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夏祭り

作者: をはち
掲載日:2026/10/06

十二月に現れた、夏祭り帰りの影。


喉が嫌気にひりつく夜だった。


まだ体の芯に、祭りの熱気が残っている。太鼓の残響が鼓膜の奥で微かに疼き、鼻腔には油の焦げる匂いがこびりついて離れない。


好物の焼きそばを腹いっぱい詰め込んだ帰り道。急に湧き上がった渇きに耐えきれず、明かりを求めて足を速めた。


田舎道には店などなかなかない。闇に溶けるように続く道を、ただひたすら歩いた。遠くにぽつりと灯りが見えたとき、足は自然にそちらへ向かっていた。


街灯の下では羽虫が渦を巻き、それを狙い蝙蝠が幾度も黒い影を落として群れに飛び込んでいく。


羽音と、何かが潰れる微かな音。それが妙に耳障りで、夜の静けさを一層際立たせていた。


永遠に距離が縮まらないのではないかと思えた灯りが、ふいに目の前に広がった。店主が驚いたようにこちらを見上げている。牛乳屋だった。


「おっちゃん、コーヒー牛乳おくれ」


「あぁ…そんな格好で、祭りの帰りかい?」


「そうだよ。焼きそば食い過ぎて、喉が渇いちまって」


「ずいぶん本格的な装いだね。ほら、ここにおくよ」


冷たい瓶を受け取り、礼を言う。店主は少し寂しげな目でこちらを見た。


「ここまで随分と遠かったろう。飲み終わったら、さっさと帰ったほうがいい。帰りも時間がかかるだろうから」


「ありがとう。お代と瓶、ここにおいとくよ」


「あいよ」


喉の渇きが薄れると同時に、足は再び闇の中へと踏み出していた。どこへ向かうというあてもない。


ただ、微かな線香の香りと、どこからか聞こえてくる読経の声に、自然と誘われるように。


―――翌朝、牛乳配達の若者が縁台に残された珈琲牛乳の瓶を見つけて、店主に声をかけた。


「あのボウズ、今夜もきたんですか?」


店主は瓶をそっと片づけながら、静かに頷いた。


「あぁ。この十二月に、夏祭りだってよ。しかもこんな深夜に」


「…何処に帰っていくんでしょうね、あの人」


「さぁな」


店主は暗い道の向こうを、長いこと見つめていた。



読んで頂き有り難う御座います。

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