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婚約者が妹の所業にキレて家ごと包囲した

作者: 紡里
掲載日:2026/02/01

「お姉様の代わりに、わたくしが嫁ぎますわ」

 妹が姉の部屋の前で宣言した。


 姉の婚約者は、顔をしかめる。強面と言われる顔は、かなりの迫力があった。

「何を言っているのですか。今、彼女は懸命に病と闘っているのですよ」


「あら、ご希望ならすぐにその闘いを終わらせてもよろしくてよ?」

 可愛いと評判の笑顔で、妹はこてりと首をかしげる。


「……君にはそれができるということか?」


「ええ、あなたのお望みのままに」

 人差し指を思わせぶりに、自分の唇に当てた。


「つまり、君が彼女に毒を盛ったと? 病気に見えるような、巧妙な毒を?」


「ええ。わたくしたちの邪魔をする者は排除しなければ」

 人差し指を自分の唇から、姉の婚約者のそれへ移動する。


「それは、君のご両親も承知の上か?」

 彼は廊下の壁に妹を縫い付けた。腕と壁で妹を囲み、その耳元で囁くように問う。


「……なぜ、そのようなことをお聞きになりますの?」

 妹は目をうっとりと細めた。


「君の協力者か否かで、この先のご両親に対する態度が変わることになる」


「それなら、ご安心ください。

 愛されているのは、わたくしだけですの。可愛げのないお姉様など……」

 妹は勝利を確信した。姉の婚約者の表情を見ることはできないが、この距離は恋人のものだ。


「可愛げ? それが、私が婚約者に贈った首飾りを、あなたがしている理由ですか?」


「ええ、わたくしの方が似合っているでしょう?」

 妹は首飾りに手をやって、微笑んだ。


「そうか、よくわかった」

 彼はすっと後ろに下がり距離を開けると、ためらいなく妹の首を押さえつけた。


「がぼっ、え、なに……」

 妹は、ようやく何かが違うと気付く。


 会話が聞こえない位置に控えていた部下に向かい、大声で指示を出す。

「当主夫妻の確保に動け。鍵は壊していい。

 医療班、突入!

 屋敷の周囲を押さえ、使用人の逃亡を阻止しろ。尋問ができれば、腕の一、二本なくても構わん」




 婚約者がパン粥の皿を持って、ベッドの脇に陣取っている。

「あの、自分で食べられますが」


「君ができるかどうかが問題なのではない。私がやりたいかどうかだ」

 ずいっとスプーンが差し出された。鬼のような形相で、指先がぷるぷると震えている。


 引っ込める気はないようだと、覚悟を決めて口を開けた。

 適温に冷まされた味わいが舌に乗った。


 横目で見ると、「うむ」と満足げな婚約者がいる。

 一体、何をさせられているのだろうか。



 三口ほどで「これ以上食べられない」と言ってしまったが、それは受け入れてくれた。


 枕元のキャビネットにパン粥の皿を置くと、婚約者はずいっと顔を寄せてきた。

「無骨な軍人の俺が君を怖がらせるかもしれないと遠慮していたが、それでは駄目なことがわかった」


「……駄目とは?」


「君を守るべき立場にありながら、危険に晒してしまった。二度と同じ過ちは犯さない」

 自分の指に布を巻きながら、話を続ける。


「この家では、君を蔑ろにして妹ばかりを可愛がっていたんだな。

 参謀閣下に君との見合いを命じられたのは、君の親族に良心的な人間がいたからだ。その人が君をこの家から逃がす手立てを探していて、閣下の副官である私に話が来た。

 面倒くさいと思ったが、今となっては自分が選ばれてよかったと思う。

 はい、あーんして」


 そんな親切な親族などいただろうか? 

 思い当たる人がいないと考えていたら、顎に手を当てて、口を開かされる。


「え?」

 と言いたかったが、彼の指が口に入っていて、うまくしゃべれない。


「歯磨きの代わりだ。洗面所まで歩けないだろう」

 丁寧に歯の表側も裏側も拭かれていく。


「君の両親だが、私を野蛮な軍人だと馬鹿にしていたのに、金を持っていると知った途端に態度を変えたな。

 あんな我がままな妹とすげ替えようなどと、本当に腹立たしい。

 私がそれを拒否したら、君を亡き者にしようとは。

 私が求めたのは君であって、家名ではないのだ。

 もう、狂っているとしか思えない」


 口を開けているので、よだれが垂れてしまう。

 それも、丁寧に拭われた。


 もう、恥ずかしくて堪らない。

 コップの水で口をゆすぎ、たらいに吐き出したところで、ようやく解放された。


 体力の問題か、羞恥心の問題かわからないが、ぐったり疲れ果ててしまう。

 そんなわたくしを彼は優しく寝かしつけ、枕の位置を調整してくれた。


 ふうと息を吐いてから、呟くように言ってみた。

「妹は甘えるのが上手なのです。人をその気にさせるのがとても……」


「怖ろしいな。魅了のスキルでも持っているのか」


「わかりません。ですが、あなたにも効いているのかと思いました」


「な、どうして、そんなふうに考えた?

 あんな表面的な言葉で惚れるような、頭の悪い男に見えたのか」

 思わず大きな声を出し、慌てて手で口を覆う様子が可愛らしい。


「両親の愛情が妹に移っていくのを見ていたものですから……。

 それに、わたくしといるよりも穏やかな表情で楽しそうでしたわ」

 少しだけ、不機嫌さを出してみた。


「君といると、嫌われたくないと緊張してしまうのだ。すまん」

 汗をかきそうな勢いで慌てている。


 少しいじめすぎたかもしれない。

 この男は信じられる。いや、これが嘘ならば、もう全てが信じられない。――そう思う。


 どうしてこんなに丁寧にしてくれるのか、胸が苦しくなるほど嬉しい。それと同時に不安になる……。




 一眠りして目が覚めたとき、まだベッドサイドに婚約者がいた。


 今度はすりおろした果物を食べさせられながら、説教を受ける。


「遠慮したり、自分が我慢すればいいと考えたりするのは、一見美徳に思えるが違う。

 どこかに不具合がある証拠であり、歪みだ。それを放置するのは崩壊の危機を内在させる行為であり、長期的に見れば迷惑な行為なのだ」


 難しくてよくわからない。首をかしげていると、こほんと彼は咳払いをした。

「つまり、君を萎縮させた害虫は駆除したから、これからは伸び伸びと、やりたいことをやってほしい」


 害虫というのは、両親と妹のことだろうか。

 あの雰囲気だと逮捕されている気がするが……実際はどうなっているんだろう?


「言わなければ伝わらないと身に染みた。

 だから、言うぞ。

 君を大切に思っている」


 嬉しいのですが、また眠くなってきました。


「夜会でそれを表したくて、金に糸目をつけずに君を飾り立てた。

 それが君の妹の物欲を刺激して、君を危険な目に遭わせてしまった。すまない。私の状況把握が甘かった」


 婚約者は拳を握り、熱く語り出している。

「一般女性でも、ときにとんでもなく怖ろしいものなのだな。いや、全員がハニートラップ要員だと想定して、用心していればいいのか」


 上のまぶたが、下のまぶたとくっつきそうだ。


「君もそうなのか?

 そんなことをされるくらいなら、君を監禁してしまいたい。

 それよりも、君は優しすぎて、押しの強い男を拒めないのでは……」




 パコンと音がして、驚いて眠気が飛んだ。彼が後ろから頭を叩かれたようだ。


「坊ちゃま、いい加減になさいまし。自信のない男がするような暴挙は、許しませんよ」

 彼の乳母と言っていたか……その彼女がなぜここに?


「この家の使用人は信用ならないと言うことで、数名お邪魔しております。ごゆっくり体を休めてくださいね」

 背の低い彼女は、坊ちゃまの耳を掴んで部屋から引きずり出した。



 あっけに取られていると、二人はすぐ戻ってきた。

「お休みになる前に、シーツを取り替えましょう。汗をかかれたと思いますのでね」


 いつもはわたくしを無視するメイドたちが決まり悪そうに、部屋に入ってきた。

 乳母が布団をまくって彼女に持たせ、手の空いているメイドに指示を出していく。


「ぼっちゃま、変なところを触ってはいけませんよ」

「私を何だと思っているんだ」

 ブツブツ言いながら、壊れ物に触れるようにわたくしを抱き上げた。


 乳母は手早くシーツを剥ぎ取り、洗ってあるシーツに取り替えた。

 汗をかいて、毒素も染みているかもしれないシーツだ。見られたら恥ずかしいと思っていたが、くるくると巻き取っていく。


「はい。降ろしていいですよ」

 乳母はパリッとしたシーツの出来映えを確認し、満足げな笑顔を見せた。


「このままでもいい」

「いいわけがありますか。お嬢様が疲れてしまいます」

「……」

 彼は無言で何か考えている様子。


「穏やかに眠れるというのなら、異性として意識されていないということですよ。

 それでいいのですか?」


 きっと顔は真っ赤になっているだろう。もう限界だった。手で顔を隠し、一言もしゃべれない。


「いや、よくないが」


「なら、降ろす。寝かせる。

 求愛は、健康を取り戻してから。

 いいですね?」


「はいはい、わかったよ」


 お坊ちゃまが乳母に勝てるはずがないのだ。白旗を揚げて、退散した。



 彼を追い出した後に、手早く寝間着も取り替えてもらった。


 ああ、これでゆっくり休めるわ。

 そっとシーツを撫でる。清潔で、肌触りのいいものだ。

 クスクスと笑いがこみあげてきた。

 もう、安心していいのだと。


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― 新着の感想 ―
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親切な親族「姉が可哀想だし、そういうの婚約者の人好きそうだから、        姉の家と婚約者の家をぶつけたろ。ワンチャンあれば婚約者の家の後ろ盾で        姉の家を乗っ取ることできるし」 って…
両親の品性と性根が下劣なのは勿論ですが、いくら妹の方が可愛く思っていても、金かけてそこまで育てた姉を毒殺するとか、貴族としての損得勘定も終わってますな。 目先の欲で人生終わる典型的な愚物ですね。 姉が…
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