夏祭り
十二月に現れた、夏祭り帰りの影。
喉が嫌気にひりつく夜だった。
まだ体の芯に、祭りの熱気が残っている。太鼓の残響が鼓膜の奥で微かに疼き、鼻腔には油の焦げる匂いがこびりついて離れない。
好物の焼きそばを腹いっぱい詰め込んだ帰り道。急に湧き上がった渇きに耐えきれず、明かりを求めて足を速めた。
田舎道には店などなかなかない。闇に溶けるように続く道を、ただひたすら歩いた。遠くにぽつりと灯りが見えたとき、足は自然にそちらへ向かっていた。
街灯の下では羽虫が渦を巻き、それを狙い蝙蝠が幾度も黒い影を落として群れに飛び込んでいく。
羽音と、何かが潰れる微かな音。それが妙に耳障りで、夜の静けさを一層際立たせていた。
永遠に距離が縮まらないのではないかと思えた灯りが、ふいに目の前に広がった。店主が驚いたようにこちらを見上げている。牛乳屋だった。
「おっちゃん、コーヒー牛乳おくれ」
「あぁ…そんな格好で、祭りの帰りかい?」
「そうだよ。焼きそば食い過ぎて、喉が渇いちまって」
「ずいぶん本格的な装いだね。ほら、ここにおくよ」
冷たい瓶を受け取り、礼を言う。店主は少し寂しげな目でこちらを見た。
「ここまで随分と遠かったろう。飲み終わったら、さっさと帰ったほうがいい。帰りも時間がかかるだろうから」
「ありがとう。お代と瓶、ここにおいとくよ」
「あいよ」
喉の渇きが薄れると同時に、足は再び闇の中へと踏み出していた。どこへ向かうというあてもない。
ただ、微かな線香の香りと、どこからか聞こえてくる読経の声に、自然と誘われるように。
―――翌朝、牛乳配達の若者が縁台に残された珈琲牛乳の瓶を見つけて、店主に声をかけた。
「あのボウズ、今夜もきたんですか?」
店主は瓶をそっと片づけながら、静かに頷いた。
「あぁ。この十二月に、夏祭りだってよ。しかもこんな深夜に」
「…何処に帰っていくんでしょうね、あの人」
「さぁな」
店主は暗い道の向こうを、長いこと見つめていた。
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