過敏救援
予想外の、憂い
一通り仕事を終えた秋彦はレジにいる加藤の隣に並んだ。加藤は、ほとんどレジに立ちっぱなしで品出しや掃除は滅多にしない男だった。
「ねぇ、たぐっちゃん。俺さっき気付いたんだけど、今日は珍しくギター持ってきてないんじゃない?」
秋彦のギターは黒く大きなハードケースなので、持っていればかなり目立つ。
「えっ?」
秋彦は言われるまで気付かなかった自分に驚いた。ギターを持たずに出てきたのは、これが初めてのことだ。(これは、いよいよマジで潮時なのか?)
秋彦は、そのままヘナヘナとしゃがみこんでしまった。
驚いた加藤が声をかける前に客が二人やってきた。
「い、いらっしゃいませー!」
秋彦はしゃがんだままだ。レジ台のおかげで客からは見えない。加藤は秋彦のことを気にしながら手早くレジを打って客を帰した。
客が帰っても秋彦はそのままだった。せっかく元気が出たと思ったのに一気にどん底にたたき落とされた、というところだ。必然的に頭の中に引っかかっていたことが蘇ってくる。
未だに連絡がこないのは偽装がバレたからなのか。そうでなければ誠の顔を借りてもダメだったということ。そしてその時は秋彦の外見だけでなく歌までも否定されたということ。秋彦のすべてが否定されたということ。秋彦はそこまでの可能性を目の当たりにし、ただ打ち拉がれていた。
(ギター忘れたのにも気付かないんだぜ? 俺もう終わりだな。誠に何て言おう。くそっ! 俺は何てバカなんだ! 顔のせいにしてたけど、ほんとはミュージシャンとしてダメだったんじゃないか! 畜生! 畜生! 畜生!)
頭を抱えてしゃがんだまま動かなくなった秋彦の横で加藤は、とにかく困っていた。
「ちょっと、どうしちゃったのさ。っていうかどうすればいいのさー! たぐっちゃーん、おーい!」
秋彦の耳に加藤の言葉は届いていない。
途方に暮れた加藤は助っ人を呼ぶことにした。客が来ないことを確認してから裏に駆け込み、ちょうどそのとき売り場に向かっていた中村と鉢合わせになった。
「あぁ、よかった店長! 俺ほんとどうしたらいいか……あいつをなんとかしてくださいよー!」
さっそく加藤が泣きつく。
「なんだいきなり? どういう意味だ?」
「えっ? あいつを助けにきたんじゃないんですか?」
「何がだ? 私はさっきから田口のロッカーの中で変なやつが歌い続けてて気持ちが悪いし、あまりにしつこいから急用かもしれんと思って呼びにきただけだ。で? あいつは?」
店内には音楽が流れていて裏の音は聞こえないのだ。
「そう、それですよ。レジの中なんですけど、急にしゃがんだまま動かなくなっちゃって。呼んでも反応ないから店長呼びに行くとこだったんですよー」
「何っ? じゃあ、やっぱり具合が悪かったんだな! 救急車が必要かもしれん!」
「ちょっ、マジですか?」
二人はあわてて秋彦のもとに駆け寄った。
「たぐっちゃーん! しっかりしてくれー!」
「田口! おい田口! しっかりしろ! 聞こえるか? どっか痛いのか?」
中村が肩をつかんで秋彦を揺さぶる。
ぐでんぐでんに揺さぶられ、やっと秋彦が気づいた。
「え? あ、れ? なんです?」