影響歯車
その人物、曲者
(MA、KO、TO……ハーフかと思ったけど名前は和風なのよねー)
秋彦の送った書類が事務所に届いてから優に一ヶ月は経っていた。
上等なチェアに深く腰掛けている人物は書類をよく見るために自慢の眼鏡をかけ直した。カスタムメイドらしいが実用的とはお世辞でも言えないデザインだ。
「あ、また見てるー。アヤメさんそいつのこと気に入っちゃったんすか?」
「そりゃそーよ! もろ私好みの顔。しかも身長一、八、八。私のことくらい軽く抱っこできそうじゃなーい。も・ち・ろ・ん・お姫様抱っこー。素敵ー!」
妄想スイッチがオンになってしまったアヤメはいつものようにひとりではしゃいでいる。
男は、そんな様子に構うことなく振り分けられた書類の束をかかえて部屋を出ていこうとした。頭には、いつものように後ろ向きにかぶったキャップ。ベージュの生地に緑色の変なキャラが笑っている。朝の占いの結果が悪かった証拠だ。
「ちょっと、貫凪! 聞いてんの?」
貫凪はチロッと舌を出して立ち止まり、振り返りながらひとさし指を立てて言い放つ。
「妄想モードのアヤメさんは一人で夢見ててください。俺やることあるんで。それじゃ!」
冷たく閉められたドアをしばし睨みつけてからアヤメはデスクに向き直った。このデスクもまたこだわりの輸入品でこのデスクとチェア一セットでちょっとした高級車が買えてしまうという信じられない金額の物だ。貫凪は無駄な贅沢だと言いながらもアヤメのためにどちらもよく手入れしていた。
アヤメは片手で頬杖をつく。女でもしないような華美なネイルアートの先端が顔に突き刺さりそうだ。余った手は、じゃらついた指でコツコツコツと苛立ちを示している。
(なによ、つまんない奴ー)アヤメはいきなり立ち上がると、この部屋で一番お気に入りの場所に向かった。
大きな窓の前で腰に手を当てて仁王立ちになり、いつものようにあごを少し上げて目だけで下界を見下ろした。常に人を見上げる側のアヤメはこの階のように高い場所から“眼下に広がる小さな世界”を眺めるのが趣味のようになっているのだ。
(ゴミアリたちが動いてるわ。ゴミはどんなにあがいてもゴミなのに。あぁ、そろそろ私の時代がきたことを思い知らせてやらないとダメよね)
アヤメは不敵な笑みを浮かべ、ピンクの携帯に手をのばした。もちろん、ただのピンクではない。無数のラインストーンにより見事に立体の花園が表現された……この上なく非実用的な携帯なのであった。