既視同調
確固たる、親心
「なんです、じゃないよ! どこか痛いのか? 救急車呼ぶか?」
救急車と言われたとたん正気に戻る。
「えぇっ? なんで? いや、いりません! 大丈夫、大丈夫っす。ほんとに」
本人がそう言った所であまりに異常だった様子から信じてもらえるわけもなく当然、二人から疑心の目で見られた。
「ほんとに大丈夫ですって。ほら!」
秋彦はサッと立ち上がり、両手を広げたり、飛んでみせたりして救急車が要らないことをアピールする。二人は疑いながらも救急車だけはあきらめたが、さすがにそのまま店に出すのはやめた方がいいと判断した。
「田口、今日はもう帰っていいぞ。助っ人のつもりで呼んだが、これじゃこっちが心配で仕事にならん。帰ってゆっくり休め。なんならしばらく休んでもいいから」
だがこの状態で一人になったらそれこそどうなるのか。秋彦は、せっかくの申し出を断った。
「いや、あの俺、なんていうか、なんとなく帰りたくないんですけど……」
中村がハッとして秋彦の顔を見た。
「……そうか。じゃあ、せめて裏で休んでろ。見ての通り店は暇なんだし、なんなら加藤と一緒に行っていいぞ」
「えっと。じゃあ、そうさせてもらいます。すんません店長」
「マジですか? やった! 臨時休憩いただきー」
「こら加藤、そんなセリフは裏に行ってから言わんか」
「あ、それもそうっすね。じゃ、行こうぜたぐっちゃん」
ぼんやりした秋彦がニヤけ顔の加藤に連れられて行くのを見送りながら中村が安堵のため息をつく。秋彦が帰りたくないと言ったのは一人になりたくないという意味なのだと、ちゃんと理解していたのだ。
中村には秋彦と同じくらいの子供がいて一人暮らしをしながら都市銀行に勤めていた。めったに帰ってこないため定期的に電話をかけていたが、その度に「仕事も何もかも順調だから心配しなくていい」と言って笑った。中村は、それを聞くたびに、やっと一人前になってくれたのだという思いを噛みしめ頬笑んだ。
それがある日、一本の電話によって打ち砕かれてしまう。
「御宅のお子さんが……」
自殺だった。
真面目すぎるほど真面目に仕事をしていて不審な金の流れに気付いたのだ。そして、よりによって犯人にそのことを相談してしまった。
すぐにデータを操作され罪をなすり付けられただけではなく、入社時に作らされた口座のひとつには多額の借金ができていた。本人も気付かないうちに“金に困り横領した”という内容が公表され、あっという間に吊るし上げられた。そして周りの人間は誰も彼から真実を聞こうとせず“人は見かけによらない”で片付けられてしまったのだ。
悩み、苦しみ、それでも誰にも何も言えないまま極限まで追い込まれ孤独の内に首を吊った。その後、自殺直前まで書かれていた日記が見つかったことで、やっと警察は重い腰を上げ真犯人を逮捕した。だがその男は反省するどころか罪悪感にさいなまれることもなく“あいつは最後まで使えない奴だったな”と言って笑ったのだ。後に警察から知らされたその事実もまた中村を苦しめる原因のひとつとなった。
秋彦がこの街にきたのはちょうどその頃だった。中村は、家を飛び出してきたという秋彦のことがなぜか自分の子供と重なって見え、いつしか親代わりとして見守るようになっていた。
音楽のことなんてよくわからない中村にとっても、秋彦がプロを目指して大きなギターケースを持ち歩いている姿は頬笑ましく、陰ながら応援していた。
最近の秋彦が何かおかしいと真っ先に気付いたのも中村だが秋彦は何も言わずに独りで悩んでいる。中村は、それがもどかしくてしょうがなかった。