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季節時間

それぞれの、流れ

 誠の仕事は倉庫で箱の並び替えをするだけではない。働き始めて半年もしない頃から在庫と金庫の管理、発注など裏の業務のほとんどが誠に一任されていた。

 発注はファックスを使うため電話で話す必要はないし、パソコンを使うのは事務所にいる春山だけなので誠が仕事をする上で不自由なことは何もなかった。さすがの誠でもファックスくらいは使うことができるのだ。

 というより電子制御の発注端末を使うことに頭の回路がショートしてしまい春山がファックスの使い方を教えただけだったが。

 仕事ができるのとハイテク機器を使いこなすということは誠にとってイコールではなかったのだ。

 誠は、戸締まり前の最後の確認をしてから電気を消し、ひょいっと片手で倉庫のシャッターを閉めた。これは春山お気に入りのもので、防犯に一役買う特殊な金属を使っていてかなり頑丈に作られている。あまりの堅固さに誠が働き始めてすぐの頃はまともに動かすことさえできなかったほどだ。

 帰り際に事務所に寄って春山に鍵を手渡す。

「おー、ご苦労様。いつも助かるよ。ところで林さんは大丈夫だった?」

 春山は誠の顔を見るたびにこれを聞く。大丈夫の範囲が誠と春山で同じとは思えないが、誠の基準で行くと自分は刺されていない=大丈夫だった、となるため、そのように答える。

「そうか、それならいいんだけどね。何かあったらすぐに言うんだよ? いいね?」

 そう念を押して誠がうなずいたのをしっかりと確認する。

「それじゃ、また明日。気をつけて帰るんだよ」

 誠は返事として一度うなずき、それから改めて頭を下げてから店を後にした。

 そこまで遅い時間ではないのだが日が短くなってきたため、空ではすでに星が瞬いている。誠は星座の位置を見て、季節の変わり目ごとに味わう喪失感に蝕まれ無意識のうちに小さくため息をついた。

 家に向かってぼんやり歩きながら、もう一度天を仰いで頭に浮かんできたのはなぜか秋彦のことだった。(秋彦、今頃どうしてるのかな……)



♪でっんわ~でんわでっすよ~でっんわ~でんわでっ……

 間の抜けた声に奇妙な節回しの歌が聞こえてきた。秋彦は転げるような勢いで床の携帯をつかんだ。

「はいいっ!」

 だが出たときの元気はどこへやら。秋彦は相手の言葉に力なくボソボソ答えると、切るか切らないかのうちに携帯を放り投げてベッドに倒れ込んだ。頭を抱えてため息をつく秋彦は、どうしようもない脱力感に襲われていた。

「あーあ、なんだでだよー」

 そのままの状態でかなり長い間ぼーっとしていたが、やがて低く唸りながらだらだらと立ちあがった。携帯をつかもうとして一度動きを止め、ため息まじりに見つめる。

「なんでなんだよー」

 秋彦は、仕方なさそうに携帯をつかむと重い体を引きずりながら部屋を後にした。



 朝、誠は部屋を出ようとして机の上に紙袋が置きっぱなしになっていることに気がついた。この袋に入っていた本は寝る前に半分読んだだけで本棚に入れられていた。

 誠の部屋には本がたくさんある。どれも◯◯賞受賞作や驚異の新人、などと書かれた帯が巻かれていて店側が勧めそうな本ばかり。これらは全部、誠のために正が買い集めてきたものだ。

 本の前はテレビゲームだった。別に誠が欲しいと言ったわけではない。両親で誠が、というより今どきの子が夢中になれそうなものは何かと考えた結果がそれだっただけだ。正は、すぐおもちゃ屋に向かいその頃の最新機種と人気のソフトを買ってきた。誠は遊び相手がいない上にひとりっ子だったのだ。

 その後も面白そうなソフトを探すため正は定期的に店に立ち寄り、売り上げランキング上位のものをほとんどそろえてしまった。だが誠は、どれもすぐにクリアしてしまいそれっきり遊ばなくなってしまう。簡単すぎてつまらないのだ。

 正が、誠にはこれじゃ物足りないのだ、と気付くまでに二年はかかった。

(父さんは何買っていいかわかんなくてこういうの選んでくるんだろうけどこういう基準って押し付けがましくて嫌なんだよな)

 ゲームのランキングにも言えることだが、正が思う、賞を取った=面白いから間違いないだろうという物は誠にとって八、九割はハズレなのだ。ゲームが本に変わってもその点は学習されていなかったため、またこうして一冊増えてしまった。

 ふと、誠の頭に数年前のニュースが浮かぶ。

 ある作品が大きな賞を取ったが、それは出版社が本を売るために筆者の身内と一緒になってシナリオを書いた出来レース受賞だった、というものだ。

 マスコミに取り上げられたその出版社は最後には業界から閉め出されたが、出来レースだろうが何だろうがほんの一時でも売れることと話題になるという目的は達成されたのだ。

 誠はそのニュースを見て、本当につまらない世の中になったな、と悲しくなったのを思い出していた。

(肩書きなんかなくても本当に面白い本は、いくらでもあるのにな。なのに人はこっちを選ぶなんて、まるで……)

 誠はゆっくりと、そして残念そうに本棚に目をやった。

(僕は絶対、中身がいいほうをとるよ)

 ため息をついてから気を取り直し、頭に浮かんだことを振り払うように部屋を出た。

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