瞬行吉日
そうと決まれば、猛進
(どうかしてるよ。どうかしてる)
確かにどうかしていたのだろう。こんな薄暗い所に誠が一人でじっとしているのだから。
会社員らしき人物が誠を不審そうに見ながら通り過ぎていく。それでも誠は上を向いたまま動かない。
その時、いきなりけたたましい電子音が鳴り響いた。びっくりした誠は思わず辺りを見回すが誰もいない。その間も音は鳴り続けている。(うるさいな……なんなんだ?)耳に立つ音に眉をしかめながら誠はキョロキョロした。そうこうしているうちに音が鳴り止み、ほっとしてため息をつく。
誠はいつのまにか動くようになった足を一歩踏み出して今度こそ帰ろうとした。だが二歩目が出る前にハッと動きを止める。店を出るときに携帯のマナーモードを解除した事を思い出したのだ。
急いで携帯を開くと同じ番号からの着信履歴がはみ出しそうなほどに入っている。閉じたまま携帯を操作していたので履歴に気がつかなかったのだ。それに今まで電話がかかってくることがなかったため誠は自分の携帯の着信音を知らなかった。
(いたずら?)そこでやっと思い出す。(あー、秋彦か)
携帯の番号を知っている人数は五本の指でも余るほどで、そのメンバーから電話がくることは皆無だった。
また、静かな薄闇に電子音が鳴り響く。小さな光に顔を照らされながら画面を見ていた誠は驚きながらも反射的に通話ボタンを押した。
(あっ、しまった!)
でも秋彦相手にそんな心配は無用だった。
『ま、誠……おれ、合……く、だー受かっ、んだよ』
息切れしている上に途切れ途切れだが誠には、ちゃんと伝わっていた。誠は電話口でひたすらうなずく。
『そんで、おれ、ま、こと……でも知らな、から』
誠は秋彦の声を聞きながら違和感を感じていた。初めて携帯の電話機能で声を聞いているというだけではなくなぜか声が二重に聞こえるような気がして。しかもその声がだんだん大きくなってくるのだ。
誠は、うなずきながらふいに頬笑んだ。わかっていたのだ、こうなることが。
二重になっていた声のひとつが誠の後ろから直接聞こえてきた。
「ま、誠っ? マジ、かよー! や……っと見つけ……」
秋彦は、そう言ってヘナヘナと崩れ落ちてしまった。
信じられないことに、秋彦はアヤメの電話を受けてから今の今まで何時間も闇雲に町中を走り回っていたのだ。
(春山さん、あれは正夢だったみたいです)誠は携帯をしまって振り返るとそれは眩しい笑顔を浮かべ秋彦のもとに駆け寄った。
誠が目を細めながら見下ろす秋彦は汗だくで、息も絶え絶えに地面に大の字に寝転んでいる。
(あぁ、秋彦はコンビニで働いてたのか)
制服のままでこの様子。秋彦がどうしてここにいるのか聞かなくても目に浮かぶようだった。
その一時間後。誠はそのままの足で秋彦の部屋に行き、早速これからのことについて説明を受けていた。
「俺が提案したことも向こうは賛成って感じだったから大丈夫っしょ。バレたらバレた時に考えればいい!」
(またそれ?)相変わらずな秋彦の様子はうれしいが突拍子もない発言に誠は呆れ顔だ。
「というわけだから、それぞれバイト先やら親やらに説明がいるだろ? 誰に説明がいるのか教えてくれよ。俺がうまいの考えるからさ」
秋彦の考える理由はとてつもなく不安だが聞くだけは聞いておこうとノートを見せる。
『両親 仕事先の店長さん 以上』
のぞきこんでからほんの数秒で答えが返ってきた。
「じゃあ誠は雑誌モデルのオーディションを受けに行く! 以上」
(あ、普通)何のひねりもない普通の答えにちょっと安心する。モデルならしゃべれなくても問題なく疑われないという判断だ。
「もし、それに疑問を持たれたら俺が勝手に誠の写真で応募したってことにすればいいから。ある意味、嘘じゃないだろ? んじゃ、向こうに行く日付とかあるから、そのつもりでな」
誠は秋彦の言葉に納得しつつ、これを話す時の両親が一体どんな顔をするかと楽しく想像していた。
その横にいる秋彦は何をしているのかというと、渋い顔で脱いだばかりの制服とにらめっこだった。
「つーか俺、バイト中だったな」