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血塗れ湖畔が嗤う ~25 HOURS ― 30人の生き残りを懸けた地獄のサバイバル~  作者: 霧原零時(orすっとぼけん太)
第2話 鉄の悍馬に跨る黒い戦士

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【3】 タオル一枚、白い悪魔の微笑み

龍信がロッカーに手をつき、右足のブーツをぐっと引き抜く。

彗が「うわっ」と尻餅をつき、勢いでブーツを抱えたまま簀の子の外へ転がった。


「いってて……写真っス。碧さんと一緒に撮らせてくださいって」


ブーツを逆さにすると、砂利がカラカラとこぼれ落ちる。


――その会話の内容に、湯気の向こうで碧は肩を揺らした。


(ふん……『女神』と写真? ちょっと調子に乗ってない。

 まあ、肩くらいなら抱かせてあげてもいいわよ。

 そしたらきっと、最高のスクープになるわね♡)


口元に浮かぶのは、完全勝利の笑みだった。


「若! お願いしますよ!」翔太が催促する。


「まあ……考えとくわ」龍信は気のない声で返す。

その時――耳に、シャワーの水音が届いた。


「……誰か使ってんのか?」


だが、碧には――到底、返事などできるわけがなかった。

湯気の奥で息を呑み、声を殺して身を縮める。


翔太が左のブーツを引き抜いた拍子に、派手に後ろへ転がった。

龍信は両足を簀の子に乗せながら、

「こんな朝っぱらから、シャワー使う奴なんかいるのか?」と眉をひそめた。


「ええ、今どきの若いもんは、“朝シャン”とかいって毎日髪洗うんスよ」

彗が頭に手を持っていき、髪を洗う真似をしてみせる。


「……男がか?」


「そッスよ! 最近の男って軟弱ばっかっスからね」

翔太がブーツを逆さにして砂利をこぼし、鼻で笑った。


「それにおれの弟なんか、中坊のくせに朝シャンして香水つけて学校行ってますよ。キモくないっスか?」


翔太が誇らしげに言い放つと、彗が鼻で笑いながら肩をすくめた。


「お前の弟、可愛いじゃん。モテんじゃね?」


二人の笑い声が脱衣所に反響し、湿気に混じってゆらゆら揺れた。


龍信は無言で、そのブーツから落ちる砂利を見つめて、ふと思った。

(……アイドルと写真撮りたいって頼むのも、同じくらい軟弱なんじゃねえのか)


「ほらっ、早く出ろよ! 若にケツ蹴られるぞ!」

彗が奥のシャワー室へ怒鳴る。


(やめてよ……マジで……!)

碧は湯気の中で身を縮めた。

息を止めたまま、顔は青ざめていく。


龍信が立ち上がった。トランクス一枚。


「お前ら、もういい。現場戻れ」


鋭い視線を投げ、肩をそびやかす。

「それとも、おれのケツでも拝みたいのか?」


「いやいやいや!」「それは勘弁ッス!」


彗と翔太は腰を落として手を振り、後ずさり。

まるで漫才の退場みたいに、ぺこぺこと頭を下げながらドアの外へ。

最後は――そう、「ゲッツ!」の要領で、外へ尻を突き出して消えていった。


――◇――


二人の声が完全に途絶える。

残されたのは、蒸気のこもる空気と、水のしたたる音だけ。


龍信はトランクスを脱ぎ、腰にタオルを巻く。

その瞬間――


「ギィ……」


背後の扉が軋み、ゆっくり開いた。

振り返った龍信の目に映ったのは――


バスタオル一枚の碧。


透き通る肌を伝う水滴が、蛍光灯の光をきらりと弾いた。

胸元のふくらみ――湯気に霞む太ももが、わずかに揺れる。

そのまま碧は、音もなく、だが確実に一歩を踏み出した。

……まるで、狩りの主導権を握る側の動きだった。


目が合う。

……驚きで硬直したのは龍信の方だった。


「な、なんで……ここは、男の宿舎だろ!」


狼の目が泳ぐ。耳まで真っ赤だ。


碧は微笑み、歩み寄る。

「おケツ、蹴飛ばすんでしょ? わたしの」


「ちょ、ちょっと待て。来るな……!」

龍信は後ずさり、壁際へ追い込まれる。


「さあ、蹴ってみたら。遠慮しないで?」

碧がタオルをめくる仕草をすると、龍信は反射的に手を突き出した。


「ま、待てって!」


汗がにじみ、目が泳ぐ。狼は仔犬に変わっていた。


(……まさか、こんなに赤くなるとは思わなかった)

碧は、思わず口元をゆるめた。


くるりと振り返り、隣のロッカーを開ける。

「なに勘違いしてるのよ」


冷笑。女神の余裕。


龍信はタオル姿のまま、シャワー室へ逃げ込む背中に、

碧の声が刺さった。


「若ちゃん――この格好で写真撮る」


髪をかき上げ、セクシーポーズを決める碧。


「バカやろう!」


龍信は顔を真っ赤にしてドアを乱暴に閉めた。

仮設の壁がミシリと揺れる。


碧は小さく鼻歌を口ずさみ、服に着替える。

鬼の首を取ったような勝利感を抱きながら。


――◇――


龍信は、シャワーの蛇口をひねり、冷たい水を頭から浴びた。


男には強かった。

女にも強い――そう思っていた。


だが、あれは完全に奇襲だった。

構える暇もなく、タオル一枚の“悪い(やつ)”にふいを突かれた。


……狼の牙は、無力だった。


情けなくて、言葉も出ない。

龍信は蛇口を握り直し、水の勢いを最大にする。


滝のように降り注ぐ水が、顔を叩き続けた。

その音は――耳の奥で、彼のプライドを冷たく(あざけ)っていた。

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