季節爽快
帰路と、炎天下
外はすでに明るくなっていて夜には見えなかった景色が目にまぶしく飛び込んでくる。きた時にはひとつしか見えなかったチカン注意の看板は思ったよりたくさんあったようで階段の上からいくつも確認できた。
住宅と住宅の合間には程よく空き地や公園があり、このゆとりが誠の嫌う“息苦しさ”を緩和しているようだった。
空の青さが季節を物語り、雲は掴めそうに白くくっきりとその輪郭を浮かび上がらせている。今のうちと言わんばかりのセミたちの鳴き声はまさに競い合っているようで微笑ましく思えた。誠はしばらくの間、初めて見る景色を時折吹いてくる温い風とともに楽しんだ。
「じゃ、あとは俺がシャキーン、っと応募しておくから誠は結果を楽しみにしててねーん。どこも多少時間かかるだろうから忘れた頃に連絡が行くかもしんないけど」
(今、どこも、って言わなかったか? 一体いくつ応募するつもりなんだ? いや聞かなかったことにしよう。もう僕にできることは待つって事だけだしな)
うれしそうに階段の上から手を振り回す秋彦に会釈をしてから軽く手を挙げ秋彦のアパートを後にした。
(暑……)目に刺さる日差しに、誠は無駄と知りながらも片手で日除けを作る。太陽は午前中のこの時間からすでに容赦なく照りつけていてアスファルトの彼方に蜃気楼を作ろうとしていた。(土の地面ならこんなに暑くならないのにバカだよな)誰に伝えるでもなく鼻で笑うと徹夜の心地よいだるさを引きずりながらも気持ちは軽く家を目指した。
(あー、方向音痴じゃなくてよかった)
その頃徹夜なんか慣れっこの秋彦は誠の残したメモを片手にパソコンの前に座っていた。
(マジかよ。あの顔でこの年は反則だって)
誠が帰り着くと玄関が開いていた。防犯に関する知識に感化された身内を持つこの家では、常に鍵がかかっているのが当たり前のため誠は少し驚いた。だが、その誠自身も鍵を出したというのにそれを差し込もうとせず先にドアノブに手をかけたのだから珍しいということではおあいこだ。
ドアを閉める音で気付いたのか、母親の静音がエプロンで手を拭きながら出てきた。
(あれ?)誠は違和感を感じた。“エプロンは手を拭く物じゃない”とうるさく言っていたのは静音本人なのだ。
「おかえりー、朝ご飯食べてきたの?」
なんだかホッとしたような顔の静音に首を軽く振ってみせてから洗面所に向かう。
数時間前にシャワーを浴びたばかりなのに炎天下の中を歩いてきたことで今や水漏れ状態で汗が流れおち、服の色はすっかり変わっていた。
(うわ、こりゃ先に風呂だな)鏡で見た自分の姿に顔を引きつらせ、台所に戻ろうとしていた静音に身振りで風呂に入ることを示してから洗面所の戸を閉めた。