ったほうがよい』
誠は、その一言の上に余分にもらってきていたスプーンを乗せて差し出した。そのスプーンと誠の表情を見れば、わかっていて忠告しなかったというのが一目瞭然なのだった。