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楽曲息吹

2人の、踏み込み

 返事のかわりに眉間にしわを寄せ深ーいため息をついている誠を見て、秋彦は胸を張ってみせた。

「心配せずにこの俺にまかしとけって! これでオーディション合格、さらにテレビ出演の依頼、モデルの起用なんてことにでもなれば、自分のかっこよさが嫌でもわかるだろーからさ」 

(こんなプラス思考の人間見たことない)

 さすがの誠も御手上げ状態だ。

『漫画の見過ぎ』

 誠の一言は秋彦の大爆笑であっさりと片付けられた。

「あー、いけね! オーディションに出るのに“自分の曲”を知らないってのも変な話だよな」

 秋彦はそう言ってパソコンの横でピサの斜塔になっている山から薄っぺらいCDケースをひとつ取った

「これが最新の自作CDだ! 今日歌った曲も入ってるし、もろもろの評価もかねて聞いてちょーだいねー♪」

 楽しそうに話しながら慣れた手つきでパソコンにCDをセットしエンターキーを押した。

 そのとたん、パソコンにつながれた奇妙な形のスピーカーから洪水のように音に乗った言葉が押し寄せてきて一気に誠を取り囲んだ。

(うわぁ……)誠は思わず目を閉じて鳥肌がたった腕を押さえた。

 どの曲からも心のままに思うままに、正直で直球ストライクの言葉たちが絶妙なテンポとメロディーを伴って溢れ出してくる。それを表現した秋彦の声とギターは、力強く、それでいて何かが突き刺さるような痛みを隠しているようだった。

 心に思うことを隠さずに口に出す、譲れない思いを歌という形に変える、自分のやりたいことをあるがままに行動に移す。そんなあたりまえのことが、大きな衝撃となって誠を魅了していく。

 聞きながら誠は理解した。秋彦の口から言葉として歌として出ているものは自分の中にある思いと同じものなのだ、と。

 その一方で、心の奥深くを揺さぶられ何かを壊されるような不穏な空気も感じ取った。誠はその奇妙な感覚にどう対処していいのかわからずただ混乱していた。

「はい、おしまーい!」

 秋彦の声は聞こえたが誠は放心状態のままだった。

「どう? どう? オーディションはこの中のやつでいこうと思ってんだよねー。って、おーい? 誠?」

 顔の前でひらひらと手を振りながら呼びかけて三度目に、やっと誠が気付いて目を合わせた。秋彦のキョトンとした顔で自分の魂が抜けていたことを察した誠は慌ててノートをつかむ。

『あまりに凄くて腰抜けた』

「うっ、難しい字を……でも流れでいくと、すごく、だよな、きっと」

 ちらっと誠を見ると大きくうなずいている。安心した秋彦はもう一度読み直して目を見開いた。ゆっくり顔を上げ間抜けた顔のままで誠に向かって口だけで語りかける。

“ま・じ・で?”

 深ーくうなずく誠。

 それを見て顔を輝かせた秋彦は声にならない声を上げながら拳を突き上げ勢いよく立ち上がって、それはもう豪快に椅子を引っくり返した。派手な音とともに周りに積まれていた雑誌タワーやCDタワーが破壊され崩れ落ちていく。

(あぁぁ、どうか近所の人が起きませんように)誠は祈るような気持ちで、照れ笑いを浮かべて椅子を起こしている秋彦を見つめた。

「あー、ほんと誠と出会えてよかったな、俺」

 座り直した秋彦が遠い目になって、しみじみと口を開く。

 誠は言われ慣れないその言葉に、やんわりとした笑顔を返した。

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