夢見狂喜
待ちに待った、返報
「マジで平気かー? 恋煩いもそこまで行くと重症だなっ」
加藤は心配のあまり、つい茶化してしまう。
「あー……そんなんだったら、もっとずーっと楽だと思いますよ。でもある意味そうなのかな。どうなんだろ。でも大丈夫ー、だとー、思いますよ」
「なんだそれ? どんな高嶺の花に惚れてんだって話だよ。あ、高嶺の花と言えばたぐっちゃんのロッカーって誰か住んでるらしいじゃん。さっき店長が、ロッカーの中で美女が歌い続けてるって言ってたよー」
「へ?」
(それってもしかして……)加藤のセリフの意味がわかった瞬間に、ロッカーからまさにその歌声が聞こえてきた。
♪でっんわ~でんわでっすよ~でっんわ~で……
秋彦は突風のように走り出した。そしてロッカーを破壊せんばかりの勢いで開け放ち歌っている携帯に飛びかかった。
電話はアヤメからだった。
「もう! やっと出たわね。この私が直々にかけてるっていうのにあんたって子は、顔がよくなけりゃ……」
眉をしかめた貫凪が、たしなめるようにアヤメに首を振って見せる。
「っと、これは失礼。私はアンビシャス・ミュージックの柊アヤメ。あなたは誠ちゃんよね? 本来ならこんな電話は貫凪がかけるんだけど。あぁ、そのうち会うことになるわよ。そんなことより今回は特別に、特別によ? 私が直接伝えようと思ってね。単刀直入に言うと一次通過よ。まずは、おめでとう」
電話の向こうの様子をうかがい満足そうに続ける。
「はいはい、在り来りなリアクションをありがとう。そして二次審査のお知らせよ。まずはこっちまで出てきてもらうわ。特別審査員を用意してるから、そいつら……いえ、その人たちの前で最高のパフォーマンスをしてちょうだい!」
自分の言葉に酔っているかのような笑みを浮かべたアヤメの横で貫凪が机に突っ伏してぼやく。
「アヤメさんったら電話一本で全部俺に任せるんだもんなー。言うだけは楽だよなー。そのために俺がどんだけ苦労したことか」
電話中のアヤメから冷ややかな視線が送られていることに気付き貫凪は口をつぐんだ。
「ちょっと何、それって私の聞き間違いかしら? だってそれじゃ……いえ、待って。ただしどっちにしても私に会いにきてもらうわよ。」
“誠”が何か言ったのだろう。アヤメが面食らっている。驚いた貫凪は心配そうにアヤメの様子をうかがう。
「えぇ、もちろん構わないわ。そうでなきゃダメなんでしょ? 早ければ早い方がいいわ。それじゃ詳しいことはあとで貫凪に連絡させるから、そのときに聞いて。じゃあ楽しみに待っているわよ。ま・こ・と・ちゃん!」
ピッと電話を切りアヤメが貫凪の方を向いた。これ以上ないほど怪しい顔をしている。
「かーんなぎー! これはキタわ。私の勘はやっぱり冴えてるのね。計画通りにはいかなかったけど全く問題なしよ! あー、早くいらっしゃい誠ちゃん。そしてあのクズどもが無様に悔しがる様を私に見せてちょうだい」
「アヤメさんが楽しいなら俺は満足っすよ」
貫凪は知っていた。アヤメがこの顔をするときは、ろくなことを考えていないということを。
(どうか面倒に巻き込まれませんように)
切に願う貫凪だった。
電話が切れた後も秋彦はしばらく動かなかった。
「おーい、たぐっちゃーん」
訳のわからない加藤は、携帯を握りしめたまま放心状態になっている秋彦に恐る恐る声をかける。
秋彦は、たった今自分に起こったことを冷静に分析しようとしていたのだが、それは無理な話だったようだ。
「誠……」
一言つぶやいた瞬間、加藤が止めるのも聞かずそのままスタッフルームを飛び出した。そして店内を駆け抜け、自動ドアに激突して跳ね返り、衝撃で止まってしまったドアをこじ開け、制服のままで叫びながら街に消えてしまった。
加藤はもちろん、レジにいた中村も店内にいた客もポカンと口を開けたまま何が起こったかわからずにしばらく固まっていた。
やがて中村は気を取り直してレジを打ち始め、客がみんな帰ってから半開きで止まったままの自動ドアを見に行った。
その後ろ姿に、そっと加藤が歩み寄る。
「あの……店長」
「……なんだ?」
「さっき俺、たぐっちゃんがクスリやってないって言ったけど……あれ取り消します」