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血塗れ湖畔が嗤う ~25 HOURS ― 30人の生き残りを懸けた地獄のサバイバル~  作者: 霧原零時(orすっとぼけん太)
エピローグ

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【2】 走り去る夏と、しょーもない奴ら

少し間を置いて、時貞は首を振ると、無理に気持ちを切り替えるように言った。


「……憧れなんて、もともと、こういうものなんですよ」


その言葉には、自嘲気味の笑みが添えられていたが、歩き出す彼の目は、どこか潤んでいた。


一織がワイヤレスキーでドアロックを解除する。

時貞はクラウンの助手席のドアを開けかけた、そのとき――


「教授!」


少し遅れてやってきた龍信が、声をかけた。


「……あっ、監督。どこに行ってたんですか」


時貞が顔を上げると、目の前に龍信が立っていた。


「ああ、ちょっと便所にな」


龍信は顎で建物の裏をしゃくってみせた。


「そう言えば……監督の手術、明後日ですよね。いよいよ“鋼鉄の腕”に」


「鋼鉄じゃないけどな。骨の部分には金属のボルトが入るらしい」


「いやぁ、ますます最強になっていきますね……で、何か?」


時貞が、ドアの開けたまま尋ねる。

運転席に座った一織が、顔を覗かせている。


「いや……実は、ちょっと言いにくいことなんだけどな……」


いつも歯切れの良い龍信にしては、珍しく、どこか言葉を選ぶような調子だった。


「……あん時、ガスボンベを、部屋の出口のとこに置いといたの……おれなんだ」


「えっ……?」


時貞の目が、少し見開かれる。


「教授が、小指の爪剥がして怒ってたろ? ……なんか言いそびれちまって。

今さらだけど、すまん」


そう言って、龍信は申し訳なさそうに、片手で頭を掻いた。


「えっ、あっ、いや、……もういいんです、そんなこと」


時貞は少し慌てながら、頭を下げかけた龍信の肩に、そっと手を乗せた。

その肩は、まるで鍛え上げられた鋼のように硬かった。


「監督。……ほんとに、もう気にしないでください」


そう言って、時貞は笑顔を浮かべながら、手のひらを顔の前で振って見せた。

龍信は、ふっと目を細めて微笑んだ。


だが――

時貞はその笑みに応えつつも、どこか言いかけて、飲み込むような顔をしていた。

まるで何かを迷っているような、そんな意味ありげな目のまま。


そこへ、碧の白いポルシェが、ゆっくりとUターンして戻ってきた。

窓を開けて顔をのぞかせた碧が、明るく声をかける。


「ねぇ、みんなでお茶でもどう? 近くに、ちょっといい場所があるの」


「いいねぇ、それ、しよーしよー!」

一織がシートベルトを引きながら、嬉しそうに答える。


龍信が振り返ると、後方のトラックでは源次と翔太がすでに乗り込み、満面の笑みでOKサインを出していた。


「龍信さん、乗ってかない?」

碧が助手席のドアを開けて、少し甘えるような口調で言う。


龍信は、チラッとその白いポルシェを見てから、ふいに後ろを振り向いた。


「健太っ!」


バイクに跨っていた健太が、「何っスかー?」と慌てて降りて走ってくる。


「お前、先に帰っていいぞ」


「えぇぇっ!? そりゃあんまりっスよお……!」

健太は泣き出しそうな顔で抗議した。


「おれは、あれで行く」


そう言うと龍信は、ポルシェの助手席ドアを、ぴしゃりと閉めて、無言でトラックの方へ歩き出す。


――女が運転する車の助手席には座れない。

龍信の男としての、周囲にはエライ迷惑な“男の美学”であった。


「ちょ、まっ――」

運転席の翔太が慌てて首を振るが、龍信はお構いなしにドアを開けて、ずかずかと乗り込んでくる。


「若っ! これに乗るんですか? 野郎ばっかで、むさ苦しいですよ」

と、ベンチシートの真ん中で圧縮されかけた源次が不満げに顔をしかめる。


「源さん、トラックっちゅうのはですね、そもそも“野郎の乗りもん”なんですよ!」


「じゃあ、わしが、碧ちゃんの車に――」


「源さんっ!!」


龍信の一喝に、さすがの源次も、肩をすくめて苦笑いを浮かべるしかなかった。

……そしてデカい二人に、窓に押しつぶされそうになって、一番迷惑をしていたのは、他でもない翔太だった。


(……やっぱり、男なら言わなくちゃ)


時貞は一瞬だけ迷ったが、意を決して、龍信の乗り込んだトラックの方へ顔を向けた。


その頃――

「じゃあ、私が先に走るわよ」

と、碧が白いポルシェを軽やかに発進させて、駐車場の出口に向かっていった。


一方、トラックの中では、


「源さん、男っちゅうのはですねぇ、大きな気持ちを持って、どんな状況でも落ち着いて――冷静に……簡単に怒っちゃいかんのですよ」


龍信が、いつもの説教口調で真面目くさって語っていた、そのときだった。

――まだ車に乗っていない、時貞に気がついた。


何かを言っている。が、エンジン音がうるさくて聞き取れない。


「教授! どうかしたんですか?」

窓をギュルギュルと大きく開け、龍信が身を乗り出して怒鳴る。


時貞は、口元で両手を広げて、はっきりした声で返した。


「監督……」


「えっ?」


「――あの時……監督が、ぼくの隣で寝ていた時にですね……」


「ん?」


「監督の頭の下に敷いてあった……作業服(まくら)を、ぼくが……ちょっと引っ張っちゃって……」


「んん?」


「で、その拍子に、監督の後頭部が、鉄板にゴンッと……」


「なにぃっっ!!?」


龍信は、意識を取り戻した時に、原因不明の後頭部の痛みに襲われていた。

怪物と戦っている時に、後頭部など打った覚えが無かった。―――あの原因が、時貞だったとは。


「ごめんなさーーいっ!」


と、時貞は叫びながら、クラウンの助手席に逃げ込むように飛び乗る。


「一織くん、はやく! しゅっぱーつ!」


「ちょっと、何? え、あ、はいっ!?」


クラウンが軽やかに走り出すと――


「このぉぉぉーーっ!!!」


トラックの後部座席から、怒号が轟いた。


「若っ? アクセルはっ……! 翔太、ハンドル、ハンドル!」


「うわああっ、無理無理無理ぃーっ!」


龍信がベンチシートの隙間から足を伸ばし、無理やりアクセルを踏み込んだせいで、

トラックは悲鳴を上げるように発進する。


「ごらああああっ! 逃がさねぇーぞ!」


「落ち着いて! 若っ、男は、……落ち着いてってば!」


源次の必死の制止も、龍信にはまるで届かない。


一方その頃、前を走るクラウンでは――


「……なんか、後ろのトラック、すごい勢いで追って来てるんだけど」


ルームミラーを見つめながら、一織が眉をひそめる。


「きっと腕でも、痛いんじゃない?」

時貞が、澄ました顔で言った。


ポルシェを先頭に、クラウンとトラックが、ゆっくりと夏の光の中へと走り去っていく。


まだ少し熱を残したアスファルトが、遠ざかるタイヤの音を、どこか懐かしげに受け止めていた。


空には、まだ未練がましく夏が居座り、白い雲がひとすじ、細くたなびいていた。

風が、どこかから草のにおいを連れてきて、駐車場の隅をかすめていった。


そこにはもう、誰の姿もなかった。


だけど――

あの日に交わされた、怒鳴り声も、笑い声も、悔し涙も。

すべてが、まるで映画のエンドロールのように、静かにこの場所に染み込んでいた。


ほんの少しの寂しさと、

胸の奥に残るあたたかさを抱えたまま。


世界は今日も、何ごともなかったような顔をして――

次の季節へと、歩きはじめていた。




【了】


____________________________

最後までお読みいただきありがとうございました。


真夜中の生き残りをかけた戦い中の、


「しょーもなさの美学」を、


ほんの少しでも感じていただけたなら、

作者として、こんなに嬉しいことはありません。


またどこかで。

今度はあなたとの、物語の中で――。

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