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血塗れ湖畔が嗤う ~25 HOURS ― 30人の生き残りを懸けた地獄のサバイバル~  作者: 霧原零時(orすっとぼけん太)
第18話 失策の代償

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【2】 沈められた戦略と知将の代償

時貞は、会場に背を向けて歩きながら、ゆっくりと語り始めた。


「時として現実は、想像もつかないような偶然――

 まるで神のイタズラのような出来事を引き起こします。

 人類は、あたかもすべてを知っているかのような顔で生きています。

 自分たちが、どんなにちっぽけで、……力の無い生き物だと言う事も忘れて」


そう言いながら、時貞はふと足を止めた。

そして、首を少し傾けると、殺風景な天井の隅を見上げた。


首を傾げた彼の動きが止まる……会場は息を呑み、空気が揺らいだ。


視力の良い彼は、その薄暗い天井に――うっすらと張られた蜘蛛の巣を見つけていた。


「――人類は、実に小さくて、弱い。

 素手では、虎を倒すこともできない。

 それどころか――あそこにいる、小さな蜘蛛にさえ、手が届かないんです」


時貞はゆっくりと天井の一角を指差した。

会場の人々は、一斉にその方向を見上げ、目を細めたが――

遠すぎて、何も見えなかった。


「だからこそ、人は助け合い、道具や知恵で互いの弱さを補い合って生きている。

 だが、その人類も、時に――過信する。

 あたかも、この世界に生きているのは人間だけだと、

 知恵も力も人類が最も優れているのだと、錯覚してしまう」


時貞の声は、徐々に熱を帯びていく。

「そして――あの名将、武田信玄でさえも……その“錯覚”によって、

 自らの命を落としてしまったのです」


その一連の語りは、言ってしまえば、『これから信玄の話をしますよ~♪』という前振りでしかなかった。

だが、語るうちに話は長くなり、いつしか彼は、窓際まで歩いていた。

これ以上は進めなくなった彼は、仕方なく向きを変えて壇上へと戻り出した。


チャンネル9のカメラが、時貞の動きをズームアウトでゆっくり追う。

そのフレームの中――踵を返した時貞の顔はやや上向きで、焦点は定まっていない。

やはり――自分の世界に陶酔をしていた。


そして、彼は語り出す。


「信玄は、“斬る”ことができぬなら――“沈める”しかないと考えた。

 軍師たちも、その考えに頷いた」


 だが、そのためには――“巨大な捕獲網”が必要だった。

 軍師たちが考えたすえ、網を大きな石箱にした。


 信玄は、多くの人夫を使って、

 岩盤を切り出させ、内側を抉り、巨大な石箱を造らせた」


そこまで語ると、時貞は静かに息を吸い、深く――ゆっくりと吐き出した。


「しかし、罠には――“餌”が必要でした。

 そして、その“餌”とは……鬼が狙っている存在でなければならなかった」


その瞬間、会場の空気が、ぴんと張り詰めた。


「信玄は考えた――信長が欲しているもの。

 それは、他でもない……“自らの首”だと。

 ならば、それを“餌”にしてやればよい――そう考えたのです」


時貞の声は落ち着いていたが、言葉のひとつひとつが、聴く者の胸を撃った。


「石箱の壁は、怪物の攻撃に耐えうる厚さで設計されていました。

 構造は二重。外箱と内箱からなり、

 内箱には――《信玄》、つまり“餌”が入れられたのです」


時貞の語りは、落ち着きながらも確信に満ちていた。


「外箱の石壁には登り口となる踏み台が設けられ、

 さらにその内部――つまり石箱の上面全体には、

 板が隙間なく張り巡らされていた。

 だが、その板は、怪物の体重には、耐えられない程度の強度で作られていた。

 つまり落とし穴――罠です。

 怪物がその上を歩けば、板が崩れて中へ落ちるよう仕組まれていたのです」


ここで時貞は、杉山課長が抱いていた疑問――

『なぜ、箱の中に信玄の首があったのか』への答えを、そっと差し込んだ。


そして、次の話は、岩城部長のもう一つの疑問――

『外蓋に開けられた円形の穴』の意味へと移っていく。


「内箱の石蓋は、十字に縄でしっかりと縛られ、

 その縄は、外箱の蓋に穿たれた中央の“円形の穴”を通じて、

 外へと引き出されました。

 そしてその縄は、外蓋の外側――あらかじめ設置されていた

 丸太の“つっかえ棒”に、がっちりと結びつけられていたのです。

 この仕掛けにより、内箱の蓋は、あらかじめ削り合わせられた外蓋の内側に、

 しっかりと噛み合う形で固定され、

 容易には下へ落ちないように工夫されていたのです」


その説明が終わると、会場に微かなどよめきが広がった。


「さらに――」

時貞の声が、静かに続く。


「その内蓋を“吸着”するようにして組み込まれた外蓋そのものを――

 石箱の周囲に組まれた櫓から、四方を縄で吊り上げ、

 数百人規模の人足が縄を引いてひき上げた。

 そして怪物が、箱の中に落ちた瞬間、その四本の縄を一斉に緩めて、

 内蓋を孕んだ外蓋ごと――箱の上からかぶせるようにして、

 怪物を封じ込める仕組みだったのです」


彼は壇上をゆっくりと歩きながら、まるで目の前にその光景を見ているかのように、淡々と語っていく。


「鬼が逃げ出せないように――

 内箱の壁は2.80メートル、外箱は3.50メートルの高さで作られました。

 封じたあとは、石箱の底に設けた縄で幾重にも縛り上げ、

 二度と蓋が開かないように固定する。

 ――そして、あとは“春”を待つ。

 湖の氷が溶け、あの石箱が静かに湖底へと沈んでゆくのを、

 じっと、静かに待つだけで良かったのです」


それは、まるで舞台の一幕のようだった。

軽やかな語り口の裏に潜む、凄惨な歴史の断片。

語られるたびに、空気が一枚ずつ剥がれていくように、会場は静まり返っていった。


誰もが黙し、ただ深く頷く。

言葉ではなく、沈黙が、この場のすべてを物語っていた。


そして――

ひとつのレンズだけが、世界を見つめていた。


チャンネル9のカメラが、ゆるやかにパンを描きながら、

壇上を、左右に歩き周る時貞を、確かに、丁寧に――追い続けていた。

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