体験不服
語る、行程
夜十時にもなると店は数えるほどしか開いていない。そのおかげであっちでもこっちでも閉店した店の前で様々なストリートミュージックが披露されていた。
音が混ざり合うシャッター街を歩きながら、秋彦がぼやく。
「これじゃ誰が何歌ってるかもわかんねーよな。けど悲しいことに俺もこの中の一人にすぎないんだよねー。売れなくても歌えればしあわせだー、なんてきれいごと冗談でも言えねーし。それに俺ほかのやつと比べると、かなり不利だしさ」
誠は歩きながら秋彦を見下ろす。
そんな誠の顔をのぞきこむようにして秋彦は自分の顔を勢いよく指さした。
「口に出すのも嫌なんだけどさっ、小さいし天パーだし顔も悪い! 見よ、この青春のニキビたちを」
(僕はひとつも気になんないけどな)誠には、それらを不利とする理由がわからない。
「あーあ、誠くらいかっこよければみんなが俺を見る目も違うんだろうなー」
とたんに誠の顔が苦々しく歪んだ。だが前を向いていた秋彦は、それに気付かないまま拗ねたような顔をしている。
誠は秋彦の様子からその言葉に深い意味はないのだと察してすぐに気を取り直した。歩きながらも器用に返事を書いて隣に差し出す。
『なぜ見た目のことばかり?』
ノートを見た秋彦は少し考えてからぽつりぽつり話し始めた。
「俺だってさぁ、最初からこんな風に思ってたわけじゃないんだぜー」
秋彦はそこで言葉を切り誠の顔をじっと見た。
「誠はさ、テレビで俺みたいな顔してるやつって見たことある? お笑いは別として。あとさ、歌なんかてんでダメなくせにCD出してるやつとかいるだろ? 七光とかもあるけど。それも別とすれば見た目さえよければ音痴でもよし! 見た目悪けりゃ売れません。ってな暗黙のルールがあってな。俺はそのことを身をもって体験してるというわけ」
共感しにくい話になり誠が返事を迷っているうちに話は進む。
「じゃあ、まず一つめ。俺さ自分でCD作ったりしてんだけど、それをバックで流しながら街で配ったことあんのさ。それがひでーんだ。俺が思った以上に人は寄ってくるけど、まず『これいい曲ですね、誰が歌ってるんですか?』ときて、俺だよ、って答えるといきなり去って行くんだぜ? 中には『ごめんなさい』って帰ったり。何がごめんなんだよ!って感じ。ひどいやつはCD返しにきて『違う人が歌ってると思ってました』だぜ?」