都合融通
心配と、叫び声
食事を終え、ソファーに移動してナシをかじり出した誠に正が声をかける。
「そういや、春山がお前の事を褒めてたぞ。昨日あいつがナシ持ってきたついでにお前のこと報告してったんだよ。『誠くんのおかげでかなり楽させてもらってる』だとさ。店に出てるバイトなんか携帯いじりながら客の相手してるんだって? 信じられんね。とにかくお前がよくやってるみたいで安心したよ。まあ心配はしてなかったけどな」
誠は正のほうを向いてかわいらしく顔をほころばせた。ただ、その笑顔の内容は“やっぱり本場のナシはうまいね!”だったが。
そこに静音がエプロンで手を拭きながら、おそるおそる近付いてきた。
「ねぇ……誠。ところで、昨日泊まったのって誰のとこだったの? そのー、お友達?」
(やっぱり聞いてきたのは母さんだったか)誠は一瞬考えてから、うなずいてみせた。誠は友達という表現を自分から使うことはない
。その単語を使うことで相手を軽く見ている気がするので嫌っているのだ。だが静音を含む世間一般で、その言葉を使えばある種の安心を与えることもわかっているため不本意ながらも否定は避けた。
「そう、あんな時間から行くって言うから迷惑にならないか心配してたの。お友達……なら、そこまで心配しなくても……大丈夫……かなっ?」
腫れ物にさわるような話し方。
誠には静音の考えていることが手に取るようにわかっていた。安心させるための笑顔でしっかりとうなずいてから“ごちそうさま”をして立ち上がる。自分の部屋に行くことをジェスチャーで伝えてリビングを出た。
ドアが閉まったとたんに二人の議論が再開される。
「はぁ……目の下にクマがあるように見えたし、ゆうべ一睡もしてないんだわきっと。あ、お友達って言ってたけど、まさか!」
「お前は心配しすぎなんだよ。あいつがいくつになると思ってるんだ? 学校だって卒業して何年もたつのにいつまでもそんな子供扱いじゃ、あいつだって嫌になるんじゃないか?」
「だって、そう思いたくもなるでしょ! 誠なんだから!」
「俺もしゃべったけどいつも通りの誠に見えたぞ。いやむしろ楽しそうに見えたくらいだ」
正の目利きは正解だったのだが“楽しそう”という単語によって静音をついに爆発させてしまった。
「ちょっと、あなた! どういうことなの! あの子は昔から何かあったって絶対に言おうとしなかったじゃないの! だいだいねえ! いくつになろうと誠は私たちの子供に変わりないの! 親が子供心配するのは、何かあったとき気付いてあげるのは、当たり前でしょーがー!」
目の前で力一杯に叫ばれていても正は涼しい顔をしている。
「ま、そうだな」
一通り叫んだ静音は、すっきりしたのだろう。それ以上言うことなく、ふーっと長く息を吐いてから台所の片付けを始めた。